第21話 ダンジョン内拠点『神殿』

「下の階だって……?」


 僕は扉を見つめながら呆然と呟く。


「下の階……? てっきりこの広場だけだと思ってたわ」

「私もー」


 僕は顎に手を当てて考え込む。

 自体が僕の想像していたよりも大きくなってきた可能性があるからだ。


「層が二つ以上あるってことは……ここは宝物殿じゃなくて、ここは新しいダンジョンかもしれない」

「ダ、ダンジョンですか……!?」

「でも、ここはダンジョンの中なのよね?」


 ニアとノクタリアが尋ねてくる。


「二重ダンジョンって言って、ダンジョンの中にもう一つのダンジョンがある状態だね」


 基本的に二重ダンジョンはギルドに報告することになっている。

 大迷宮は冒険者ギルドによって管理されているし、その中にあるダンジョンも大迷宮の一部と考えられるからだ。

 二重ダンジョンが存在することで予期せぬ事故が起こり得る可能性は十分にある。


「もし、二重ダンジョンっていうことになる、ここは全く未探索のダンジョンということになる」


 未調査のダンジョンはかなり危険だ。

 モンスターの分布の情報や、マップ、そして罠なども解除されておらず探索にはかなりの腕がある冒険者が大人数で行わないと危険極まりない。

 ただ……。


「でも、モンスターの気配はまったくないよ?」

「そうなんだよね……」


 この先から、全くモンスターの気配がしないのだ。

 それどころか危険すら感じない。

 二重ダンジョンだったとしても、この金銀財宝が積まれている一番重要そうなエリアに一つも罠がないというのはあり得ない。

 つまり、この先が危険な可能性は凄く低い。


「危険がないのに、ここをみすみす見捨てるのはなぁ……」


 もし、ここが二重ダンジョンじゃなかった場合。

 僕たちは折角見つけたここや、金銀財宝の情報をタダで公開することになる。

 そうなるともちろん大損だ。


「とりあえず、探索してみよう。そこで少しでも危険を感じたら引き返そう」


 基本的に、仲間を危ないことには巻き込まない主義だ。

 でも危険がある可能性は凄く低い。

 リスクと山のように積まれた財宝&胸の奥のワクワクを天秤にかけ、探索を選んだのだった。



***



 壁にある、いかにも「手を当ててください」と言わんばかりの石版に手を当てる。

 すると壁が動いて、僕たちが入ってきた元の迷宮の通路と繋がった。


「これで脱出経路は確認できたね」

「いざというときに帰れないと困りますからね」

「逆にモンスターが入ってくる心配もなさそうね」


 これでもし何かあったときはここまで走って逃げれば良い。

 僕は後ろを振り返ると、三人の仲間の方を向いた。


「さ、それじゃあ行こうか」

「ええ」

「はい!」

「いえーい!」


 ノクタリア、ニア、リリィがそれぞれ返事を返してくる。

 下へと続く階段を調べていく。

 下の階に降りた僕たちは、見渡しながら感想を述べた。


「ここは……なにもありませんね」


 上のホールと同じく、広い空間が広がっているものの、ここには特に何もなかった。

 ただただ広いだけの間だ。


「特に危険はなさそうだね」

「えー、つまんなーい……」


 一階のように財宝がなく、敵もいないことにリリィが詰まらなさそうに呟く。


「階段があるわね」


 ノクタリアがまた階段を見つけた。

 下に続いている階段のようだ。


「またですか?」

「ここは特に何もなさそうだし、下に降りようか」


 僕たちは階段をまた降りていく。

 すると今度も広いだけのホールだった。

 しかしさっきとは違って水が流れているエリアだった。

 やっぱり罠もモンスターもなかった。


「また階段だ」


 例のごとく階段があったのでまた下の階へ。

 それからあと五階層までは広く何も無い空間が広がっていた。

 それが変わったのは六層目からだった。


「ここは……闘技場、かな?」


 先程までの広場から一転、六層目はローマにあるコロッセオのような場所になっていた。

 何か操作できそうな操作盤みたいなものがあったけど、とりあえず触らない限りは何もなさそうだったので次へと進むことにした。


「ここにもいないのー……?」


 さっきからモンスターと戦いたくてワクワクしているリリィが、またこの階層にもいなかったことにしょんぼりしていた。


「やっぱり階段があるよね」


 そして降りてきた七階。

 階段を降りた先には廊下が続いていた。

 廊下は三方向に別れており、真っ直ぐ、右、左にそれぞれ廊下が続いている。

 廊下にはそれぞれ両側に扉がついていた。

 幅は僕たちが四人並んで歩いても余裕があるくらいには広く、とりあえず真っ直ぐ進んでいく。


「ここは何の階層かしら」

「部屋がたくさんありますね……ざっと五十はあるかもしれません」

「一旦開けてみようか」


 とりあえずガチャリと適当な扉を開けてみる。

 そこにはなにもない部屋があった。

 広さはそこそこで、ちょっと高めの宿の部屋くらいの広さだった。

 それ以外の部屋も開けて見て回ったけど、空っぽの部屋があるだけで特に何もなかったので下へと降りることにした。


 第八層は、これまでとはガラッと変わっていた。

 階段を降りた瞬間、もうもうと湯気が立ち込める。

 僕は目の前にあるものを見て呟いた。


「これは、温泉……?」


 目の前にあるのは、どう見ても温泉にしか見えなかった。

 ちゃぷ、と手をつけて見るとちょうどいい温度だった。


「改装すれば入浴施設にできそうだね」

「温泉浸かりたーい!! シーくん、今から一緒に入ろ?」

「だめだめ。まだ調査は終わってないんだから」


 上目遣いで服を引っ張るリリィをしっかりと断る。

 なのになぜかノクタリアとニアにじっと見つめられた。なんで?


 九階に降りる。

 その階層は、七階と同じく廊下が続いていた。

 しかし七階とは違って、こちらは一本の廊下が続くのみで、扉の数も少ない。


「ここの階層も、さっきと同じく空の部屋がある階層なのでしょうか……?」


 とりあえず扉を開けてみる。

 結果から言うと、部屋の中は空ではなかった。

 というか、物で溢れていた。

 棚や壁にありとあらゆる道具が置かれ、保管されている部屋だったのだ。

 他の部屋を覗いてみると、壁一面に武器や防具が飾られていた。


「なるほど、九階はいわゆる武器庫ね」


 ノクタリアがこの階層を一言で表した。

 九階はいわゆる武器庫と呼ばれる施設だった。

 リリィが武器庫の中を目を輝かせながら見つめる。


「すっごーい! ねえねえ、今私たちが持ってる武器より高品質だよ!」

「そうだね。どの武器も五十万コラは下らない高品質な剣だ」


 僕たちが持っている武器はそこそこ良いものだけど、どれもまだ冒険初心者用の武器の域を出ていない。

 だけどここにある武器は熟練の冒険者が持っていても遜色ないような、高品質な武器ばかりだった。

 みんな思い思いに武器を物色する。


「この剣使えそうね」

「この杖私にも使えそうですね……!」

「シーくんはどれが良いと思う?」

「そうだなぁ」


 僕はハイグレードスチールと盾鉄鋼が使われた剣を。

 ノクタリアは炎鉄鋼とドラゴンの革のグリップが使われた細身の剣。

 ニアは精霊の森の樹木とクリスタルが使われた杖。

 リリィは風鉄鋼とミスティックシルバーが使われた剣。

 をそれぞれ選んだ。


 そして武器を選び終えると、僕たちはまた次の階層へと進んでいく。


「ここで階段は終わりだね」

「ええ、ここが最後の階みたいね」


 僕たちは最後の階、十階へと来た。

 十階は今までの広い空間とは違って、ホールと言うより会議室のような場所だった。

 だけど一つだけ、僕らの目を強烈に引く物があった。

 それは一番奥に飾られた、合計九個のアイテムだ。

 長らく飾られていたのでろうその鎧は統一感がなくバラバラのデザインではあるものの、一箇所にまとめて飾られているため、それがかつて名前も知らぬ誰かが身につけるための一式の装備だったことを教えてくれる。


「これは……確実にレアアイテムですね」

「そうだね……」


 ニアの言う通り、飾られているアイテムはそれぞれが得体のしれない重圧を放っていた。

 どれもこれも強力な能力が付与されているアイテムであることは間違いなかった。

 僕はそれを見て、一つ提案をした。


「そうだ。皆でこの装備を一つずつわけない?」

「でも、四人では割り切れませんよ?」

「そうだなぁ……全部で九個あるから、一人一つずつ選んで、あとは未来の仲間の分、ってことにしよう」

「それはいい考えね」

「私もさんせーい!」


 ということで、僕らは一つずつ装備を身に着けた。

 ノクタリアはピアスを。

 ニアは紫玉を。

 リリィはガントレットを。

 そして僕は、指輪を。

 九階の道具が保管されているにあった鑑定のルーペを使って、自分たちに合う効果のアイテムを選んだ。



 アイテムを選び終えると、ノクタリアが僕に聞いてきた。


「それで、どうするの? ここは二重ダンジョンとは言えないけど、確実に二重ダンジョンじゃないわけでもなかった。ギルドに報告する?」

「いや、ここは僕たちで独占しよう」


 僕は三人に向けてそう言った。


「危険が無いと分かった以上、これを見捨てるのは流石にもったいない。皆はそれでいい?」


 三人に一応確認を取る。


「私も同意見ね」

「私も賛成です」

「難しいことは分かんないから、シーくんにまかせる!」


 三人が賛成してくれた後、リリィが尋ねてきた。


「ねえシーくん。独占するって言ってもどうするの? 広くてなにもない階とか、使い道あるの?」

「それは簡単だ。探索するときの僕たちの拠点にするんだよ」

「きょ、拠点ですかっ!?」

「ダンジョンの中に?」


 ニアが驚愕するような声を上げる。

 僕は頷いた。


「ダンジョンの中に拠点があるってことは冒険者である僕たちにとっては、想像も出来ないほど大きなアドバンテージになると思わない?」


 僕がそう言うと、ノクタリアとニアはハッとした表情になった。


「なるほど……確かにダンジョンの中に拠点があるのはかなり便利ね」

「見つけた財宝を隠すことも出来ますし、いちいち地上に上がる必要もなくなります。となると、なにも無いただ広いだけの空間や部屋があるのは逆に好都合というわけですね……!」

「そういうこと」

「流石はシンさんです! こんなに早く宝物殿の活用方法を思いつくなんて……!」


 ニアが尊敬の眼差しで見てくる。


「別にそんなに大したことは言ってないんだけどね」


 僕ははは、と苦笑いを浮かべると顎に手を当てる。


「さて、そうなるとここをなんて名付けようかな。流石に宝物殿だとそのまますぎるし……」


 僕が悩んでいると、ニアがおずおずと手を上げた。


「あ、それなら『神殿』とかどうでしょうか……。内装などを見るに、ここは元々神聖な場所のようでしたし」

「ふむ……確かにぴったりかもしれないね。よし、じゃあここは『神殿』だ」


 僕たちはダンジョンの中に拠点を手に入れた。

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