第15話 【過回復】の使い方
僕の言葉にニアが疑問符を浮かべて尋ねてくる。
「アタッカー……ですか? ヒーラーではなく?」
「うん、そうだよ」
僕が頷くとニアはふるふると首を振った。
「アタッカーなんて……そんなの無理ですよ。私、今お見せした通り、武器は全然扱えなくて……」
「それは大丈夫。君は武器を使うんじゃない。君が武器にするのは回復魔法だ」
「えっ? 回復魔法を……?」
「回復魔法が攻撃に使えるの?」
不思議そうな表情になるニアとノクタリア。
「まあ、普通は使えないね。普通の回復魔法は傷を修復し終わったらその時点で自動的に終了するし」
回復魔法は治す傷がなくなれば行き場を失った回復魔法はその場を漂い、魔力となって霧散していく。
その魔力はただの魔力であり、人間に対してそれ以上の影響を与えることはない。
もちろん、ただの回復魔法をモンスターに使ったところで傷を癒やすか、無傷の状態なら何も起こらない。
それどころか単に魔力を消費するだけになる。
だからこそ、常識的に考えれば回復魔法は回復にしか使えない。
「でも、ニアのスキル【過回復】の説明欄には「回復が超過した場合は『過回復』状態になる」っていう文言がある。これはつまり、傷を完全に回復した状態からでも回復魔法をかけられるということだ」
「なるほど、確かに……」
「回復魔法をかけ続けるなんて考えもしませんでした……」
ノクタリアとニアが感心したような声を上げる。
「それと、僕が一番注目しているのはこの『過回復』って状態だ。これは僕の予想では攻撃になる」
「その、どうして回復が攻撃になるんですか?」
「そうだな……見せたほうが早いかな」
僕は短剣を取り出すと自分の手のひらを斬る。
「なっ、なにしてるんですか!?」
「まあ、最初は驚くわよね。でもすぐに慣れるわ」
驚くニアに、ノクタリアが訳知り顔で頷く。
別に必要なことをやってるだけなんだけど。
僕はニアに向かって切った方の手を差し出した。
「とりあえず、この傷を魔法で治してくれる?」
「えっ、でも……」
「大丈夫。ほら」
僕が催促すると、ニアは躊躇いながらも杖を僕の手のひらに向けた。
「ヒール」
回復魔法が発動し、僕の手のひらの傷が瞬時に治療されていく。
そして切り傷が一秒ほどで治ったと思った瞬間──ボゴッ。
手のひらに傷があった部分が、まるで風船のように膨れ上がった。
言い換えるなら肉腫が出来上がっていた。
「へえ、過回復って結構痛いんだ……」
僕は初めての状態を興味深く観察する。
「もも、申し訳ありませんっ……! 私、ヒールをするといつもこうなって……っ!」
ニアが泣きそうな顔で謝ってくる。
しかしそれに対して僕は首を振った。
「いや、これが狙いだから。これが過回復って状態だと思うんだけどさ、このままヒールを当て続ければどうなるか分かる?」
僕はニアに質問する。
「……肉腫が、爆発します」
やっぱり僕の予想通りだ。
「それならさ、これを──モンスターにかけたらどうなると思う?」
「……まさか」
「なるほどね、そういうこと」
ニアとノクタリアは僕の言いたいことを理解したようだ。
「本来は攻撃に使えない回復魔法が攻撃に転用できる。しかも多分これ、普通の魔法より強いよ」
僕がそう説明すると、二人は驚き半分感心半分のような表情になった。
「デメリットにしか見えなかったスキルが、こんな形で使えるようになるなんて……!」
「本当に凄いわね」
「はは……」
僕は歯切れの悪い笑いを返す。
これは僕の発想ではないからだ。
本来は体力を回復するためのポーションがアンデッドには攻撃手段になったり、回復しすぎると攻撃になるのは前世のゲームや物語でのいわゆるお約束。
その知識があったからこそ、過回復を攻撃に転用するというアイデアが思い浮かんだだけだ。
だから別に凄くもなんとも無いんだけど、だからといってこの発想がどこから来たのかは話せない。
二人が感心してくれている間に、僕は自分の手の肉腫を白炎で治す。
「……うん、やっぱり予想通りだ」
「どうかしたんですか?」
「ううん」
尋ねてくるニアに首を振ると、僕はぱん、と両手を合わせる。
「というわけで、今から試そうか」
「へっ?」
ニアが素っ頓狂な声を上げるのと同時に、洞窟の奥からモンスターがやって来た。
第一層から第五層までの中で一番厄介なモンスター、ゴブリンだ。
「ゴ、ゴブリン……!?」
ニアがゴブリンを見てぺたん、と地面に腰を落とす。
「ニア、あれを回復魔法で倒して欲しい」
「そ、そんな……急に言われても……」
その醜悪な顔を見て、ニアが「ひっ」と悲鳴を漏らす。
「む、無理です……! 私、モンスターを前にすると、怖くて足がすくむんです!」
ニアの言葉は嘘じゃない。
杖を持つ手が震えている。
僕はその震える手に手を重ねた。
「シンさ……」
「大丈夫、僕がついてる」
僕がそう言うと……ニアは意を決した。
手の震えも止まり、ゴブリンへと杖の先を向ける。
そして、魔法を唱えた。
「ヒ、ヒール!」
ゴブリンの頭に回復魔法が当たる。
「ギ?」
魔法をかけられたゴブリンが首を傾げる。
しかし次の瞬間。
「ギヤ……ッ!?」
ゴブリンの頭部がぶくぶくと風船のように膨れ上がり、限界まで膨れると……破裂した。
頭が破裂し、身体だけになったゴブリンがパタン、と地面に倒れる。
そして絶命した証拠に塵となっていった。
「や、やった……」
ぺたんとニアはその場に座り込む。
「は、初めて、私が自分の力で倒せた……」
ニアは信じられないものを見るような目で、塵となっていくゴブリンを見つめている。
想像通りの結果なんだけど……結構グロいな。
ニアはモンスターを倒せた喜びを噛みしめるようにギュッと杖を握りしめると、とても嬉しそうな表情とともに僕の方を振り返った。
「見てくださいシンさん! ゴブリンを! 私ゴブリンを倒せました!」
「う、うんそうだね……」
頭部が爆散して周囲に血を撒き散らしながら地面に倒れるゴブリンを指して笑うニア。
それに対して引きつった笑みを返す僕。
「シンさん、もっと狩りましょう! 私、たくさんモンスターを倒したいです!」
「う、うん……」
僕はノクタリアの方へと顔を向ける。
彼女は「仕方ないわね」と方をすくめた。
***
過回復、という状態は攻撃として食らった時、かなり厄介かつ凶悪だ。
回復魔法の射程は魔法という枠組みのなかでは比較的短いものの、それでも遠距離攻撃には変わりない。
そして、回復魔法は直接部位にかけることが可能だ。
ということは、他の攻撃魔法と違って防御が非常に難しい。
対象に直接かける魔法だし、盾でもバリアでも防げない。
回避方法は回復魔法の対象として捉えられないように動き回ることくらいだ。
そして少しでも当たればその威力は絶大。
腕に当たれば武器を持ったり振ることは難しくなるし、足に当たれば動くことすらままならなくなる。
頭なら言わずもがなだ。
つまり、ニアの回復魔法を頭部に対して使用すれば……モンスターの顔を爆破する大量破壊兵器が完成する。
「やりました! ゴブリンを五体も倒せました!」
床には頭が爆発した五体のゴブリンが倒れている。
それを指差すニアは、それはとても楽しそうな表情を浮かべていた。
元々容姿が整っているニアが浮かべる花のような笑顔は、それはもう可愛かったけど、目の前の悲惨な光景と相まって、なんだかグロさが増していた。
「これなら戦うのが苦手な私でも戦闘に携われます! ほら!」
そういって杖を振るうと、小型のコウモリが身体から爆発する。
満面の笑みを浮かべながら、出会うモンスター全ての頭を過回復で吹き飛ばすニア。
その光景を見ながら、僕はとんでもないものを生み出してしまったのかもしれない、と内心恐れを抱くのだった。
「私、自分のことをどうしようもない役立たずだと思ってました。それなのにまた冒険者として戦えるようになるなんて……本当にありがとうございます!」
ニアが感極まった表情で僕にお礼を述べる。
返り血を浴びた笑みを浮かべながら目をギンギンにして僕の手を握る彼女に、僕は若干引いていた。
「わ、分かったから……そろそろ地上に戻ろう」
「いえ! まだまだやらせてください! 私はまだ戦えます!」
「ちょっ、待っ……」
僕の静止も聞かずにまたモンスターの虐さ……討伐を始めた。
そして第五層まで降りてくるまで、ほぼ全ての戦闘をニアが行った。
結果は言うまでもない。
ニアが笑顔で回復魔法を撃つ度に、そこら中に頭のないモンスターの死体が量産されていく。
初めて自分でモンスターを倒せるようになったことで楽しくなってしまったのかもしれない。
そのせいか、彼女は冒険者にとっていちばん大切なことを忘れていたようだ。
「あ、れ……?」
ふらっと頭が揺れたと思った途端、ニアの身体から力が抜けた。
魔力切れの症状だ。
「あー……やっぱり。仕方ない。おぶって帰ろうか」
「ええ、そうね……これからこの子にもしっかりと魔力の使い方を教えてあげないと」
ノクタリアが呆れたようにため息を吐く。
魔力量の管理は冒険者として基礎中の基礎だ。
魔力は冒険者にとって、特にヒーラーにとっては一番重要な要素だ。
ハイスピードで回復魔法を使うニアを見て、もしかしたらと思ってたけどやっぱり忘れていたらしい。
「まぁ、ここまで倒せたなら十分だけどね……」
僕は振り返って後ろの光景を見る。
そこには大量の魔物の死体が転がっていた。
「この攻撃力に加えて、殲滅力か……将来が恐ろしいな」
レベルが上がるにつれて、使える魔力も多くなり、魔法自体の威力も上がっていく。
もし大量の魔力と、今よりも強化された【過回復】を手に入れたら……。
その時の彼女を想像して、僕は末恐ろしさを感じるのだった。
結局、僕たちはニアを抱えながら地上へと戻った。
ニアは軽かったけど、流石に人ひとりを抱えて地上に上がるのは一苦労だった。
もっとステータスを上げないとね。
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