第3話 【白炎】の使い方

 儀式によってスキルと魔法を手に入れた翌日。


「さて、《スキル》と《魔法》の検証でもしますかね」


 僕は屋敷から少し離れたところにある森の中を歩いていた。


 検証といっても大したものではない。

 スキルの【炎成】は自動回復と成長促進だ。


 それ以上でもそれ以下でもない。

 地味だけど強いスキル、といった印象だ。


 姉の【剣聖】のように『剣を持っている場合、全ステータスに大幅に補正する』という効果のように、分かりやすく強さが見えるわけではないけど、それでもスキルという枠組みの中ではかなり強いだろう。


「さて、本命は魔法の【白炎】だ。書いてることは凄いけど……」


 とりあえず白炎を使ってみる。

 手頃な岩を見つけて、岩に向かって手のひらを突き出すと、【白炎】を使用した。

 手のひらに白い炎が生まれた。


「…………これだけ?」


 どうやら僕の想像とは違って、手のひらに白炎を生み出すだけの魔法のようだ。


「これを攻撃に活用するためには、工夫が必要ってことか……」


 僕は顎に手を当てて考える。

 その時、脳裏にひらめくものがあった。


「あ、そうだ。これ魔力操作の応用が使えるんじゃないかな」


 以前、僕は魔力の操作を練習していたことがある。

 儀式で魔法を得られるかどうかは運だと分かった後、どうしても魔法が使いたかったので魔力を使ってなにかできないか、と頑張ったのだ。


 結果は……散々だった。

 魔力自体を固めて簡易的な武器や防具にしたり、全身に張り巡らせて身体能力を大幅に強化したりすることはできた。

 でも、普通に効率が悪い。


「武器や防具を作るのはそもそも武器や防具を装備すればいい話だし、強化は『風』の元素から受けたほうが圧倒的に効率がいいしね」


 どっちも魔力の効率がすこぶる悪い。

 まあ、使えないことはないけど、それなら最初からちゃんと準備をすればいい話だ。

 使えるのは凄く限定的な状況だけ……そう考えていたけど。


「魔力を飛ばすと、どうなるのかな?」


 もう一度手のひらに白炎を出し、岩に向けて撃つ。

 結構な速度で白炎は岩へと飛来し、岩に着弾すると爆発した。

 パラパラと岩の破片が落ち、白炎が着弾した後には、ちょうど拳と同じくらいの穴が空いていた。


「おお……」


 僕は感動する。

 威力結構あるじゃん。

 魔力の使い方によってはもっと威力を上げることもできるだろう。

 これならモンスター相手にも問題なく攻撃として使えそうだ。


「というかこれ、遠距離攻撃だ」


 戦いにおいてリーチは正義。

 つまり相手の武器の届かない場所から戦える飛び道具が一番強い。

 というわけで、僕は遠距離攻撃を手に入れた。



***



 新しい生を受けてから、僕は強さを追い求めてきた。


 迷宮都市アウレリアにある『大迷宮』は、今まで数々の冒険者が挑んでいながら、未だに踏破されたことのないダンジョン。

 当然、まだ踏破されていない層へと進もうとすれば強さが必要になる。


 それが分かった三歳の頃から、僕は鍛錬を始めた。

 筋トレに武術に、そして魔力の扱いの練習。

 これらを毎日欠かさず訓練した。


 おかげで僕は同年代の子どもの中では敵なしと言って良いほどの腕をつけている。


 だけど、それでもまだ一度も勝てていない相手がいる。




「ハッ!!」


 裂帛の気合を込めて剣を下から上へと振り抜く。

 受ければ剣が弾かれ、避けるのも難しい一撃。

 しかし。


「甘いわね」

「っ!」


 するっ、と。

 まるでスライムを切ったときのような、全く手応えのない感触。

 渾身の一撃が技で受け流されたのだ。

 相手は受け流すと同時に僕の懐へと入っており、最小の動作で剣を構え直す。

 剣を振り抜かされ、無防備になった僕の胴体に木剣の切っ先が叩き込まれた。


「がはっ……!」


 僕は後方へと吹き飛ばされる。


「勝負あり!」


 そこで勝負の終わりが告げられた。

 僕の勝負の相手が地面に倒れて天を仰いでいる僕の元までやってきて、手を差し伸べる。


「おつかれ、シン」

「強すぎるよ、姉さん……」


 僕の相手は姉さんだった。

 そして彼女こそ、僕が人生において今まで一度も勝てていない相手でもある。


「最後の一撃は良かったわよ」

「そんなこと言われても、簡単に受け流されてるんだけどね」


 姉さんは剣の天才だ。

 スキルに【剣聖】、魔法に【聖剣刃】という規格外に強力なスキルと魔法を所持しているものの、元々姉さんは剣の才能があった。

 その証拠として、姉さんがスキルと魔法を授かる前から、僕は一度も姉さんに勝てたことがない。


 ちなみに、お互いスキルと魔法ありきで戦っても勝ててない。

 僕の魔法【白炎】には「スキルと魔法無効化」なんていうふざけてるのかと思うほど強力な能力があるのに、それでもだ。


 加えて、姉さんは10歳の頃には既にアドヴェンテ男爵家の騎士団を全員倒し、男爵領の中では最強の座に就いている。

 このエピソードからも姉さんの規格外ぶりがよく分かる。


「さ、もう一戦やりましょうシン」

「いや、さすがにちょっと休憩……」


 姉さんがもう一回模擬戦をしようと誘ってきた。

 しかし今の模擬戦で消耗しきっていた僕はそれを断った。


「そう……じゃ、稽古でもつけようかしら」


 姉さんが騎士団の面々を見てそういった。


「いや、無理ですよネム様!」

「シン様ならともかく、私達にはできません!」

「問答無用。さ、一戦やるわよ」


 姉さんは適当な騎士を捕まえてまた模擬戦を始めていた。

 僕と同じくらい動いているはずなのに、全然余裕そうだ。

 剣の天才である姉さんは、体力も化け物である。


「お疲れ様です」


 僕と姉さんの立ち会いの審判をしてくれていた人が近づいてくる。

 この人はアドヴェンテ男爵家の騎士団の騎士団長だ。

 いかにも人の良さそうなおじさんで、僕と姉さんが幼少期からの付き合いだ。

 そのおかげか、異端者である僕とも普通に接してくれる数少ない相手でもある。


「いつ見ても惚れ惚れする剣技ですな。研鑽と努力が滲み出る、美しい剣です」

「そんな大したものじゃないよ。姉さんには一度も勝ててないし」


 眼の前では姉さんが模擬戦で騎士を吹き飛ばしていた。

 やっぱり、姉さんは強い。

 追放の日までにあの剣をどうにかして身に付けれるようになったらいいんだけど……。


「いえ、まずあのネム様と打ち合える時点でおかしいのですが……」

「ん? なにか言った?」


 姉さんの模擬戦に魅入られた僕は騎士団長の言葉を聞き逃していた。

 聞き返してもふるふると首を振られるだけだった。



***



 こうして、僕が『白』の元素を得てから三週間ほどが経った。

 変わったことはいくつかある。


 まず、白炎の扱いが上達した。

 そしてステータスも伸びてきた。


 それと姉さんが僕に絡んでくる時間が三倍になった。

 夜、部屋の扉がノックされたかと思うと、パジャマ姿で枕を抱いた姉さんが入ってきた。


「ねえシン、今日は一緒に寝ましょう?」

「あの……僕もう十三歳なんですけど」


 ベッドに入って寝かけていた僕は姉さんに突っ込む。

 ちなみに姉さんは十五歳だ。

 さすがに一緒に寝るような年齢じゃない。


「もう子供じゃないんだから、一緒に寝るのは卒業しなよ」


 よく聞くセリフだけど、弟である僕が言うのはなんか違う気がする。


「でも、あとちょっとでシンがいなくなっちゃうし……」


 姉さんは寂しそうな表情を浮かべる。

 明日には僕が追放されるのがわかっているから、できる限り僕と思い出を作ろうとしているのだろう。

 僕は諦めてため息を吐いた。


「……わかったよ」


 姉さんは喜んで僕のベッドの中に入ってくる。

 そして背中側から、ぎゅっと姉さんが僕を抱きしめてきた。


「……家を出ても、私はシンのお姉ちゃんだからね」

「……わかってるよ」


 多分、これが姉さんの伝えたかったことだ。


 僕はこの国では異端。よって家からは追放処分となり、アドヴェンテ家にいたという記録も消される。


 だけど、それでも。

 たとえ記録が消されたとしても、僕たちは血がつながった家族である事実は消えはしないのだ。







 そして二年の月日が経ち、僕がアドヴェンテの家から追放される日がやってきた。

 しかしその早朝、事件が起こった。


「シン、私と勝負をしましょう」


 日が昇ってすぐ。


 いつも通り木剣を持って屋敷の庭にやってくると、先にいた姉さんが振り返ってそう言った。

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