第10話 【影糸】の使い方

 地上へと向かう道中、モンスターとの戦闘でノクタリアは渋々ながら『黒』のスキルと魔法を見せてくれた。


 スキルは【潜影せんえい】。

 これは『ステルス性能が大幅に上がり、敵に発見されにくくなる。また少しの間影に潜むこともできる』という効果だ。


 そして魔法は【影糸えいし】。

 『闇の糸を出す』というシンプルな魔法だ。


「スキルも魔法も強力だね」

「そうなの?」

「そうだよ。スキルも魔法も実用的で、その上応用も効くしね」


 正直言ってかなり強い。

 敵に見つからず隠密行動ができるというのが強い上に、影に潜んで奇襲できるというのも強みだ。

 魔法の【影糸】も単純な魔法だが、しかしシンプルということは応用力が聞くということだ。


「スキルはともかく、糸を出すだけのスキルなんて何に使えばいいのかわからないけど」

「たとえば、糸でモンスターを捕縛したり、糸で罠を張ったりできるよ」

「なるほど」


 『黒』の元素だからという理由だけで追放したノクタリアの故郷に少し同情したくらいだ。


「糸はロープの代わりになりそうだし、凄く強いと思うけど」

「そう……スキルも魔法も使おうと思ったこと無いから、分からなかった……」


 ノクタリアは自分の手を見つめて呟いた。





 それから、地上に上がる過程で何度か戦闘があった。

 僕がスキルと魔法の使い方についてアドバイスしてあげると、ノクタリアはたった数回の戦闘でスキルと魔法の勘所を押さえていった。


「ギギャアッ!!」

「ギギッ!!」


 五体のゴブリンが僕へと襲いかかる。

 一体をスレイドブレードで喉元を串刺しにし、もう一体を白炎を撃って燃やす。

 しかし五体のうち三体は僕の側をすり抜け、後方へと向かった。


「そっちに行ったよ!」


 後ろにいるのはノクタリアだ。

 どうやらゴブリンたちは先に後衛を潰すことを選択したらしい。

 三匹のゴブリンがノクタリアの元へと向かう。

 ノクタリアにとって、ついさっきまでは倒すことすら叶わなかった相手だ。


「大丈夫、問題ない」


 ゴブリンがノクタリアに殺到したと思った瞬間。


「ギッ!?」

「ギャアッ!!」


 ゴブリンたちは空中で静止した。

 ノクタリアが張り巡らせていた【影糸】に絡め取られたのだ。

 体中に巻き付いた糸は完全にゴブリンの動きを抑え込んで、身動きが取れないようにしていた。


「さようなら」


 ノクタリアが拳を握る。

 すると三匹のゴブリンたちは身体を糸で引き裂かれ、塵となっていた。


「よし……」


 倒した後、ノクタリアは嬉しそうな表情で小さくガッツポーズを取った。


「おつかれ。もう完全に影糸の使い方はマスターしたんじゃない?」


 僕が話しかけると楽しそうな表情から一転、仏頂面に戻りそっぽを向いた。


「……別に。教え方が良かっただけよ。それにあなたがちゃんと敵を引き付けてくれたから糸を張り巡らせる時間があっただけ」


 ノクタリアの言葉が照れ隠しだというのは僕でも分かる。


 それにしても成長速度が速い。

 この分だと将来は冒険者の中でも指折りの実力者になりそうだな、と僕は心のなかで結論付けた。






 そんなことを話しながら僕たちは地上へと上がってきた。

 ダンジョンを抜けた僕たちはギルドの前の広場にやって来ると、魔石をアイテムボックスから取り出す。


「じゃあ魔石の分配だけど、山分けで……」

「いらない」

「え? でも……」

「あなたには借りがあるから、これで借りを返す」

「いや、傷を治療した分は君の過去の話しで相殺してたと思うけど」

「そっちじゃない。……私の、スキルと魔法の使い方を教えてくれたこと」

「ああ、そっちか」

「そういうわけだから」


 ノクタリアは踵を返して、さっさとどこかへと去っていこうとした。


「あ、まって」

「……なに」


 ノクタリアは顔だけをこちらに向ける。


「じゃあ、僕は今日の分の魔石を換金しに行くけど、君は行かないの?」

「……私はいい」


 不自然な沈黙の後、ノクタリアはそう答えた。


「もう用事は済んだわよね」

「ああ、うん」

「じゃあさようなら」


 彼女は踵を返すと去っていく。

 どこへ行くのかと思っていると、ギルドの前にある噴水の前のベンチに腰掛けた。


「?」


 なんであんなところに座ったんだろう。

 宿に帰れば良いのに。

 その様子に首を傾げながらも、僕はギルドの中に入った。



***



 魔石の換金を終えた僕は、ギルドから出てきた。


「ふぅ、とりあえずこの後は適当に食べて、パーティーをどうするか考えないとね……」


 換金ついでに六層のことを聞いたが、六層以降はパーティーでないと入れないというのは本当だったらしい。

 とりあえず、当面の目標はパーティーを探すことだ。


「ま、僕の場合、一緒にパーティーを組んでくれる相手がいるかどうかすらわからないけど……ん?」


 僕は目を細める。

 金髪のエルフの少女が、ベンチに据わっていた。

 おかしい。僕とノクタリアが別れてから一時間は経つ。

 つまりノクタリアは一時間ずっとあのベンチに座っていたことになる。


「ねえ、君」

「……なんだ、あなたね」


 僕が声をかけるとノクタリアは安心したようにため息を付いた。


「なんでこんなところにいるの?」

「……あなたには関係ないでしょ」

「もう日も暮れてるし、宿に戻ったら? 流石に夜に女の子一人は危ないよ」

 僕がそう言うと、ノクタリアは消え入るような声で呟いた。

「………………いの」

「ん?」

「お金が、ないの」


 ぷい、とノクタリアは頬を染めてそっぽを向いた。


「えっ、でもこの街って宿も食事も結構安いはずだけど……」

「村を追い出された時、何も持てなかったから無一文なの」

「でも、今日潜るときにモンスターを倒した分の魔石を換金すれば……」


 僕とノクタリアが出会ったのは三層だ。

 流石に三層にくる過程でモンスターと戦ってるだろうし、それを売れば宿くらいなら取れるはずだけど……。


「魔石を持ってたサポーターは私を見捨てて彼らと一緒にそのまま消えたわ」

「あー……」


 そう言えば、ノクタリアが組んでいたパーティーの仲間は、ゴブリンの集団と遭遇した瞬間、ノクタリアを置いて逃げ出したらしい。

 要は、モンスターの魔石は持ち逃げされ、今日の稼ぎすら僕に渡してしまったせいで無一文らしい。

 ギルドに入らなかったのは、そもそもギルドの中でする用事がないからなのだろう。

 うーん……流石にこれは見捨てることは出来ないなぁ……。

 僕はワシャワシャと頭をかき、一つ提案をした。


「あー……良ければだけど。……僕の宿に来る?」

「は?」


 思いっっっきり睨まれた。


「い、いや、別に他意はないよ。僕は他の安宿に泊まるし、部屋の鍵を貸すからそのまま泊まってってこと。ほら」


 僕は今泊まっている宿の鍵を投げて渡す。

 ノクタリアは手の中の鍵を見て目を見開いた。


「……なんで私にそこまでしてくれるの?」

「ここまで来れば乗りかかった舟だし、それに僕と君は追放仲間だからね」


 そう。同じく故郷を追放された者同士仲良くするべきだ。


「なかま……」


 僕の言葉にノクタリアは少しの間無言だった。

 するとその時。

 ぐぅぅぅ。

 控えめな音が僕たちの間に鳴り響いた。


「……ご飯も奢るよ。もし気になるなら今度返してくれればいいし」


 努めて明るく、気にしてない様子で僕はそう言った。


「う、うるさい」


 それに対してノクタリアは、恥ずかしそうに頬を染めてそっぽを向くのだった。



***



 適当な店で夕食を取った後、僕とノクタリアは宿へと来ていた。


「いや、本当に良いの? 確かに僕も余裕はないし、一緒のところに泊まれるならそれでいいんだけどさ」

「別に構わない。私は寝袋を貸してもらえるだけで十分だから」


 再三確認したことをノクタリアに問いかける。

 しかし返ってくるのは頑として同じ答えだけだ。

 夕食を食べている間、ノクタリアは僕に提案をしてきた。


「何度も言ってるけど、これ以上あなたに迷惑はかけられない。部屋に泊めてもらう以上、家主に出ていけなんて失礼なことは言えないわ。それに、これ以上借りを作りたくないから、私には寝袋で十分」

「いや、そうは言っても……」

「早く入りましょ。私、今日は疲れてるの」

「あっ」


 さっさとノクタリアは僕の部屋の中へと入っていく。

 仕方ないか。本人が良いって言ってるんだし。

 僕は仕方なく部屋の中に入った。


「……へえ、いい部屋ね。ここ」

「でしょ。ここの夜景をひと目見たときに気に入ったんだよね」


 自分の好きなものを褒めてもらえたことに僕は鼻を高くしながら、ノクタリアに寝袋を渡した。

 迷宮都市アウレリアまで来る途中で使っていた寝袋だ。


「ほんとにこんなのでいいの?」

「ええ、もちろん」


 ノクタリアは床に寝袋を地面に引く。

 疲れているというのは本当で、さっさと寝たいんだろう。


 そして寝る時間になった。


「おやすみ」


 ベッドサイドの魔石ランプを消す。


「……おやすみなさい」


 小さな声で返事がきたことに満足しながら、僕は眠りについたのだった。

 眠りにつくとき、彼女が意外そうに僕を見つめていたのは気のせいだろうか。

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