第4話 模擬戦と旅立ち

「模擬戦?」

「ええ、そうよ」


 やけに真剣な表情だったので僕は首を傾げながら聞き返す。


「なんで?」

「やっぱり怖くなったの。あなたを一人で旅出させることが」

「でも、僕は異端で……」

「それは分かってる。今日あなたが家を追放されることはもう覆せない……。でも、あなたはまだ私に模擬戦で一度も勝ったことがないの」

「そりゃ、たしかにそうだけど……」


 姉さんの言う通り、僕の人生において姉さんに模擬戦で勝ったことは一度もない。


 僕が姉さんに勝てないのも無理はない。

 でも、【剣聖】のスキルと【聖剣刃】の魔法を持ち、その上剣術の天才である姉さんに勝てる人間の方が少ないだろう。


「そんなあなたがこの先一人で生きていけるかは……分からないわ。もしこの先あなたが死ぬようなことがあったらって考えたら……すごく恐くなったの」

「……」


 姉さんの瞳は真剣だった。


「勝負をしましょう、シン。私が勝ったら二人で駆け落ちするの。それでどこか遠いところへ行って、二人だけで静かに幸せに暮らしましょう」


 姉さんは本気だ。

 この僕が負ければ、本当にこのままアドヴェンテ男爵領から離れて、どこか遠いところへと行くのだろう。


 そして僕は抵抗できないような状態にされて、そのまま連れて行かれる。

 強力なスキルと魔法を受けた姉さんには、このままなら輝かしい未来が待ち受けているはず。

 でも、それを放りだしてでもいいとすら思っているのだろう。


 弟として、自分の不甲斐なさが原因で姉の未来を断つのは忍びない。


「分かったよ姉さん……模擬戦を受ける」

「シン……」

「でも」


 僕は模擬剣を構えると、ニコリと笑った。


「僕は負ける気はないよ」


 いくら今まで負けてこようが、たとえどれだけ勝ち目がなかったとしても、今日だけは僕は負けるつもりはない。

 

 姉さんの心配は分かった。

 要は僕が、一人でも生きていけるという証拠を示すことができればいいのだ。


「僕は冒険するって決めたからね」


 姉さんは僕の言葉をどう解釈したのか、フッと笑う。


 姉さんが模擬剣を構える。


「シン」

「いつでもどうぞ」



 僕の命運を決める模擬戦が始まった。






 十分後。


「そんな、嘘……」

「僕の勝ちだ、姉さん」


 そこには喉元に模擬剣を突きつけている僕。

 そして地面に手をついて、驚愕の表情で僕を見上げている姉さんがいた。


 僕は、模擬戦に勝利したのだ。


 手を差し伸べると、姉さんがふっと笑み浮かべる。


「負けたわ……完璧に私の負けね」


 姉さんは僕の手を取って立ち上がる。


「ごめんね姉さん、騙し討みたいになっちゃって」


 僕は姉さんにこんな手で勝ってしまったことを謝罪した。


 実際、僕の勝利は騙し討ちで取ったようなものだった。


 たった一度の初見殺し。

 もう二度と姉さんには通用しないだろう。


 でも、この勝負だけは勝てればよかったのだ。


「ううん、今のは紛れもなくシンの勝利よ。騙し討ちでもなんでもない。ちゃんと誇りなさい」

「うん、ごめん」


 僕が謝ると「もう、やっぱりまだダメダメなんだから」と寂しそうに呟いた。


 僕たち姉弟のいつも通りのやり取り。

 でも、確かに昨日までとは違うなにかがあった。


 この瞬間、僕たちはお互いにこれでハッキリと独り立ちをしたのだと通じ合っていた。

 姉離れと弟離れ。


 僕たちは大人の階段を上がったのだ。


「あーあ、まさかシンに負けるとは思わなかったな」


 残念そうに姉さんが呟く。


「僕もこれで勝てるかどうかは半々だと思ってたよ」

「シンが勝負を受けてくれたときは「これで駆け落ちできる!」って嬉しかったのになぁ」

「え、そんなこと考えてたの……?」


 そして、姉さんは僕に肩が触れ合うほどに身を寄せると、いたずらっぽい笑みを浮かべて尋ねてきた。


「……ねえ、やっぱり駆け落ちしない?」

「いや、きょうだいで駆け落ちはできないから」


 それに対して、僕は冷静なツッコミを入れたのだった。





 そして、旅立ちの時になった。


 屋敷の前に立つ僕を、父さんや母さん、そして姉さんが見送る。


 ありがたいことに餞別をいくつかもらえることになった。


 剣と半年くらいは宿で寝泊まりできるくらいのお金。そしてアイテムボックスだ。

 アイテムボックスとは古代文明の遺物で、袋の容量を超えてアイテムを収納できる物だ。

 収納できる容量はそんなにあるわけじゃないけど、貴重なものをくれたのはありがたい。

 もし路頭に迷うようなことがあれば、これを売れってことだろう。


 剣は至って普通の平凡な剣。

 姉さんがミスリルで出来た剣とか魔剣をもたせようとしてきたが丁重に断った。

 うちの財政状況でそんなものは買えない。

 それに最初はこういう普通の装備から、どんどんお金を稼いで装備を更新していくのが、冒険の醍醐味というものだ。


 屋敷の前で姉さんと父さん、母さん、そしてメイドたちが見送ってくれる。

 母さんと姉さんはちょっと泣いていた。


「たまには帰ってきていいのよ」

「シン、新しく済むところが決まったらすぐに教えてね。毎日手紙を出すから」

「いや毎日はちょっと……」

「シン」


 母さんや姉さんとそんなやり取りをしていると、父さんが僕の名前を呼んだ。


「お前は、私の息子だ」

「……うん、わかってるよ」


 僕はしっかりと頷く。

 いつもは厳しく、そして異端の僕を追放することに決めたが、何も父さんだって好きでそうしたわけじゃない。

 そもそも、異端者の僕をここまで育ててくれたのだ。僕からすれば感謝しかない。


 僕は荷物を背負い直すと、お別れを告げた。


「じゃあ行ってきます」


 そうして僕は十五年間育ってきた家を出た。

 本当はこの先はずっと迷宮に入り浸るつもりだったけど……まあ、しばらくしたら戻ってこようかな。





【シン・アドヴェンテ】

Lv.10

元素:白(アルバフラム)


筋力:52 耐久:49 敏捷:42 器用:31 知力:48 魔力:61


《スキル》

【炎成】

・常時微量の自動回復効果

・ステータスの成長が早くなる


《魔法》

【白炎】

・炎属性攻撃

・治療効果

・《スキル》や《魔法》による効果を無効化する

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