第9話 エルフの女の子を助けたら…?

 どうやらエルフの少女は三体のゴブリンに苦戦しているらしかった。

 三体のゴブリンは武器持ちで、巧みに連携して攻撃してくるのを躱すのが精一杯、という感じだった。


「苦戦してるけど、いきなり手出しするのはマナー違反だよね……」


 冒険者の暗黙の了解として、みだりに獲物を横取りするのは大変失礼なマナー違反にあたる。

 もし故意であることが発覚すれば、ギルドの中で誰も会話してくれないくらいには制裁される。

 すでに似たような状況の僕としてはこれ以上遠巻きにされるのは避けたい。

 ということで、僕はしばらく見守ることにした。

 しかしすぐに介入する羽目になる。


「あっ……」


 エルフの少女がゴブリンのダガーによって足を深めに切られる。

 バランスを崩したエルフの少女にゴブリンが殺到する。


「くっ……!」


 エルフの少女が片手剣で抵抗をしようとする。

 しかし、恐らくそれも無駄だ。

 このままではエルフの少女はそのゴブリンの持つ武器によって殺される。


「流石にこれは、横入りしても問題ないよね」


 白い炎がゴブリンに叩きつけられる。

 一体が燃え上がった後、素早く踏み込んで後の二体を切り捨てる。

 自分が苦戦していた相手が、一瞬で塵になったのを見て、エルフの少女は目を見開く。


「あなたは……」


 尻餅をついたエルフの少女が、僕を見上げて尋ねてくる。

 僕は手を差し伸べて答えた。


「僕はシン。助太刀させてもらったよ」


 僕の顔をジッと見つめていたエルフの少女はハッと我に戻ると、目を逸らしてお礼を述べた。


「……ひとまずはお礼を言っておくわ」


 エルフの少女は手を取って立ち上がる。

 すると立ち上がる過程で少女は顔をしかめた。


「っ」

「ああ、そうか。足を切られてたよね。そこにセーフポイントがあるし、治療して上げるよ」

「……別にいらない」


 エルフの少女はそっけなく断る。


「いや、でもその様子じゃポーションも持ってないんでしょ? ここから地上まではまだ距離があるし、足を怪我した状態でモンスターに会ったら、今度こそおしまいだと思うけど」

「……」


 エルフの少女は押し黙った。


「別に僕は何もしようとしてないよ。お金だって要らない」


 エルフの少女は熟考し……頷いた。


「…………分かった」

「それじゃ……いくよ」

「きゃっ!?」


 僕が抱きかかえるとエルフの少女は小さく悲鳴を上げた。


「ちょ、ちょっと……下ろして……!」

「その怪我で歩けるの? 結構バッサリ切られてるけど」


 僕は未だに血が流れている痛ましげな傷を指差す。


「………………」


 すると観念したのか、彼女は何かを言いたそうな顔になりながらも大人しくなった。



***



 僕たちはセーフポイントへとやってきた。

 セーフポイントとは、ダンジョンの中に作られたモンスターが近寄らない場所のことだ。

 モンスターよけの魔石やお香を焚いていたり、魔法や古代文明の遺物でモンスターが近寄らないようにしているところもある。

 僕たちがやってきたのは部屋の形にくり抜かれた、二人がぎりぎり入れるくらいの穴だった。


「傷見せて」

「っ! 何をするつもりっ……!」


 僕が手のひらに白炎を出すと、エルフの少女が露骨に警戒する。


「ああ、これはただの魔法だよ。この炎には治癒の効果があるんだ。ほら」


 僕は短剣で手を切ると白炎を当てる。

 すると切り傷はゆっくりと治っていった。

 僕が実演するとエルフの少女は半分くらい警戒を解いてくれたので、太ももの傷に白炎を当てる。


「…………あったかい」


 ぽつりとエルフの少女は呟く。

 そこで僕は彼女の名前を知らないことに思い至った。


「そういえば、君の名前は?」

「……ノクタリア」

「一人で戦ってたけど、仲間はいないの?」

「仲間はいたけど……もういない。ゴブリンの集団に遭遇した後、私を置いてすぐに逃げたから」

「あちゃー……」


 仲間を見捨てるのはよくある話だけど、実際にあるものなんだなぁ。


「君はスキルとか魔法とか持ってないの?」

「……あるけど、使いたくない」

「へえ、なんで?」

「……あなたって、すごくズケズケと聞いてくるのね」

「そうかな?」

「……」


 ノクタリアは僕のことをジト目で見つめた後、ぽつりと呟いた。


「……別に、面白くもない話だけど」


 そんな前置きをして、ノクタリアは自分のかかを話し始めた。


「私が生まれ育ったエルフの村では、『黒』を除いた『炎』『月』『風』『盾』『空』の五つの神を信仰していたの。それに対して『黒』は邪悪だから禁忌とされていた」

「でも、『黒』の元素を授かる可能性はあるんだよね?」


 ノクタリアは無言で頷く。


「今まで村の中で『黒』を授かった人はいないから、大丈夫だと思ってた。でも十五歳の日、私が儀式で授かったのは『黒』だった……」

「へえ」

「だから元の村は追放されて、儀式の日にそのままこの迷宮都市へとやってきた。これが私の全部。どう? なにも面白くないでしょう」

「そっか追放か……。僕と同じだね」

「は?」


 ノクタリアが怪訝な表情になった。


「僕も『白』の元素を授かって、異端扱いされて家を追放されたんだよね。ま、僕の場合は追放されるまで二年間家に住めてたけど。こんなところに仲間がいると思わなかったよ」

「……からかってるの? 『白』の元素なんて聞いたこともない」

「いや、本当だって。ほら」


 僕はギルドカードをノクタリアに渡す。

 ここには僕の元素やステータスが表記されている。

 ノクタリアは僕の元素を見て驚いた。


「まさか、本当に『白』の元素なんて……」

「これでもまだ信じれないなら、直接ギルドで確認してもらってもいいよ」

「……信じるわ」

「それは良かった。さ、治癒も終わったよ。ついでだし地上まで送ってくよ」


 白炎による傷の治療も終わったので立ち上がると、その背中にノクタリアが声をかけてきた。


「……あなたは、なぜその元素を使えるの?」

「え?」

「だって、それが原因で家を追放されたんでしょう? また酷い言葉を投げかけられたりしたら……怖くないの?」


 その質問に、僕は至って軽い感じで答えた。


「別に? どんなことを言われても僕のやることは変わらないから」

「………………にも、そんな強さがあれば」


 ノクタリアがなにか呟いていたような気がするけど、ちょうどその時の僕の頭には名案が降ってきていたので分からなかった。

 ぽん、と僕は手を打つ。


「あ、そうだ。いいこと思いつた。今から帰る途中で、僕に『黒』のスキルと魔法を見せてよ」

「……はあ?」


 ノクタリアが思い切り眉根をひそめる。


「あなた、さっきの話を聞いてた? 私はこの元素のせいで……」

「でも、せっかく『黒』のスキルと魔法を授かったなら、使わないと損でしょ?」

「それは……そうだけど……」

「それに、少なくとも僕は酷いことなんて言わないしね」

「…………ちょっとだけだから」


 ノクタリアは少し頬を染めて目を逸らした。


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