第22話 黒い企み


 拠点を手に入れた僕たちは地上へと戻った。

 宝物殿で手に入れた装備は見せびらかすわけには行かないので、それぞれ外してしまってある。


「ねえ、シーくん。なんで地上に戻ってきたの?」

「拠点を作るためには色々と必要だからね。そのためにはこれをとりあえずお金にしないと」


 ぽん、と僕はアイテムボックスを軽く叩く。

 僕が持っているアイテムボックスの中には、詰め込めるだけ詰め込んだ金貨が入ってる。

 当面の資金のために、まずはこれを換金するのだ。


「ギルドで換金するんですか?」

「いや、ギルドには行かないよ。ギルドで換金したら僕たちが宝物殿を見つけたことがバレちゃうしね」

「たしかにそうですね……カウンターで金貨を出したら、絶対に誰か見てるでしょうし、噂がすぐに広がると思います……」


 僕らが宝物殿を見つけたという情報が広まってしまえば、一流の冒険者たちが力ずくで奪いに来る可能性がある。

 そうなると絶対に勝てないので、それはなんとしてでも避けなければならない。


「じゃあどこで換金するの?」

「向かうのは──スラムの方だ」

「スラムの方面、ですか?」


 ニアとノクタリアが意外そうに目を見開く。

 ここアウレリアは『大迷宮』からもたらされる資源や金で栄えている都市だ。

 しかし光が強ければ当然その分影も濃くなる。

 その影の部分がアウレリアに出来たスラムなのだ。

 ここには色んな理由で冒険者を続けることが出来なくなったり、犯罪者が住み着いている。

 僕たちはそのスラムの中を歩いていく。

 ニアがスラムのアングラな雰囲気にビクビクしながら僕へと尋ねてくる。


「こんな場所にある店なんて大丈夫なんですか?」

「大丈夫さ。一応その筋では有名なところだから……着いたよ」


 僕が立ち止まったのはどう見てもオンボロな店だった。

 看板には『ニギルの買取所』と書いてある。


「本当にここなの……?」


 そのあまりのボロさにノクタリアが心配そうに聞いてくる。


「大丈夫だよ」


 僕は木の扉を開ける。

 大きな音を立てて開かれた扉の中に入ると、視界いっぱいに物が置かれていた。

 魔術書や魔法の武器や防具、貴重そうな素材が沢山置かれている。

 大通りにある素材屋や武器やにも揃えることが出来ないようなラインナップだ。


「へへ、ニギル買取所へいらっしゃい。鉄くずから悪魔の書まで何でも買い取りますよ。それで、何のようで?」


 カウンターにいるいかにも小物、みたいな見た目のおじさんが僕に対してごまをする。

 しかし僕の格好を見た途端、眉を顰めた。


「なんでえ、ただの新人か。帰った帰った。はぁ……たまにいるんだよ、冒険者になったからって冷やかしに来る馬鹿が」


 しっしっ、と追い払うジェスチャーをする。

 そして僕たちを馬鹿にするようにハン、と笑った。


「まあ待ってよ。これを買い取ってほしいんだ」


 僕はアイテムボックスから取り出した金貨をカウンターに置く。

 途端にニギルの表情が変わった。


「こ、これは……どこで見つけた!!」

「別にそれは教える義理はないかな。金貨200枚。いくらになる?」

「…………160万コラだ」

「安くない? 金貨は最低1枚1万コラだったと思うけど」


 金貨には相場があり、一枚最低一万コラで買い取られる。

 この相場はギルドの買取所でも使われている。

 つまりギルドで売れば200万コラになるのだが、ニギルが提示した買取額は相場よりも二割ほど相場より低くなっているというわけだ。

 僕の質問をニギルは突っぱねた。


「いやなら他のところにいきな。って言っても、大っぴらには換金できないからここに来たんだろうがな」

「つまり、差し引かれた二割分は、口止め料ってことだ

「話が分かるじゃねぇか」


 ニギルが下卑た笑みを浮かべる。

 ニギルの言う通り、僕たちはここ以外で金貨を売ることが出来ない。

 僕たちが金貨を売ったことがバレたら、宝物殿のことがバレる可能性が高くなる。

 要は足元を見られているというわけだ。


「なっ……! 口止め料に40万なんて、そんなのボッタクリじゃないですか!」

「流石にふざけてるわね……」

「だから嫌なら出ていきゃあ良い。別に俺は買い取らなくても良いんだよ」


 ニギルは耳をほじって吐き捨てる。

 リリィが前へと歩み出た。


「……ねえ、シーくん。コイツ殴っても良い?」

「待った待った。落ち着いてみんな」


 僕はリリィを止めて、不満そうな顔を浮かべるノクタリアとニアを落ち着かせる。

 そしてニギルの方を向いた。


「それでいいから換金してよ」

「なっ、あなた……」

「シンさん!?」


 僕は三人を手で制する。


「ははは! 分かってるじゃねえか! ホラよ、160万コラだ! 袋はサービスにしといてやる!」


 ニギルが10万コラの金貨が16枚入った袋をカウンターに置く。

 僕はそれを手に取ると中身を確認した。


「口止め料は渡したんだ。もし破ったら……分かってるよね?」

「ああ、分かってるよ」

「それは良かった。じゃあこれで僕たちは行かせてもらうよ」

「毎度あり! また来てくれよ!」

「残念だけど、もう金貨はこれでおしまいだよ」


 店のとそに出ると、ニアとノクタリアが一気に詰め寄ってきた。


「シンさん! 何を考えてるんですか!」

「そうよ。ただの口止め料に40万コラも払うなんて、どういうつもり?」

「…………あのおっさん、ムカつくからぶっ飛ばしたかった」


 三人はそれぞれ不満そうに眉を寄せたり、怒り顔になったり、頬を膨らませていた。


「もともと非合法気味の店だし、そういう場所だから足元を見られるのは仕方ないんだ。それに口止め料の40万コラだって、その口止め料をケチって情報が出回るほうがもっと損でしょ?」


 僕が説明すると頭が冷えてきたのか、三人はしょぼんとした表情になった。


「……確かにその通りね」

「すみません……短慮でした」

「確かにあんなヤツ殴っても面白くないよね。ごめんねぇ、シーくん……」

「別にいいよ。それじゃ、必要なものを買いに行こうか」


 僕たちは店から離れていった。



***



「あぁん……?」


 店の扉に耳を当てていたニギルは、外の四人の会話に聞き耳を立てていた。

 四人が遠ざかっていくと、ニギルは扉から耳を離して考え込む。


(出ていく直前のカマかけにも引っかからなかった。外での会話でも確実な情報は言わなかったから確証はない。だが恐らく……金貨はまだあるな。それもそこそこの量が。俺の勘がそう囁いている)


 確たる証拠はつかめなかった。

 しかし、長年スラムの中で生きてきた自分の勘が、そう囁いている。

 ニギルはこれでも買取屋だけを営んできたわけじゃない。昔はスラムの一帯を治める組織のトップについていた事もあった。

 大金の匂いを前に、当時のニギルへと思考が戻っていた。


(装備を見たところあいつらはまだ新人だ。どうせ迷宮エリアの辺りでたまたま宝物殿か宝箱を発見したってところだろう。弱くても十人くらい冒険者を揃えたら簡単に奪えるな。もし追加の金貨が無くてもあいつらは160万コラ持ってる。十分に黒字だ)


 ニギルは頭の中で計算を重ねていく。


(それに、男を除けば全員美人揃いだ。捕まえりゃあかなり得になる。もし追加の金貨がなかったとしても、冒険者の奴らはそれで満足するだろう。いざとなれば口封じで殺したって良い)


 ニギルは下卑た笑みを浮かべる。


(冒険者はあいつらに因縁がある奴らがいいな。あの性格だ。一つや二つ揉め事くらい起こしてるだろ)


 計画をあらかた立てたニギルは顎の髭をさする。


「すまんと思うが……これも迂闊に金貨を持ち込んだお前が悪い。恨んでくるれるなよ?」


 ニギルはここにはいないシンたちに向かって、全く申し訳ないとは思っていない口調でそう呟くのだった。

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