第14話 パーティー加入:ニア
ダンジョンの入口の前でパーティーが揉めていて、どうやらその中の少女が他の三人に責められているようだった。
僕は彼らの装備を観察する。
装備からして僕たちと同じ初心者。それも最高到達層は六から十階層あたりまでのパーティーだろう。
その中の一人の青みがかった銀髪の女の子が、他のパーティーメンバーから怒鳴られていた。
会話内容から察するに、彼女はパーティーを追放されるらしい。
「知らねぇよ! 自分で勝手に探せ!」
女の子に苛立ったのか、パーティーの内の一人が銀髪の女の子の方をドン! と押した。
「きゃっ!!」
銀髪の女の子が尻餅をつく。
「二度と話しかけてくるなよ!」
三人は彼女へとそう吐き捨てると、パーティーメンバーは大迷宮の中へと歩いていった。
その場に残された銀髪の少女はうつむき、ぎゅっと杖を握りしめる。
そんな彼女に──僕は手を差し伸べた。
「大丈夫?」
「あ、ありがとうございます……」
彼女は僕の手を取って立ち上がる。
「僕はシン。君は?」
「私は……ニアです」
ニアと名乗った彼女は、まさしくヒーラーという見た目だった。
月明かりのような銀髪と、白い肌。
優しそうなアーモンド型のラベンダー色の瞳は潤んでいる。
ノクタリアに負けず劣らずの美少女だ。
手には身長と同じくらいの木の杖を持ち、腰には護身用の短剣を差していた、
多分僕が使っているのと同じスレイドブレードだ。だけど使われたような形跡はなく、まっさらの新品だった。
「君、どうして突き飛ばされてたの?」
「それは……私が無能だから、です」
ニアは暗い表情で視線を落とした。
「無能?」
僕が聞き返すと、ニアは躊躇いながらも教えてくれた。
「ヒーラーなのに…………ヒールが出来ないんです」
「ヒールが出来ない?」
「その、これを」
ニアがおずおずと冒険者カードを差し出してくる。
「見て良いの?」
冒険者カードは個人情報のかたまりだ。
おいそれと人に見せるようなものではないけど……。
ニアは自嘲気味に笑う。
「はい。どうせもう知れ渡っていることですから」
「知れ渡ってること……?」
僕は彼女の言葉に首を傾げながら、冒険者カードを見てみる。
【ニア】
Lv.8
元素:月
筋力:27 耐久:24 敏捷:19 器用:10 知力:22 魔力:31
《スキル》
【過回復】
・回復魔法による回復量が極大化される。(回復量が超過した場合、ヒールをかけられた対象は『過回復』状態になる)
《魔法》
【回復魔法】
・ヒール
彼女のステータスを確認した僕は、どうして彼女が追放されたのかということを納得する。
「あー……なるほど。追い出されたのは、この『過回復』のせい?」
「……はい」
ニアが頷く。
「このスキルのせいで私がヒールをしたら逆に傷つけてしまうんです。『月』の元素でヒーラーなのに、ろくに回復すらできなくて……」
ニアは自嘲する。
元素ごとに求められる役割は変わってくる。
『月』の元素に求められる役割はヒーラーだ。
しかし彼女はスキルのせいでそれが果たせない状況にある。
「なるほど、ヒーラーなのにヒールができなくなっちゃったわけだ」
「その通りです。回復量が極大化されているせいで、回復量を調整することもとても難しくて……少しでも回復量が超過すると、過回復状態になりますから……」
確かにそれは追い出された理由も分からなくもない。
というか、普通に考えてパーティーに入れてもらえたことが奇跡と呼べるレベルだろう。
いくら彼女の容姿が良くてもダンジョンの中は命がけ。
容姿よりも求められるのは実力だ。
だからこそ彼女をパーティーに入れたいという冒険者は中々いないだろう。
だけど、その時僕の脳裏にはあるアイデアがあった。
「私、もう冒険者はやめようかなって思ってて……」
「え、なんで?」
「このスキルのせいでヒーラーにはなれませんし、元々臆病でモンスターとも戦えませんから……」
ニアがそっと新品同然の短剣を撫でる。
それが一切使用されていないのは傍から見ても明らかだった。
「それに、私の噂がもう冒険者の間で広まっているんです。今回のところもどうしても、ってお願いして入れてもらったところで……ここを追い出されたら、冒険者をやめるって決めてたんです」
自嘲気味な笑みを浮かべたニアはふっと息を吐くと、僕に対して頭を下げてお礼を述べた。
「シンさん、私の話を聞いてくれてありがとうございました」
踵を返して立ち去ろうとする彼女に、僕は声を掛ける。
「ちょっと待って」
「はい?」
「今パーティーを抜けたんでしょ? これを最後に冒険者をやめるならせっかくだし、最後に僕のパーティーに入らない? 僕たちもちょうど今、『月』の元素の仲間を探してたところなんだよ」
「は、はいっ……?」
振り返ったニアは困惑していた。
「ノクタリア、それでいい?」
「……あなたがそう決めたなら、私は別に構わないわ」
今まで黙って話を聞いていたノクタリアに尋ねると、彼女は肩をすくめて答えた。
よし、ちょっと事後承諾気味だけど仲間からも許可は取った。
「ということで、僕のパーティーに入らない?」
僕はニアに対して手を差し伸べる。
「ちょ、ちょっと待ってください。な、何を言ってるんですか? 確かに私は『月』の元素ですが、ヒーラーにはなれないんですよ? そのうえ戦闘すらまともに出来ませんし……」
「大丈夫。そこら辺は、僕にちょっと考えがあるんだ」
僕はそう言ってニヤリと笑った。
「分かりました……すぐに追い出したくなると思いますけど……」
ニアはそう前置きをして、僕のパーティーに加入することになった。
***
僕たちはダンジョンの奥へとやってきた。
奥、といっても新しい仲間がいるのでまだ第一層だけど。
「その、本当に私をパーティーに淹れても良いんですか? 自分で言うのもなんですが、私は何の役にも立たないと思います……」
モンスターと遭遇するのが怖いのか、ビクビクとあたりを見渡しているニアが勇気を振り絞って尋ねてくる。
「いやいや、そんなことはないよ。どんなに使えないと思うようなスキルも魔法も、見方を変えれば使えるようになる。ようは視点の問題だよ」
僕がそう言うとニアは疑問が残っているようだけど、とりあえずそれ以上は追及してこなかった。
ちょうどいいところまで進むと、僕はくるりと振り返ってニアの方を向いた。
「それじゃ、まずはどれくらい戦えるか見せてもらおうかな」
「えっ? 私、戦うのは……」
「それでもいざというときのためにどれくらい出来るのか確認しなきゃでしょ?」
運動能力を把握しておくのは大事だ。
いざというときに逃げないといけないかもしれないからね。
「で、ですけど……」
「大丈夫。危ないと思ったら僕たちがフォローに入るから……ほら、来たよ」
洞窟の奥からやって来たのは不定形の身体を持つモンスター……スライムだ。
大迷宮までやって来た冒険者たちがまず戦うことになるのが、この最弱のモンスターであるスライムだ。
動きは遅く、核をつくのは容易。
ただ、酸性のある粘液を飛ばしたり、身体にと取りつかれると厄介なので、決して油断しても良いというわけではない相手。
「うっ……」
「僕たちを信じて」
「わ、分かりました……」
「スライムの核は身体の中の、色の変わってる球体だ。落ち着いて割ればその短剣でも十分殺せるよ」
ニアはスライムを見て一瞬恐怖に表情が染まったものの、意を決したように短剣を抜き放つ。
「は、はい!」
「へ、へあーっ……!」
そんな気の抜けた声とともにニアはスライムへと短剣を突き出す。
しかし……
「あっ」
小石につまづくニア。
「へぶ……っ!」
そして前のめりに倒れてしまった。
………………うん、なるほど。大体分かった。
これからニアには近接戦闘はさせない方針でいこう。
「だ、大丈夫……?」
僕は適当にスライムに白炎を撃って燃やすと、ニアの元へと駆け寄る。
ニアは涙目になりながら起き上がった。
「す、すみません……私、昔から運動音痴で……」
「僕の方こそごめんね? 大体実力は分かったからもういいよ」
僕は慰めようとするものの、ニアはさらに暗い表情で俯く。
「ごめんなさい……回復もできなくて、戦えもしないなんて、やっぱり私は冒険者失格です……」
「それは違う」
「え?」
僕は強く断定する。
ニアが首を傾げた。
「君はヒーラーになれるし、アタッカーにもなれる。それもとびきり優秀なね」
「…………へ?」
ニアが素っ頓狂な声を上げた。
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