第23話 尾行


 まず僕たちが着手したのは、拠点を整えることだった。

 空の部屋がある七階で寝泊まりできるようにベッドを持ち込んで、それぞれの部屋に配置した。

 名残惜しいけど、僕が泊まっていた宿は引き払った。

 いい宿だったから、たまに泊まりに行こう。

 それぞれ好きな部屋にベッドを配置し終わった僕たちは、ふぅと一息ついて額の汗を拭った。


「ちょっと高価でしたけど、アイテムボックスを買ったのは正解でしたね」

「まあ、流石に四人分のベッドをダンジョンの中に持ち込むのは目立つしね」


 ベッドなんてもたもたと運んでいたら一発で拠点の存在を他の冒険者に嗅ぎ取られてしまう。

 僕たちはまだ冒険者としてはレベルも低いので、一流の冒険者やクランに力ずくで取られてしまうのが一番最悪のシナリオだ。


「本当はもっと家具とかを置きたいんですけど、ベッドを四つ入れるのが限界だったので仕方ないですね」

「そうね。部屋をもっと飾り付けたいわ」


 ニアとノクタリアが、ベッドを置いただけの殺風景な部屋に残念そうにため息を漏らす。


「そう? 私はこれだけでも十分なんだけど」

「それはあなただけよ……」


 リリィに呆れたようにノクタリアがため息を付く。





 そうこうして過ごしているある日。

 僕たちが朝食を取っていると、ノクタリアがポツリと呟いた。


「尾けられてるわね」

「ああ、だよね。僕も思ってた」

「ねー」


 僕とリリィがうんうんと頷く。


「えっ? えっ? そうなんですか……?」


 ニアは尾行に気がついていなかったようで、初耳の情報に驚いていた。


「ここ数日、誰かに尾行されてるわ。私の《天眼のピアス》がそう言ってるから間違いない」


 ノクタリアが選んだ《天眼のピアス》は、罠や敵などの危機を察知する効果がある。

 そのピアスが察知したのだから尾行されているのは確かだろう。


「どうして私達が尾行されてるんでしょう……」

「何度か外に出てお金を使う機会があったからね。そこで羽振りがよかったから、何か宝物殿を見つけたかもしれない、というのを誰かが察したのかも」


 ここ最近の僕たちは拠点を整備するために必要なものを買い込んでいた。

 新人冒険者である僕たちの羽振りが急に良くなったら、勘の良い人間なら宝物殿の存在に行き着く可能性はあるだろう。


「もしくはあのニギルが裏切ったか、ね」


 ノクタリアが付け足す。


「ま、ありえるね」

「そんな、口止め料を渡したのに、ですか?」

「僕たちはまだ新人冒険者だ。力ずくで奪えると思っても全く不思議じゃないね。160万コラも大金だ。裏切ってでも十分に狙う価値はある」


 僕は机に頬杖をついて、ため息を吐きながらサンドイッチを頬張る。


「まあ、どのみちこのままってわけにもいかないよねぇ……」

「そうね。いちいち付きまとわれるのも面倒だし」

「戦う? 戦うの!?」

「まあ、仕方ありませんか……」


 僕の言葉にノクタリアは淡々と頷き、リリィは嬉しそうな表情になり、ニアは積極的ではないものの、頬に手を当ててため息を吐いた。


「戦力的にはどう?」

「私達と同じくらいのレベルが十人ほどよ。その中の三人はあなたよりもレベルは高いけど、それも三十程度。つまり……」

「──余裕だね」


 僕がニッと笑うと、リリィもそれに同意した。


「今の私達には《九つの失宝ロストナイン》もあるしね!」


 《九つの失宝ロストナイン》とは、僕たちが持っている十階層に飾られていた特に強力な九つのアイテムの総称だ。

 鑑定のルーペで覗いたらそう書いてあったので、九つのアイテムはロストナイン、という総称で呼ぶことになった。


「まあ、正直に言って今の私達とこれがあれば負ける気はしませんね」


 ニアは《九つの失宝ロストナイン》の一つである《深淵の紫玉》を撫でる。


「じゃあ決まりだ──皆、厄介なストーカーを退治しよう」


 僕が拳を突き上げる。


「「おーっ!!「おー」」」


 すると三人はそれぞれ掛け声を上げた。



***



 日が暮れ、夜もさらに更けた頃。

 僕たちはスラムの中の道を歩いていた。

 大通りの方とは違ってこちらは明かりはほとんどなく、真っ暗な道が続いていた。


「ねえねえ、この時間帯に出る必要あった?」

「仕方ないでしょ。大通りは人目があるからここを通らないと。地下生活だと食料も買いに行かないとだしね」

「それにしても食糧の問題はいずれ解決しないといけないわね」

「折角スペースがありますし、菜園を作ってみるのも良いかもしれませんね」


 僕たちが話しながら歩いていると、目の前に十人ほどの集団が現れた。

 全員ガラの悪い顔つきで、「へへへ……」とヘラヘラ笑いながら、僕たちの行く手を遮るように、横一列に並んだ。

 僕は、彼らの顔に見覚えがあった。


「へえ、勢揃いだね。僕に難癖をつけてきたおじさんと、ノクタリアとニアの元パーティーメンバーか……」


 僕がここに来た最初の方にギルドで難癖をつけてきたおじさんとその冒険者。

 そしてノクタリアを見捨てた元パーティーメンバー。

 ニアをパーティーから追放した側。

 彼らは僕らに何かしらの因縁がある相手だった。


「そこ、通してほしいんだけど」

「ああ、いいぜ。その代わり、そこの女とお前が持ってる金を置いていけ」


 難癖をつけてきたおじさんは僕の横にいる三人を指さした。


「金……?」

「ああ、持ってんだろ。160万コラをよぉ」

「ついでに、どこで手に入れたかも教えてくれよ」


 おっさんとその仲間が笑いながら問いかけてくる。


「なるほどね。裏切ったってわけだ──ニギル」

「ああ、そうだぜぇ」


 僕が名前を呼ぶと冒険者たちの背中からニギルが姿を表した。

 僕がお金を持ってることを知ってる人間はいる可能性はある。お金の使い方で気がつかれる可能性があるからだ。

 でも、具体的な金額を知っているのは僕らとニギルしかいない。

 まあ実際のところ、誰がこんなことをしているかなんて大方予想がついてたけど、話を合わせてあげよう。


「口止め料は払ってたはずはだけど?」

「悪いな。約束を反故にするリスクより、お前らを襲って奪ったほうが良いと思ったんでな。……あるんだろ? まだ換金してない金貨が」

「それはどうかな」

「ハハ、やっぱりとぼけるよな。まあ吐かないなら……無理やり吐き出させてやるだけだ」


 ニギルが難癖をつけてきたおじさんへ、僕に向かって顎をくい、と動かす。

 すると難癖をつけてきたおじさが、剣を鞘から抜きながら前へと歩み出た。


「おい、正直に女と金貨のありかを教えるなら、見逃してやってもいいぜ?」

「嫌だね」

「お前、状況わかってんのか? いくらお前が強かろうが、同レベル帯の冒険者にこれだけ囲まれたら、馬鹿だって勝ち目がないことは分かるぞ?」

「僕には許せないものがいくつかある。その一つが、仲間に危害を加えられることだ」

「ほお、それならどうするんだ?」

「僕のいちばん大切なものに手を出した報いを受けてもらう」


 僕がニギル達に向かってそう言うと、ノクタリアとニアとリリィの三人が照れた。


「もう……」

「シンさん……」

「シーくん♡」


 ノクタリアは言葉とは裏腹に嬉しそうにそっぽを向き、ニアは照れながら頬に手を当て、リリィは艶っぽい笑顔で見てくるなど、三人がそれぞれ反応を返してくる。

 その時。

 ガハハハハハッ!!! と冒険者たちが大声で笑った。


「女の前で粋がるのは別に構わねえが……その虚勢がいつまで続くかな?」


 難癖をつけてきたおじさんの言葉とともに、総勢十二人が武器を構えた。


「別に虚勢じゃないんだけど」


 僕も腰から剣を抜く。

 ハイグレードスチールと盾鉄鋼で鍛えられた刀身が月光で輝く。

 明らかに彼らの装備よりも高い僕の剣を見て、彼らは後ずさった。


「おい、話が違うぞ。装備は雑魚なんじゃなかったのか?」

「気にすんな。どうせ金で買っただけだ。いくら高い剣を使ったところでステータスと腕が大したことなけりゃ意味がねぇ」

「そうだな……その通りだ」

「この数で囲めば楽勝に決まってる」


 臆した仲間を難癖のおじさんが叱咤する。

 すると仲間は冷静さと戦意を取り戻したようだった。


「行くよ皆」

「ええ」

「はい」

「いえーい!」


 僕が合図すると皆がそれぞれ武器を抜いた。

 暗いスラムの中で戦いが始まった。

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