第11話 パーティー加入:ノクタリア

 翌日。

 起きると、既に寝袋からノクタリアは居なくなっていた。

 代わりにベッドサイドに「お礼はまた今度」と書かれたメモが残っていた。


 僕はそのメモを見ると、ギルドへと向かった。

 今日からはパーティーメンバー探しだ。


「できれば、僕の欠点を補ってくれる人が良いんだけど……」


 僕のステータスビルドはいわゆる『万能型』だ。

 アタッカーは言わずもがな、白炎の治癒効果でヒーラーもできる。

 耐久力もそこそこあるし、白炎に『スキルと魔法無効化』という能力があるので、盾を持てば擬似的にタンクになれる。

 そして白炎は遠距離攻撃なので後衛でサポーターも可能だ。


 そんな僕でも出来ないことがある。

 「範囲攻撃で敵を殲滅する」こと。

 「超高火力の攻撃を出す」こと。

 「味方にバフをかけたり敵にデバフをかける」こと。

 これら三つだ。

 できるだけパーティーメンバーはこの役割を担ってくれる人がいい。

 まあ、僕の場合パーティーを組んでくれるだけでありがたいので、えり好みをしている余裕はないけど。


「さてと、さっそく勧誘しますかね」


 僕のパーティーメンバー探しが始まった。






「うん、やっぱり無理」


 それからしばらく探したけど、収穫はゼロだった。

 すでに出来上がってるパーティーに入れてくださいと頼んでも、そもそも僕みたいな見知らぬ元素をパーティーに入れたい人間なんてどこにもいない。

 狙うなら僕のように一人ぼっち……ソロ専の人間だけだ。


「どこかにぼっちの人は……」


 キョロキョロとギルドの中を見渡す。


「あ、いた」


 掲示板の前でじっと依頼の紙を見ている少女だ。

 金髪で耳が長く、黒いローブを羽織った……。


「あれ、ノクタリアだ」


 そう言えば彼女は、昨日仲間に見捨てられたと言っていた。


「ちょうどいいや、勧誘してみよう」


 僕はノクタリアへと近づく。


「やあ」

「……あなたね。私に何の用?」

「もしこれからダンジョンに潜るなら、僕とパーティーを組まない?」

「どうして組む必要があるの? 昨日見てて思ったけど、仲間なんて必要ないでしょ。貴方がわざわざパーティーを組む理由がわからない」

「僕も戦力的に困ってるわけじゃないけど、必要な理由があるんだよ」

「必要な理由?」

「実は……」


 僕はパーティーを組まないと六層以降を探索できないことを伝える。


「僕はどうしても大迷宮の下に潜りたいんだよ。でも、そのためにはパーティーメンバーが必要だって言われてね……」

「なるほど、それで一緒に潜る相手を探していたのね」

「どう? 一緒にパーティーを組んでくれないかな」


 ノクタリアは少しの間沈黙した後、小さく頷いた。


「……分かった。でも、パーティーは仮だから」

「もちろんだよ、ありがとう!」


 というわけで、僕とノクタリアは臨時パーティーを組むことになった。



***



 そして、僕たちは六層の手前までやってきた。

 今度はパーティーメンバーを連れてきたので、門番の人はすんなりと通してくれた。

 六層への階段を降りていく途中、上機嫌な僕にノクタリアがぽつりと言葉を投げかける。


「……楽しそうね」

「ああ、ワクワクするよ。だって僕はずっとこれを待ち望んできたんだから」

「……」


 僕はそこでノクタリアがどうして冒険者になったのかを聞いていなかったことに思い至る。


「そういえば、君はどうして冒険者になったの?」

「……お金のため。私みたいなのが日銭を稼ぐ手段はこれしかなかったから。それ以上でも、それ以下でもない」

「ふぅん」

「……だから、あなたが羨ましいわ」


 そうこうしている内に六層にたどり着いた。

 六層を一言で表すなら……迷宮。

 石組みの迷路のような回廊がひたすら続く階層だ。

 『大迷宮』という名前になった由来で、この第六層から第二十層までこの迷宮が続いている。


「一応注意しとくけど、ここから先はモンスターのレベルが格段に上がるから気を付けて」

「……分かってる」


 ノクタリアがそっけない返事を返してくる。

 五層までのスライムのような弱い魔物とは違い、ここから先はモンスターがぐっと強くなる。


「さっき六層の生息モンスターは教えてるけど、一応確認しておくよ。六層で注意するべき魔物は三種類。その中の一つは君も知ってるゴブリン。次はアンデッド。最後は……来たね」


 気配に気がついた僕とノクタリアがそれぞれ武器を構える。

 前方からやってきたのは人型のモンスター。

 その特徴的な豚の顔が有名な──オークだ。


「六層の中では最強のモンスターだ。気をつけて」

「言われるまでもないわ」


 オークが僕たちへと咆哮を上げる。

 まずは僕が前に出て、その隙にノクタリアが後方で魔法の影糸を使って糸を張り巡らせる。

 ここまで降りてくる途中、何度も繰り返し行われた連携だ。


「グオオォォォッ!!!」


 オークが地面にハルバードを横薙ぎに振るう。

 僕は身をかがめてその一撃を躱す。

 ゴブリンなんて目じゃないほどの怪力で叩きつけられた石組みの壁が破壊された。

 僕へと追い打ちをかけようとするオーク。


「残念だけど、もう張り終わってるわ」


 しかし既に糸を張り巡らせていたノクタリアが、糸でオークを縛り上げる。


「グオッ!?」


 身動きが取れなくなったオークは拘束から逃れようと暴れる。

 だけど魔法で作られた糸はオークの力でも簡単にはほどけない。


「とどめは任せたわ」

「はいよ」


 ノクタリアに返事をして、僕はナイフを喉元に突き入れる。

 急所を一突きされたオークはそのまま絶命した。

 ノクタリアが相手の動きを止めて、僕が急所を一突きにする。

 これが、僕らがここに来るまでに生み出した連携技だ。

 ずっとソロでも良いかな、なんて思っていたけど撤回しないといけない。やっぱり仲間と連携を取れば格段にモンスターが狩りやすくなる。

 僕がソロなら、オークと何回か打ち合ったり攻撃を避けたりして隙を作らないといけなかった。

 塵となっていくオークを見届けながら、僕は汗を拭う。


「ああ、楽しいなぁ……」


 思わずそんなつぶやきが漏れた。

 初めてのモンスター。

 初めて見る景色。

 仲間と連携しての戦い。

 これが冒険の醍醐味だ。

 あとは手に汗握るモンスターとのバトルがあれば、尚良い。


「さて、今日は七層の手前までを目標に行こうか」


 僕はオークが残した魔石を拾うと、ふと思いついてノクタリアに質問した。


「そうだ、君は今楽しい?」


 その質問は単に、アンケートくらいの質問だった。

 僕はパーティーメンバーにできる限り冒険を楽しんでもらいたいと思ってる。

 だからこそ冒険が楽しいかどうかを確認したかった。


「…………いわけ、ないでしょ」


 震える声で答えるノクタリア。

 俯いている彼女は、激情を堪えているようだった。


「ノクタリア?」

「楽しいわけないじゃない!」


 迷宮の中にノクタリアの声が響く。


「少し前までは普通に暮らしてたのに、ただ元素が黒だっただけで追い出されて! 家族も、友達もみんないなくなって! こんな状況で楽しいと思う!? なんで私がこんな不幸な目に合わないといけないのよ!!!」


 僕は静かにノクタリアの言葉を聞いていた。


「あなたは幸せでいいわよね! 私と違って、家を追い出されるまで二年間もいれたんだから! すごく恵まれてるわよ!!」


 ノクタリアはそこで言葉を区切った。

 静寂の後、僕は頷く。


「うん、そうだね。僕はすごく幸せだと思うよ。すごく」

「…………え?」


 ノクタリアが虚を突かれたような表情になる。


「だって、幸せって主観的なものでしょ? 確かに僕は異端者で家を追放されてる。他人から見れば不幸なように見えるかもしれない。でも僕は今すごく幸せだ。だってやりたかったことが出来てるんだから。今が一番幸せだって言っても良い」


 そう、今のぼくは幸せだ。

 だって、夢にまで見た冒険ができているんだから。


「幸せかどうかは自分がどう感じてるかだよ。他人が決めることじゃないし、客観的に見てどうかでもない」

「私が、決めること……」


 僕はノクタリアへ尋ねた。


「君は今、幸せ?」

「私、は……」


 彼女はしばらく考えた後、答えた。


「……幸せ…………だと思う」

「なら良かった」


 僕はにこりと笑う。


「じゃあ行こうか。今日は六層を踏破したいね」


 歩き出した僕の背中に、ノクタリアが声をかけてくる。


「あの……」

「ん?」

「……ごめんなさい、酷いことを言って。あなただって辛い思いをしたはずなのに……」

「良いよ別に、実際僕は家族に恵まれてたからね」


 僕は肩をすくめて答える。

 実際に、僕はノクタリアよりは恵まれていると思う。

 追放されるまで気持ちの整理をする時間もあったし、思い出を作る時間もあったんだから。


「その」


 背後からノクタリアが声をかけてくる。

 そして顔を照らしながら、上目遣いで僕の袖を引く。


「…………私も、あなたと一緒に冒険できて楽しい、から……」


 僕が目を見開くと、ノクタリアは恥ずかしそうに目をそらす。


「そっか……そうなら僕も嬉しいよ」


 仲間が一緒に冒険を楽しんでくれたら僕だって嬉しい。


「……………………き」

「え、なにか言った? す?」

「いえ、なんでもないわ。ほら、行きましょ」


 その時、ノクタリアが「す」から始まる言葉を言ったような気がしたけど、笑顔の彼女に手を引かれたので結局聞けずじまいになってしまった。



***



 翌朝。

「……なんで君がここにいるの?」

「あら、私がいたらダメ?」


 目覚めたらノクタリアがベッドサイドに腰掛けていた。

 それになぜか僕のことをニコニコと笑顔で観察している。

 何が目的なのか分からなくて怖い。


「いや、そうじゃなくて。ここに来た理由を聞きたいんだけど」

「あなたを迎えに来たのよ。今日も大迷宮に潜るんでしょ?」

「まあ、そうだけどさ……ていうか、どうやって入ってきたの」

「そこから」


 ノクタリアはとある方向を指差す。

 そちらに目を向けると、窓が開け放たれカーテンが風に揺られていた。


「いや、ここ最上階なんですけど」

「それはまあ、魔法を使ってね」


 なるほど、どうやら彼女は魔法の【影糸】を使い、僕も思いつかないような手段を自分で生み出してここまで登ってきたらしい。


「あなたが魔法を教えてくれたおかげね?」


 苦い顔で黙る僕。

 ノクタリアは僕の言いたいことを察したのか、クスッと悪戯めいた笑みを浮かべた。


「いや、不法侵入ですが……」

「そんな細かいことを気にすることないじゃない。正式にパーティーになったんだし」

「そうは言っても、起きたときに枕元に人がいたら誰だって驚くと思うよ」


 僕とノクタリアは正式にパーティーを組むことになった。

 正直に言って、なんでノクタリアが僕とパーティーを組んでくれたのか分からない。

 ノクタリアが自分の《スキル》と《魔法》を使えるようになった今、彼女は引く手数多だ。

 そのうえ僕は『白』の元素という、得体のしれない元素なのだ。

 だけど彼女は僕と一緒にパーティーを組むという選択肢を取ってくれた。


「一応言っとくけど、抜けたくなったらいつでも抜けていんだからね?」

「安心して。しばらく抜けるつもりはないから」


 それからほぼ毎日、僕の宿にノクタリアが侵入するようになった。

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