第16話 ヒールの習得

「ん……?」

「あ、目が覚めた?」


 ベッドに寝ていたニアが目を覚ます。

 まだ寝ぼけているのか目をこすりながらニアは上半身を起こした。


「魔力切れで倒れたから運んだんだよ。覚えてる?」

「魔力切れ?」


 ニアはぼーっとしながら部屋の中を見渡す。


「ここは……」

「ここは僕が借りてる部屋の宿だよ」

「シンさんの部屋………………ふぇっ!? シ、シンさんの部屋!?」


 ニアがその場で飛び上がった。

 そして慌てて前髪を整え始める。

 照れているような、それでいてどこか嬉しそうな顔でもじもじとし始める。


「わ、私は別に構いませんが、そんなに急展開なんて……その、私にも準備する時間というものが……」

「へえ、何の、準備なのかしら」

「あ……」


 満面の笑みで問いかけるノクタリア。

 しかしその笑顔にはどこか圧があった。

 ニアはその圧を受けて気まずそうに視線をそらす。


「あ、いえ……その……」

「別に遠慮しなくてもいいのよ? 何の準備なのか教えてほしいだけなの」

「い、いえ……ごめんなさい」

「いいえ、謝る必要はないのよ? それで、何の準備なのかしら」

「ひ、ひぇ……」


 楽しそうに会話する二人を笑顔で見守る僕。

 そんなにニアの準備を手伝ってあげようとするなんて、ノクタリアは優しいなぁ。

 ニアが話をそらすように僕に尋ねてきた。


「そ、そう言えばどうして私はここに……?」

「君が魔力切れを起こしたからだよ。覚えてない?」

「あっ」


 ニアは何かを思い出したかのように固まると……かぁぁ、と顔を真っ赤に染めた。


「ごめんなさい……」

「別に大丈夫だよ。運ぶのはそんなに大変じゃなかったし」

「その、重かったですか……?」

「別に重くはなかったよ。それどころか軽いくらい」

「そ、そうですか……」


 僕の答えを聞くと、ニアは安心したように息を吐いた。

 切り替えるようにパン、と手を叩く。


「ここに運んだのもう一つの目的があるんだ。ニアはヒーラーにもなれる、っていうのを覚えてる?」

「えっと……はい。でも本当に私がヒーラーになれるんですか? その、この【過回復】のスキルがある限り、私はヒーラーにはなれないと思うのですが……」

「その過回復だけど、要は普通に回復魔法をかけようとしたら過回復状態になるってことだよね?」

「はいそうです」


 ニアは頷く。


「じゃあ、回復魔法をちょっとに絞ってかけたらどうなるの?」

「それはもう試したんですが……ダメでした。魔力を絞ろうとしても調整が難しくて、どうしても過回復してしまうんです……」

「そっか……調整自体はできるわけだ」


 頷く僕にニアが補足を入れてくる。


「あの、でも調整と言っても何回も練習しないとダメなんです……」

「うん。だから練習しよう」

「え?」

「僕の手に回復魔法をかけてみて。あ、頑張って調整してね」


 僕は指の先を切ってニアに差し出す。


「わ、分かりました……ヒール」


 ニアが僕の手にヒールをかけると……頑張って調整しようとしていたものの、案の定肉腫が出来上がった。


「ご、ごめんなさい……!」


 肉腫を作ってしまって焦ったニアが謝ってくる。


「大丈夫大丈夫……ほら」


 謝ってくるニアに、僕はとあるものを見せた。

 それは手に出した白炎だ。


「白い……炎?」

「僕の元素はちょっと変わっててね。『白』なんだ」

「し、白ですか? そんな元素聞いたことがありませんが……」


 ニアはノクタリアの方へと視線を向ける。


「保証するわ。彼の元素は『白』よ」


 一応ギルドカードも見せて納得してもらう。


「なるほど……ギルドカードに書かれているということは本当ですね……」

「僕の魔法はこの白い炎を出すことなんだけど、この炎には『スキルと魔法を無効化する』っていう効果があるんだ。だから……ほら」


 指先に出来た肉腫に、白炎を当てる。

 するとまるで何もなかったみたいに肉腫が消えて、傷跡もバッチリ消えた。


「すごい……」

「さっき確認したときに消えたからね。これは使えると思ったんだ」


 ニアは僕の言いたいことに気がついたのか、引きつった笑みを浮かべて聞いてくる。


「ええと、まさか……」

「そう、僕の白炎を使って回復魔法の練習しよう」

「え、ええええっ!?」


 ニアが大きな声を上げる。


「わ、分かってるんですか! 練習ってことは何度も過回復で……」


 ニアの言いたいことは分かる。

 何度も練習するということは、その分僕が過回復の状態になるということ。

 姉さんとの模擬戦やら訓練やらで僕も痛みには慣れているとは言え、それ相応の苦痛を伴うだろう。

 でも、出来ないわけじゃない。


「僕は平気だから」



「シンさんはどうして私にそこまでしてくるんですか……? 私にここまでしてくれるメリットって……」

「いいや、そうでもないよ? 僕の夢は大迷宮の一番深くまで潜ることなんだ。だから仲間が強くなれば僕はダンジョンの深くまで潜れるようになるし、そういう意味では君を強くすることは僕にとって大きな利益になる」

「でも……」


 ニアはまだ納得しきれていないようだ。

 仕方ないので僕はもう一つの理由を告げることにした。


「それに、ちょっと親近感があるんだよね」

「親近感?」

「実は僕、この元素のせいで家を追放されてるんだよね」

「えっ?」


 僕はニアに『白』の元素を授かった結果、家を追放されることになったということを説明する。


「そんなことが……」

「だからさ、僕と同じように自分の居場所がなくなった人には親近感があるんだよ。それが助ける理由の一つかな。あとは普通に僕にメリットが結構ある」


 過回復のスキルは回復魔法による回復量を極大化し、そして余った回復力を過回復へと回すという能力。

 これは裏を返せば「回復量をピッタリと調整できるなら、ごくわずかの魔力で回復魔法が使える」ということだ。

 簡単に言うなら普通のヒーラーが一回回復魔法を使う魔力で、十回くらい回復魔法を使えるということ。

 これはどう考えても強すぎる。

 だから僕にとって彼女を助けることは大きなメリットになるのだ。

 こういうことをニアとノクタリアにも説明してあげた。


「シンさん……」


 ニアが感極まった目で僕を見つめてくる。


「出来損ないの私を拾ってくださったばかりか、自分が傷つくことをいとわずにここまでしてくれるなんて……」


 そしてニアは意を決したような表情になる。


「決めました。私、一生シンさんをお傍で支えます」

「え、いや。そんな大げさな……」

「私は覚悟を決めました!」


 ものすごい剣幕でニアがそう言ってくる。

 思わず後ずさってしまった。


「えぇ……」


 そうして、朝までかけて回復魔法を練習した結果、ニアは普通のヒーラーのようにヒールをかけることが可能になった。



***



【Side.ニア】


 私は、ヒーラーとしては無能だった。

 スキルの【過回復】のせいで少しでも過剰に回復魔法をかければ、逆に傷つけてしまう。

 だからこそ今まで沢山のパーティーに加入して、その都度放り出されてきた。

 このパーティーを追放されたらもう冒険者をやめよう、と思っていたところである冒険者に拾ってもらった。

 その人は不思議な人だった。

 『月』の元素なのにヒールができない、と説明しても私をパーティーへと加入させてくれた。

 さっさと追い出してくれると思ってギルドカードを見せたのに、予想外の行動に私は戸惑うことになった。


 それだけでなく、彼は私にこの忌々しい【過回復】の使い方を教えてくれた。

 初めてモンスターを倒すことが出来た時、私は感動した。

 頭が爆発して、塵になっていくゴブリンを見て私は呟く。

 無能だと思っていた自分が、やっと役に立つことができたんだ、と嬉しくなった。


「は、初めて、私が自分の力で倒せた……」


 それだけじゃない。

 彼は自分の身を犠牲にして私に回復魔法の練習をさせてくれた。

 過回復による肉腫は、激しい苦痛を伴う。

 あまりにも痛くて、だから私はポーションを使って回復魔法を練習することを断念したのだ。


 何度も肉腫を破裂させたし、彼はその度に耐え難い苦痛を感じているはずだった。

 なのに彼は嫌な顔ひとつせず、私に回復魔法を練習させてくれた。

 早くこの人を苦痛から解放しなければならない! その一心で必死に回復魔法の練習に努めた。

 死ぬ気で集中していたからか、一日で回復魔法の調整を習得することが出来た。


「おつかれ、よく頑張ったね」


 回復魔法ができるようになったことを笑顔で褒めてくれる彼に、私は見惚れていた。

 私に武器をくれて、そのうえ痛い思いまでしてくれて。

 そんな彼に…………男性経験の乏しい私が恋をしないわけがなかった。

 ああ、これからもずっと隣にいよう。そして、できることなら彼と……。

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