第13話 過去の清算と、新しい仲間?
「グオォォ……」
悍ましい低い人間の声が石造りの回廊に響く。
燃える松明に照らされて正面から出てきたのは、複数の人影。
だけど、生きている人間ではなかった。
腐った皮膚にまばらに髪の毛が抜けた頭皮。
気の弱い人が見れば失神しそうな見た目のそいつらは、僕たち冒険者からこう呼ばれていた。
アンデッド、と。
「本当に、いつ見ても醜悪ね」
僕の隣にいるエルフの少女が顔をしかめて呟く。
「彼らにまとわりつかれたら厄介だ。気を抜くのは禁物だよ」
「分かってる」
アンデッドは元人間だ。
ゴブリンやオークみたいないかにもモンスターって感じの見た目ならいざ知らず、中途半端に人形のせいでで人によっては攻撃できず、そのままやられてしまうこともあるそうだ。
あと、匂いがかなりきつい。
だから冒険者の中では「六層の中で一番厄介なのはオークじゃなくてアンデッド」と言う者もいるくらいだ。
アンデットは合計五体いる。
「右の三体を僕が受け持つから、ノクタリアは左の二体を……」
「必要ない」
ノクタリアが手を動かす。
すると五体が見えない糸で縛られて──そのまま糸に切られて細切れになった。
「私が全員やるから」
アンデッドが塵になった後、僕はノクタリアに向かってパチパチと拍手を送る。
「君も随分上達したね」
「あなたの教え方が上手かったからよ」
そんなことを話しながら歩いていると、階段の前へとやってきた。
「これで八層攻略完了だね」
「ええ」
僕たちはついに八層の終わり……つまり八層と九層を繋ぐ階段の前へとやってきた。
次の九層からは迷宮区分が変わる。
僕が手を挙げると、ノクタリアもそれに呼応するように手を挙げる。
パチン。
僕たちはハイタッチをした。
と言っても、あんまり苦戦はしなかったんだけどね。
「それじゃあ帰ろうか。そろそろ魔力的にも心配になってきたしね」
「私はまだ余裕があるけど……」
「ダメダメ。二人だけのパーティーなんだから慎重に行かないと」
まだ余裕があると言っているノクタリアにはちゃんとNOと言って、僕たちは地上へと戻った。
***
それから、僕たちはギルドへと戻ってきた。
「そろそろ、パーティーメンバーを増やしたいなぁ」
ギルドの食堂で食事を食べながら、僕はそう呟いた。
「……別に、仲間を増やす必要はないと思うけれど」
ノクタリアはむすっとしながらサラダを頬張った。
どうやら彼女は仲間を増やすことには否定的なようだった。
「まあ、戦力的には十分かもしれないけど、魔力的には不安なんだよね」
「魔力?」
「そう。今、ノクタリアはサポーター兼アタッカー、僕はアタッカー、タンク、ヒーラー、サポーターを兼任してるんだよね」
「そうね」
「そうなると、一人の役割が多すぎて魔法を使う場面が増えてくる。すると魔力が早い段階で枯渇しちゃうんだよ。今日もお昼でダンジョンから戻って来ることになったでしょ?」
「それは、そうだけど……」
ダンジョンに潜るとなると、帰りの魔力と体力を考えないといけない。
ひとりひとりの負担する魔力量が多いほど、ダンジョンから帰る時間は早くなる。
つまり、探索する時間が短くなるのだ。
逆に仲間が増えるとその分役割が分散されて、使用する魔力量も減る。
そしてその分探索できる時間が増える。
「ポーションを持つとか、魔力を回復するアイテムを持てば……」
「魔力はポーションとかで補えるけど、それを持つのにも限界はあるからね。それに、もしものときがあるから気をつけないと」
「確かにそうかもしれないけど……」
ノクタリアは不満げな顔でそっぽを向く。
渋々ながらも納得してくれたようだ。
「僕としては『風』か『月』の元素を仲間に引き入れたいなぁ………………ていうかさ」
「何かしら」
僕は隣に座っているノクタリアに尋ねた。
「なんで隣に座ってるの?」
なぜか彼女は僕の真隣に座っていた。
その上身体を結構寄せて密着してくるので食事も食べ辛い。
「こういうのって、普通対面に座ると思うんだけど……」
「別にいいじゃない。仲間なんだから」
「仲間とか、そういう問題かな……?」
「ええ、そうよ」
ノクタリアは至極真面目な顔で頷く。
絶対に違うと思うけど、自信満々で頷くから一瞬そうなんじゃないかとさえ思えてきた。
ノクタリアがさらに身を寄せて尋ねてくる。
「あのね、私達とても相性がいいと思うの。……だから、別に今のままでも良いんじゃない?」
ノクタリアの提案を僕はキッパリと断る。
「だめだ。これ以上深い階層に進むなら絶対に追加メンバーが必要になる。ギルドのルール的にも十階層からは四人以上じゃないと潜れないし、それにパーティーメンバーの安全が一番大切だからね」
僕の目的に付き合ってくれているのだから、その分パーティーメンバーの安全はちゃんと確保しなければならない、というのが僕のポリシーだ。
「……そう、私が大切……なんだ」
ノクタリアが微妙に照れたような表情になる。
長い金髪を手櫛でといて、チラチラと僕を伺ってくる。
「ん……? まあ……そういうこと、かな?」
なんだかニュアンスが変えられて伝わっているような気がしないでもないけど、まあ良いや。
「そういうことなら……分かった。本当はもうちょっと二人きりでも良いと思ってたけど」
ノクタリアは嬉しそうな表情でパーティーメンバーを増やすことを了承してくれた。
ちなみに、僕の目的はノクタリアにはもう伝えてある。
『いつか大迷宮の100層を超えて、迷宮の全体像を明かす』。
これが僕らのパーティーの目的だ。
「あ……」
その時、ノクタリアがとある一点を見た。
その視線の先を追うと、そこには男性二人、女性一人の三人パーティーがいた。
彼らは楽しそうに三人で談笑しながら歩いていた。
「彼らがどうかしたの?」
「別に…………あの人たちが、私を見捨てたパーティーってだけ」
「見捨てたって、ゴブリンのときの?」
ノクタリアが無言で頷く。
「ふぅん……人ひとりを見捨てておいてあんなふうに楽しく談笑なんて、暢気なもんだね」
ノクタリアと僕が出会ってからは一週間だ。
つまり、彼らが自分の仲間を見殺しにしてからたった一週間ほどしか経っていない。
いくら冒険者という職業が死が身近で、切り替えが早くないとやっていけないと言っても、それでも早すぎる。
「別にもう気にしてないわ。それに私も迂闊だったし。ここに来て初めて組んだパーティーだっから、信じすぎたのよ」
ノクタリアは「所詮他人なのにね」と自嘲気味に呟く。
その表情は僕とノクタリアが出会ったときに浮かべていた表情によく似ていた。
その表情を見て、僕は椅子から立ち上がる。
そしてノクタリアの手を掴むと、少し強引に引っ張って歩き始めた。
「ちょ、ちょっと何をするつもり……!?」
ノクタリアの声に無言で手を振ると、僕は彼らパーティーへの元へと歩いていく。
談笑している彼らの元にたどり着くと、
「君たちさ」
「は?」
「彼女に何か言うこと無い?」
僕はノクタリアを指差す。
すると彼らは露骨に焦り始めた。
「ノ、ノクタリア……!?」
「い、生きてたのか……!」
「そんな……」
三人はまるで幽霊でも見たように慌てる。
しかしリーダーっぽい槍使いの青年が、誤魔化すように笑みを浮かべた。
「良かった、生きてたんだな…! 俺達、ずっと心配してたんだよ!」
リーダーの言葉に合わせるように盾持ちの青年と、杖を持った少女が頷く。
「そ、そうそう! 本当に今まで心配だったんだよ!」
「私も心配してたわよ!」
「そうだ、もしよければ俺達のパーティーに──」
その瞬間。
「ぶべっ!?」
ノクタリアの拳が、槍使いのリーダーの頬に直撃した。
いきなり顔面に拳を食らわされたリーダーは衝撃で後ろに吹き飛ぶ。
「──ふざけないで」
絶対零度の声が響いた。
その声の主であるノクタリアは三人を殺気すら感じる視線で鋭く睨みつける。
「私、「助けて」って言ったわよね? 五体のゴブリンと出会ったときに。でもあなた達は私を囮にして逃げたの。それに私が気づいてないと思う? 馬鹿にするのも大概にしてちょうだい」
ノクタリアは長い髪を手で払うと、彼らへ侮蔑の視線を投げかけた。
「いきましょ」
ノクタリアが踵を返す。
その背中に槍使いのリーダーが怒声を浴びせてきた。
「こ、こんなことをしてタダで済むと思ってるのか! 絶対に報復してやる!!! お前にも、そこの奴にもだ!」
リーダーの槍使いが僕を指さして叫ぶ。
するとノクタリアがピタリ、と足を止めた。
「やってみれば? ……まあ、できたらだけど」
ノクタリアが手を動かす。
「は? ──なっ!?」
ノクタリアが出した糸により、パーティーの三人が拘束された。
「なっ、何よこれっ!」
「くそっ、離しやがれ!」
三人は糸の拘束から逃れようともがく。
しかし糸の拘束を脱出することは叶わなかった。
「三対一でこんなに簡単に拘束されているようじゃ、いつまで経っても無理でしょうけど」
「くそっ、罠を張ってたのか……!」
ノクタリアは鞘から剣を抜き放つと、ゆっくりと三人の方向へと歩いていく。
三人の顔が恐怖に染まった。
「忠告しておくわ。──彼に手を出したら、絶対に許さない」
ピタリと首筋に剣を当てて脅すノクタリア。
彼女から発される尋常ではない剣幕に、リーダーは顔面を蒼白にして悲鳴を上げた。
「ひっ……」
リーダーの戦意が喪失したのを確認すると、ノクタリアは剣を鞘に収めた。
そしてくるりと振り向くと、もう彼らに興味はなくしたかのようにさっさと歩いていく。
パチン、と指を鳴らすと糸の拘束が解けて、三人は地面に尻餅をついた。
「いきましょ」
「じゃあね」
僕は彼らに手を振ると、ノクタリアの後ろについていく。
歩いていると、隣のノクタリアが尋ねてくる。
「私のために機会を作ってくれたのよね?」
「まだ出会ってから時間はそんなに経ってないけど分かるんだ。きみ、こういうのは発散したいタイプでしょ?」
「……悔しいけど、合ってる」
僕は微笑む。
そして空気を切り替えるように呟いた。
「さて、次は仲間を見つけないとね。『月』か『風』がいいなぁ……」
***
「さて、今日もダンジョンに潜りますかね……」
僕は大迷宮の前までやってきていた。
大迷宮の前はちょっとした広場になっているので、ここで冒険者は荷物の確認や武器の点検、待ち合わせをしていることが多い。
「おまたせ」
するとノクタリアがやってきた。
腰に片手剣を下げた彼女は、周囲の冒険者から視線を集めていた。
元々かなりの美人であるノクタリアはギルドでも街の中でも目を引く存在なので仕方ない。
「じゃあ、迷宮に潜ろうか」
「そうね」
僕たちが迷宮へと潜ろうとしたその時。
「だから、お前は追放だって言ってんだろ!」
「そうだ! 『月』の元素のくせにまともにヒールすら出来ないやつなんて要らねぇんだよ!」
「今までヒーラーとして入れておいただけでも有り難く思えよ!」
「でっ、でもいきなり追放なんて言われましても……!」
入口の前で四人パーティーが揉めていた。
そしてどうやら男性三人女性一人の内、女性の方が彼らに責められているようだった。
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