第19話 パーティー加入:リリィ

 僕たちは大迷宮へとやって来た。


「それでその……これは一体どういうことなんですか?」

「多分、ニアは『異能』持ちなんだよ」

「異能、ですか……?」

「そう。いわば特殊体質だ。他の人と違う能力を抱えてるんだよ」


 この世界には稀に特殊な能力や体質を持って生まれてくる人間がいる。

 それが異能持ちだ。

 前世で喩えるなら霊感持ちだとか、前世の記憶を持っている人間のことだ。


「リリィの場合、自分には問題なくバフをかけられるけど、他人にはびっくりするくらい効果が落ちる。このことから考えるに、君の場合は恐らく「他人にバフをかけると著しく効果が落ちる代わりに、自分にバフをかけた場合は格段に効果が上がる」とか、それに近い異能なんだと思う」

「……」

「だから君はバッファーというより、自己強化型のアタッカーだ」

「アタッカー……」


 リリィは更に暗い表情で俯いた。


「じゃあ、私の夢はもうやっぱり……」

「夢?」


 僕が首を傾げると、リリィが自暴自棄になったように笑って教えてくれる。


「私は、『風』の元素のアイリスさんに憧れてるんです」

「ああ、『風』元素なのに一人で竜を倒した人だよね」


 『風』の元素のアイリス。

 冒険者の中では有名人、というか『風』の元素の冒険者の中では一番強いと言っても過言ではない。

 周囲にバフをかけながら自分にもバフをかけて戦うスタイルで、十割増しのバフがかけられる数少ない人物でもある。


「私、あの人に憧れて冒険者になったんです。みんなにバフをかけて戦う冒険者になりたかったのに……」


 リリィの言葉に僕は首を傾げる。

 僕が聞いた話とは違っていたからだ。


「あれ? でもあの人って、本気で戦うときは自分以外にはバフをかけないんじゃなかったっけ?」

「…………え」

「自分以外にバフを掛けないことを代償に自分のバフの効果を上げて、それで竜を狩ってたよね。そうじゃなかった?」

「確かに、言われてみれば……」

「ていうか君、本当にバッファーになりたいの?」

「はい? それは一体どういう……」

「というわけで、早速だけどモンスターと戦ってみよっか!!」

「は、はいっ!?」


 リリィが目を見開く。

 すると向こうの方から十体のゴブリンがやって来た。

 急に話を中断せざるを得なかったのは、モンスターが来ていたからだ。


「彼女に憧れたってことは、近接戦闘はできるよね?」


 僕は新しい片手剣、プロテクションソードを引き抜いて尋ねる。


「ちょ、ちょっと待って! 私、今までバッファーだったからまだ一回もモンスターと戦闘なんかしたことなくて……」

「四体は僕が引き受ける。後は二体ずつお願い」

「分かったわ」

「分かりました」


 ノクタリアとニアがそれぞれ剣と杖を構える。


「ああもうっ!」


 リリィがローブを脱ぎ去った。

 露わになったのは、その鍛えられた身体。

 小柄ながらも引き締まっており、肉食獣のような印象を受けるその肉体は、彼女がバッファーとしてだけではなく、戦える冒険者として鍛えてきたことが如実に現れていた。

 リリィが二本のダガーを抜き放ち、それぞれ逆手に持つ。


「ふぅ……」


 リリィが息を吐いた瞬間──雰囲気が変わった。

 さっきまでのオドオドした態度とは真反対の、まるで獣のような鋭い殺意が充満していく。

 リリィが魔法を発動し、自分だけにバフをかけた。


「ふっ……!!」


 地面をえぐりながら目にも留まらぬ速さでリリィが駆け抜けた。

 まずリリィが振るった二刀で二体のゴブリンの首が跳ねとび、絶命する。

 集団の真ん中に降り立ったリリィに、ゴブリン達が全員で襲いかかる。

 それらを回し蹴りで飛ばし、顔面を殴って吹き飛ばし、頭を踏み潰し、ショートソードで首を一突きにする。

 今まで溜まっていた鬱憤を晴らすように、リリィはモンスターを蹂躙する。

 それは、傍から見ればリリィによるゴブリンの一方的な殺戮ショーだった。

 僕らはその光景を呆然と眺めていた。

 入る隙がまったくなかったからだ。

 飛び交う血しぶき。

 真っ赤に染まる地面。

 その中心にいるリリィは──笑っていた。

 ゴブリンを嬲りながら、返り血を浴びながら、その整った顔を夏の青空みたいに爽やかな、それはそれは気持ちよさそうな笑顔を浮かべ、


「あはっ☆」


 と、無邪気な少女のように笑っているのだった。


「これで、最後ッ!!!」


 リリィが最後に残った、兜を被ったゴブリンの頭を踏み潰す。

 十体のゴブリンを殲滅したリリィは、体中を血で赤く染めながら嘆息する。


「楽しかったぁ……」

「リリィ……?」


 僕が恐る恐る名前を呼ぶと、リリィはくるりと僕の方を振り返った。


「シーくん♡」

「うわっ!?」


 突然リリィが僕に抱きついてきた。

 僕は尻餅をついてしまう。

 リリィは僕の上に乗っかって首に手を回すと、至近距離で微笑んでくる。


「なっ!?」

「ちょっ、ちょっと!」


 ノクタリアとニアが叫ぶ。


「どおどお! 見てた!? 私強かったでしょぉっ!?」

「う、うん強かったけど……急にどうしたの?」

「吹っ切れた☆」

「えぇ……」

「私が憧れたのはバッファーのあの人じゃなくて、一人で竜を殺したあの人に憧れてたんだってことにやっと気づいたの! ずぅっとうじうじ悩んでたけど、ぜんぶ解決した! これからよろしくね、シーくん!」

「悩みが消えたのは良かったけど……。君、さっきまで敬語じゃなかった?」

「緊張が解けたから敬語はずした! ああいう丁寧なのって、私の性格じゃないし!」

「うーん……驚くべき変わりようだ」


 口調だけじゃなくて性格まで変わっている気がする。


「ねぇ、シーくん、これから私にいっぱい戦わせてね? 私、クセになっちゃった」


 リリィは照れたように頬を染めて首を傾げると、倒錯的に甘い声で囁いてきた。


「ちゃんと、責任取ってね?」



***



【Sideリリィ】


 私が冒険者を目指すようになったのは子供の頃だった。

 薬草を摘むために森の中を歩いていると、モンスターに出会った。

 高く売れる薬草が生えてるからって、大人に「入ったら駄目だよ」と注意されていた森に入ったのがいけなかった。

 死を覚悟した。

 だけど、私は死ななかった。


「大丈夫か?」


 騎士風の鎧を身に纏い、美貌を持つ女性。

 自分よりも何倍も大きい熊のモンスターを倒したその人は、私に向かって手を差し伸べた。

 強烈な憧れを抱いた。

 森から戻ってすぐに、私はあの女の人の話を聞いて回った。

 そして彼女が私と同じ『風』の元素であること、有名な冒険者であることが分かった。

 加えて味方の支援が主な役割の『風』の元素なのに、冒険者の中ではトップレベルに強いそうだ。

 他人を支援することしかできないと思っていた私にとって、自分を強化して戦う彼女の存在は衝撃だった。

 この時から私は冒険者になることを決意した。

 冒険者が集う街、そして『風』の騎士アイリスがいるこのアウレリアにやって来た。


 しかし、すぐにそれは頓挫した。

 私が得た【ステータス強化】の魔法が、なぜか他人には上手くかけられなかったのだ。

 いくら練習しても、微々たる量しかステータスを強化することが出来ない。

 努力しても実らない環境は私の自信を削り、焦燥感がジリジリと身を焦がしていく。

 それに加えて、ろくにバフを掛けられないことで味方から罵声まで浴びせられる。

 その結果、私は臆病で、人見知りで、内気な性格へと変わっていた。

 どうせ、私は役立たず。

 『風』の騎士アイリスのようにはなれない、ただの凡人……。

 もう冒険者は辞めようかな、なんて考えていたところで。


「僕のパーティーに入らない?」


 私をパーティーに誘ってきた人がいた。

 正直に言って、最初は変な人だと思った。

 その人は私が役立たずだと分かっても見捨てずに、解決方法を探してくれた。


「君、本当にバッファーになりたいの?」


 投げかけられた言葉が、やけに頭に引っかかった。

 いや、なりたいはずだ。

 だって私が憧れたのはバフをかけて戦うあの人で……。


 ゴブリンと戦うことになった途端、理解した。




 ──違う。




 ゴブリンを殴る。

 血飛沫が飛び散る。

 爽快感が広がる。


 ──違う。


 ゴブリンを魔法で強化したステータスで蹂躙する。

 身体能力が何倍にもかけ離れた私に軽く殴られるだけで、ゴブリンたちは悲鳴をあげた。

 身体の中に何年もかけて溜まった鬱憤が消えていく。


 ──違う。


 ゴブリンの頭を踏み潰す。

 思考が澄み渡り、晴れやかな気分へと変わっていく。

 そうだ。私があのとき憧れたのは……


 ──たった一撃でモンスターを葬り去ったあの人だ。


 それに気がついたとき、憑き物が落ちたように気持が軽くなった。


「──あはっ☆」


 久しぶりに心底楽しそうに、笑っていた。

 どうしてこんな簡単なことに気がつかなかったんだろう。

 私が本当になりたかったのは味方にバフをかけて支援するバッファーじゃなくて。

 ──圧倒的な、強者だ。


 楽しい。楽しい楽しい楽しい楽しい楽しい!!!!!!!


 ゴブリン戦っていると、「楽しい」という感情で頭が埋め尽くされた。

 頭の中にぶわーって脳内麻薬が広がって、それ以外考えられなくなる。

 曇っていた思考をただ「気持ちいい」という感情が埋め尽くしていくこの感覚は、人生これまで感じたことがないほど強烈で、病みつきになるような感覚だった。


 そして、ゴブリンの群れを倒し終えた時から私は…………『戦い』の虜になっていた。


 それと…………私に「戦い」を教えてくれた彼にも、ね?

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