第5話 冒険者ギルドと大迷宮

「ここが迷宮都市アウレリア……」


 迷宮都市アウレリアに到着した。

 正直に言って、僕が住んでいたアドヴェンテ領とは比べものにならないほど発展している。

 道行く人達は活気で溢れ、そこらかしこに冒険者と思わしき武器や防具を身に着けている人間がいる。


 あれはもしかしてドワーフかな? あっ、あっちには猫の獣人。あっ、あの長い耳はエルフだ。


 僕は街の光景を目を輝かせて眺めていた。

 まるっきり田舎者の反応だったが、町の人達はこういう人間は腐るほど見飽きているのか、さして気にした様子もない。


「えーと……まずは冒険者登録をしないといけないんだよね」


 僕はさっそく冒険者ギルドへと向かった。

 冒険者登録を行わなければダンジョンに潜ることすらできない。

 ここ迷宮都市アウレリアでは冒険者ギルドという組織が大迷宮を管理しており、大迷宮に潜るためには資格を得なければならない。

 それが冒険者資格だ。


「ここがギルドか……」


 人が一番多い大通りに面している、ひときわ大きな建物の前で呟く。


 扉を開けて中に入ると大人数が騒ぐ声が聞こえてきた。

 中にはたくさんの冒険者がいて、昼間だと言うのにジョッキで酒を飲んでいた。

 僕よりレベルが高そうな人間はザラに居る。

 その中を進んで、受付までやってきた。


「御用は何でしょうか」


 美人な受付嬢がニコリと営業スマイルを浮かべて僕へ尋ねてくる。


「冒険者登録をしたいんですけど」

「それでしたら登録料と、個人情報、ステータス情報が必要になりますがよろしいでしょうか」

「はい、構いません」


 こういった説明ごとは慣れているのか受付嬢は流れるようにスラスラと説明する。

 一番最初にお金のことを持ってきたあたり、多分お金が無くて文句を言い出す輩もいるのだろう。大変だ。


「では、登録料は2000コラになります」

「はい」


 僕は2000コラを渡す。

 すると紙を差し出してきた。


「ここに個人情報をご記入ください」


 言われた通り個人情報を記入していく。


 しかし名前の部分で詰まった。

 しまった。名前はどうしよう。

 一応家は追放されていることになってるからアドヴェンテの名前は使ってもいいのか分からないし、でも名前だけじゃ登録できなそうだし……。


 考えた結果、やっぱり自分の名前を使うことにした。

 問題が起こればそのときに考えよう。 


 名前の記入欄にシン・アドヴェンテと書き込む。


 個人情報を記入した紙を渡すと、次はステータスの記録になった。

 記録用の水晶のようなものが目の前に置かれる。


「ここに手を当ててください」


 言われた通り手を当てる。

 水晶にわざわざステータスを映させるのは、ステータス偽造を防止するためだろう。


「えーと……レベルは最低基準の5を超えていますね。わっ、すごい。ステータスが10レベルの平均より高いですよ」

「いや、はは……」


 多分特訓しまくったのと、スキル【炎成】の効果だろう。


 同時に周囲の冒険者たちがざわめき始めた。

 冒険者登録をしている新人がどんなものかと聞き耳を立てていたのだろう。


「おお……」

「どうする、うちに入れるか?」

「うーん……レベル10なら伸びしろも高いだろうしな……」


 どうやら優秀なステータスであることを聞いて、奪い合いが始まっているようだ。

 いやあ、人気者は辛いね。

 受付嬢がさらにステータスを読み上げる。


「それと元素は……えっ」


 すると受付嬢はステータスを見て眉を顰めた。


「あの……念のためにお伺いしたいのですが、元素は……」


 水晶の故障を疑ったのだろう。


「あー……白です」


 僕がそう言った瞬間、周囲が静まり返った。


「白?」

「お前、聞いたことあるか」

「いや、ないな」

「六大元素じゃねぇのか」


 僕が白の元素であることはまたたく間にギルドへと広まっていった。

 そして、その冒険者の中の一人が呟いた。


「ていうか、六大元素じゃないってことは──異端じゃね?」



***



 結果として、僕はぼっちになった。


 敬遠されてパーティーを組めなくなったと言い換えても良い。

 まあこれは仕方がない。いずれはバレることだ。


 ダンジョンではパーティーを組む際、お互いに信頼関係がなければならない。

 その時に必ずお互いの元素は教えることになる。ここでウソをつくのはNGだ。命に関わるからね。

 だが僕の元素は白。聞いたこともない元素だ。

 僕が相手の立場だったとしても、白の元素なんて能力が分からない人間に命を預けることは出来ないだろう。


 つまり、僕はパーティーが組めなくなった。


「まあ、ソロでダンジョンに潜るっていうのも乙だよね」


 ソロという響き……素晴らしいじゃないか。

 ダンジョンをソロ攻略するのも悪くない。

 決めた。今日から僕はソロ専門だ。


「まずは装備を整えますか」


 ギルドから出た僕は防具を売っている店へと向かった。

 そこで適当に初心者用と思われる武器と防具を買う。


 武器は15000コラで売っていた鞘付きの簡素な短剣の《スレイドブレード》、そして防具は8000コラの鉄の胸当てだ。


 防具としては心臓を守ることしかできないが、最初の装備はこれくらいがちょうどいい。


 そして餞別で貰った剣はアイテムボックスにしまった。


 ……ごめん、父さん母さん。

 始めはどうしても短剣で挑むって決めてたんだ。

 大事なのは雰囲気だ。

 最初から装備が整った状態でダンジョンに潜ったって、それは冒険とは言えない。

 装備を更新するのはダンジョンでお金を稼いでからだ。



 そして装備を整えたあと、僕は大迷宮の前に立っていた。

 大迷宮の前は大きな広場になっており、大きな門から冒険者たちが出たり入ったりしていた。


「さてと、じゃあ早速行きますか」


 僕はワクワクしながら大迷宮へと足を踏み入れた。



***



 大迷宮の中はじっとりとした雰囲気で満ちていた。

 約100階層以上を誇るこの『大迷宮』は、数あるダンジョンのなかでも下へと伸びていく形のダンジョンだ。


 潜れば潜るほど地中の中へと進んでいくという形になる。

 地底旅行みたいで興奮するね。


 最初の三層目までは洞窟型のダンジョンが続いている。

 地中なので太陽の光は届かないはずだが、大迷宮の中は不思議とどの階層でも明かりが確保されているらしく、そこら辺に光る鉱石やら、苔やらきのこやらが生えているので、真っ暗で何も見えないということはなかった。


「とりあえず、まずは三層目まで目指そうかな」


 階層が切り替わる三層までを目的地に設定した僕は、迷宮の中を歩いていく。

 水滴が地面に落ちる音と僕が土を踏む音だけが洞窟の中に響く。

 と、そこで立ち止まった。


「……さっそくおでましか」


 腰に下げた鞘から短剣を抜く。

 目の前に現れたのは……緑色の小柄な人形生物。

 馴染んだ言葉で言えば、ゴブリンだ。


「いきなり『初心者殺し』と出会うとはね」


 ゴブリンは迷宮初心者が出会う中では最強の魔物だ。


 武器を扱う上に知能が高く、集団で行動することがある。

 しかも、ゴブリンは連携するとその危険度が格段に跳ね上がる。


 集団のコイツは、戦い慣れていない冒険者にとってはかなり手強い相手なのだ。

 ゴブリンを侮ってやられてしまう初心者の冒険者はよくいるらしい。


 だから冒険者の間でゴブリンは『初心者殺し』と呼ばれている。


「一体で良かったよ。流石に複数体は僕もヤバいしね」


 僕も流石にゴブリンの集団に遭遇すれば命の危険がある。

 出会ったこの個体が一匹だったのは幸運と言えるだろう。


「ギィィィィィ……!」


 ゴブリンは威嚇するようにそんな声を出して、手に持っている棍棒を構えた。

 そして僕へと突っ込んでくる。

 棍棒を後ろに飛び退いて避ける。

 振り下ろされた棍棒が地面に当たると、地面がひび割れ欠片が飛び散った。

 僕が地面に着地すると同時にゴブリンがまた突っ込んできた。


「ギィッ!!」


 横薙ぎに振られる棍棒。

 それを短剣で受け止めた。


「ギッ!?」


 ゴブリンが驚いたように目を見開く。

 受け止めた手に衝撃が重く伝わってくる。


「これは……まともに受けないほうがいいな」


 モンスターの力は人間よりも強い。

 かなりのレベル差があるか、シールドを持ってない限りモンスターの攻撃を真正面から受け止めるのはやめておこう。


「ふっ……!」

「ギッ!!!」


 ゴブリンの棍棒を力任せに弾くと、がら空きの胴体にそのまま短剣を突き刺す。

 心臓を一突きされたゴブリンは顔を苦痛に歪め……そのまま絶命した。

 その場に崩れ落ちたゴブリンの死体は、次第に塵となっていく。

 あとに残されたのは小さな石。

 一つ戦闘を終えた僕は額の汗を手で拭った。


「ふぅ……レベルを上げといて良かった」


 最初はレベル1で挑むつもりだったけど、もしそんなことをしていたらそのまま死んでいただろう。

 苦労して10レベルに上げた甲斐があった。


「おっと、ちゃんとこれも回収しとかないとね」


 僕は地面に落ちていた小さな石を持ち上げる。

 これは魔石。モンスターの核になっているもので、ギルドで売ればお金になる。

 他にも稀にドロップ品を残していくらしいけど、今回はなかったみたいだ。

 ゴブリンの魔石をアイテムボックスにしまっていると。



 複数の足音。



 短剣を構え直すと、洞窟の向こうからやってきたのは……。


「まじか……」


 僕は思わず声を漏らす。

 なぜなら暗がりの中から現れたのは──ゴブリンの集団だったからだ。

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