第12話 Sideノクタリア:幸せの定義
【ノクタリア視点】
ゴブリンが私へと襲い来る。
「ギギャアッ!!」
「ギィッ!!」
「っ!」
ゴブリンが私めがけて振りおろ押す武器を、転がって避ける。
「ギギッ!!」
そこへナイフを持ったゴブリンが追撃をかけてきた。
「くっ……!」
仕方なく私は片手剣でそれを受ける。
手に重い衝撃と、剣の刃が欠けた嫌な音がした。
(あの三人が逃げなければこんなことにはならなかったのに……!)
こんな状況ではなんの意味のない愚痴を内心でこぼす。
私の他に三人いたパーティーメンバーは、ゴブリンの集団を見るやいなや、私を囮にしてさっさと逃げた。
五体の内二体はどうにか片手剣で倒した。
でもこのは武器屋で売っていた中で一番安い武器なため既に刀身がボロボロになってろくに斬れない上に、私自身の体力がかなり消耗していて、攻撃を躱すのがやっとという状況。
それなのにまだ三体も敵が残っているという絶望。
なんとかしないと死ぬという恐怖と焦燥感で動きはどんどん粗くなっていく。
「あっ……」
限界はすぐにやってきた。
ゴブリンの攻撃を避けきれず、太ももを深く切られた。
がくん、と足が止まる。
(まずっ──)
早く体勢を整えて攻撃を避けないと。
顔を上げてみれば、そこには三体同時に襲いかかってくるゴブリンがいた。
(ああ、私ここで死ぬんだ)
目の前の光景がスローモーションになる中、まるで他人事のような思考が頭の中を流れていく。
(やっぱり私は一人で生きて、死ぬ運命なんだ)
授かった元素が『黒』だったからという理由で家族は私を疎み、仲間は私を追い出した。
なんとかこのアウレリアにやってきて、ようやく見つけた仲間になるはずだった人は自分をあっさりと見捨てた。
なんて──不幸なんだろう。
そのときだった。
「ギィッ!?」
私に一番近いゴブリンが、横から飛んできた何かに当たり……燃えた。
続けて目にも止まらぬ速さで飛びこできた何者かが、素早く二体を切り捨てる。
(すごい……)
私は心の中で感嘆の声を上げる。
見ただけで手練れだと分かる動き。
私と同じく初心者みたいな装備なのに、長年訓練した騎士のような動きだった。
その少年は私に対して手を差し伸べた。
「大丈夫? 僕はシン。助けに入らせてもらったよ」
その後、私はセーフポイントで足の傷を治療してもらう事になった。
もちろん最初は警戒したけど、敵意はなさそうなので治療してもらうことにする。
どのみち、この傷を治さないと地上までは無事に辿り着けそうにはなかったから。
「さ、傷を見せて」
「っ! それはなに!」
彼が白い炎を出した瞬間、私は身構えた。
さっきゴブリンに使われた魔法だったからだ。
「ああ、ごめんごめん……」
彼はすぐに自分の手を短剣で斬る。
私がその行動に驚きの反応を見せる前に、彼は白い炎を傷口に当てた。
すると傷口がゆっくりと治療されていく。
「あったかい……」
炎を当てられているというのに、不思議と温かい気持ちになった。
エルフの村を追放されてから初めて人の善意に触れたからかもしれない。
(さっきは攻撃に使ってたわよね? なのに今は回復に使っている……この魔法は一体何なの? 『炎』と『月』の両方の性質を併せ持つ魔法なんて、見たことも聞いたことない)
魔法が複数の能力を保有していることは多々ある。
しかしこの白い炎のように、攻撃と回復という相反する性質を持っているのは、本来ならあり得ないことだ。
(この人は一体何者なの……? そもそも、元素は何……?)
私が得体のしれない彼に疑問を抱いていると、彼が私に「どうして一人でゴブリンと戦っていたのか」と問いかけてきた。
パーティーメンバーに見捨てられたと言うと、今度は「魔法やスキルは持っていないの?」と重ねて質問する。
あまりにも図々しく聞いてくるから逆に呆れたけど、不思議とそんなに嫌な気持ちにはならなかった。
いつもなら絶対に話したりはしないけど、立て続けに悪いことが起こって自暴自棄になりかけていた私は、いつもと違う行動を取ってしまった。
「面白くもない話だけど……」
私はそう前置きをして、自分の過去を話し始める。
自分で話していて自嘲が漏れた。
彼にこんなことを話したって何にもならないのに、どうして私はこんなことをしているのだろう。
「そっか追放か。僕と同じだね」
「は?」
そう言って、彼は自分が『白』の元素で追放されたということを話した。
最初はからかっているのかと思った。
『白』の元素なんて聞いたこともないから、作り話をして私を馬鹿にしているのだと、そう思った。
でも、冒険者カードには『白』と元素が記載されていた。
他の元素へと書き換えるならいざ知らず、わざわざ存在しない元素に書き換える意味はない。
だから、信じることにした。
そこには、自分と同じような仲間がいて欲しい、という願望も含まれていたのかもしれない。
傷の治療が終わり、私達は地上を目指すことにした。
歩きながら、私は思考を巡らせていた。
どうして彼は自分が家を追い出される原因になった魔法とスキルを使えるのか。
私はこの追放される原因になったスキルと魔法が忌々しくて、それにまた追い出されるのが怖くて使えないというのに、彼は全く気にしている様子はない。
恐れない理由を知れたら、なにかが変わるかもしれない。
だから先を進む彼の背中に、私は思わず質問を投げかけていた。
「別に? どんなことを言われても僕のやることは変わらないから」
でも返ってきた答えはあまりにも私とはかけ離れていて。
逆に私の弱さが強調されれているみたいで、惨めな気持ちになった。
それと同時に、私の心に小さなトゲが刺さった。
「………………私にも、そんな強さがあれば」
思わず口をついて出た言葉は、幸いにも彼には聞かれていなかったようだ。
その代わり、思わぬ提案をされた。
「あ、そうだ。いいこと思いついた。今から帰る途中で、僕に『黒』のスキルと魔法を見せてよ」
「……はあ?」
思わずそんな声が出ていた。
もしかして、さっきの話を聞いていなかったのだろうか。
一言文句を言おうとしたその時、彼はフッと優しい微笑みを浮かべた。
「せっかく『黒』のスキルと魔法を授かったなら、使わないと損でしょ? それに、少なくとも僕は酷いことなんて言わないしね」
その優しい言葉がまるで自分の本心を見透かされているみたいで、恥ずかしくなった私は無言で目を逸らした。
***
「スキルも魔法も強力だね」
彼は私の魔法とスキルを聞いた瞬間、そう言った。
彼の教え方は上手かった。
戦闘の度に「ここを改善したほうが良い」と改善点を教えてくれたり、「こういう使い方はどう?」と新しい使い方を教えてくれる。
だから、私の実力はたった数回の戦闘で見違えるほど上昇した。
さっきまではゴブリン二匹にも苦戦していたのに、今はもう苦戦すらしない。
目に見えて上がっていく実力に嬉しくなった私は……ついガッツポーズを取ってしまった。
それを見られていたことに気がついて、私は恥ずかしくなってついそっけない態度を取ってしまった。
その後、地上へと戻った私たちは、ギルドの前で解散することになった。
彼は魔石を山分けしようと言ったけれど、私はそれを固辞した。
危ないところを助けてもらって傷を治療してもらい、スキルと魔法を使った戦い方を教えてもらったお礼だ。
個人的に、借りっぱなしは性に合わない。
……本当はお金なんて一銭もなかったけど。
つまらない意地かもしれないけど、それだけはどうしても曲げられなかった。
一人ぽつんと孤独にベンチに座る。
さっきまで人と一緒にいたせいか、よけいに孤独を感じる気がした。
「お腹へった……」
その時だった。
「ねえ、君」
振り返るとそこにいたのはさっきの彼だった。
どうしてこんなところにいるのかを聞かれたから、仕方なくお金がないことを告げた。
すると彼は信じられないような提案をしてきた。
「あー……良ければだけど。……僕の宿に来る?」
「は?」
思いっきり彼を睨みつけた。
すると彼は慌てたように言い訳をする。
その言葉を聞けば彼に下心がないことは明らかだったので、人まずは警戒を解いた。
それと同時に私はまた驚いた。
彼は私に自分の宿を貸して、自分は別の安宿に泊まるというのだ。
正直に言って、お人好しを超えたなにかだ。
だから私は彼に「どうしてそこまでしてくれるのか」と問いかけた。
「ここまで来れば乗りかかった舟だし、それに僕と君は追放仲間だからね」
「なかま……」
呆然と呟く。
村を追い出されてから今まで、私はずっと一人だった。
だから、彼のその言葉が「私は一人じゃない」と言われているような気がして、嬉しかった。
しかし。
ぐぅぅぅ。
私のお腹の音が鳴ってしまった。
「……ご飯も奢るよ。もし気になるなら今度返してくれればいいし」
「う、うるさい」
フォローのために言ってくれた彼に対して、羞恥に顔を染めながらまたもや素っ気ない態度を取ってしまった。
***
翌日、私はまた彼とダンジョンに潜ることになった。
彼がパーティーを組む必要は無いと思ったけど、パーティーを組む理由を聞いて納得した。
昨日のこともあって誰かと新しくパーティーを組むのは躊躇いがあるし、その点彼なら信用も実力もある。
今日の宿代と食事代、そして昨日彼に奢ってもらった食事代の返済代のためにまたダンジョンに潜るつもりだったので、この提案は渡りに船だった。
そして私達は六層の手前までやってきた。
「……楽しそうね」
私は楽しそうにしている彼にそう言った。
「ああ、ワクワクするよ。だって僕はずっとこれを待ち望んできたんだから」
チクリ。
その時、私の心に刺さったトゲが痛み始めた。
どうしてそんなに楽しそうなの? なんで──幸せそうな顔ができるの?
そしてトドメは彼のセリフだった。
「そうだ、君は楽しい?」
能天気に、心底楽しそうに笑う彼の顔が私の激情を呼び起こした。
「…………楽しいわけ、ないでしょ」
それからは今まで貯めてきたものが溢れるように出てきた。
分かってる。本当は彼にこんなことを言うのは間違ってるって。
でも、どうしても止められなかった。
彼の笑顔に、まるで私の境遇が「そんなの気にするようなことじゃない」と否定されているような気がしたから。
嫉妬。怒り。悲しみ。そんな醜い感情がごちゃ混ぜになったものを彼へと叩きつける。
彼は私の理不尽な怒りに怒るわけでも当惑するわけでもなく、静かに聞いてくれていた。
「うん、そうだね。僕はすごく幸せだと思うよ。すごく」
「…………え?」
そんなはずはない。
だって、彼は生まれた家を追い出されたわけで、どう見ても不幸に決まって──
「だって、幸せって主観的なものでしょ? 確かに僕は異端者で家を追放されてる。他人から見れば不幸なように見えるかもしれない。でも僕は今すごく幸せだ。だってやりたかったことが出来てるんだから。今が一番幸せだって言っても良い。結局のところ、幸せかどうかは自分がどう感じてるかだよ。他人が決めることじゃないし、客観的に見てどうかでもない」
「私が、決めること……」
自分が幸せかどうかは、自分が決めること。
そんなこと考えもしなかった。
でも──彼の言う通りだ。
私は自分が不幸だと思いこんで、自分がどう感じているかなんて意識すらしなかった。
確かにその通りだ。
私は他人から見てどうかしか考えてなかった。
そんな単純なことに、ようやく私は気がついた。
「君は今、幸せ?」
「私、は……」
その問いに、私が答えたのは──。
「……幸せ…………だと思う」
***
「ねえ、私達、正式にパーティーになりましょうか」
ダンジョンから戻ってきた後、私は彼へとそう言った。
「え、いいの?」
彼は以外そうな顔で首を傾げる。
まるで「自分と一緒でもいいの?」とでも言いたそうな顔だ。
パーティーになって欲しいのは私の方だというのに。
「ええ、もちろん」
私が自分を認めるための自信をくれた人。
私が前に進めるようになったきっかけをくれた人。
彼と一緒なら、きっとこれからも私は『幸せ』だと思ったから。
それに……。
(だって、パーティーを組めばあなたとふたりきりでいられる時間も多く……)
邪な考えが浮かんだのを私は振り払う。
ちょっと困惑した微笑みを浮かべた彼が、頬を指でかきながら手を差し伸べてきた。
「それじゃあ、これからよろしく」
「ええ、よろしく」
私はその手を握り返した。
彼に対して特別な感情を抱くようになったのはこの時からだった。
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