後日談その三  闇を照らして

「それで、天音ちゃん。話したいこと、というのは何かしら……?」

 舜くんと付き合ってから始めてのデートへ行く、前の日。私はお母さんに、少し時間をとってもらっていた。

「その、先に言いたいことから言うと。私、将来は花火師じゃなくて別の職業につきたいのっ」

 ついこの間までは、仕方なく花火師になる予定だったけど。親孝行って将来の夢くらいで出来なくなる訳でもないし、舜くんはこの前言ってたもん。

 一番の親孝行は、お前が幸せになることだろって。 

「…………」

 私が言うと、お母さんは静かに目をふせた。私とは相変わらず目を合わせてくれないし、今何を考えているのかも正直にいうと良く分からない。

「あのね、私たちはてっきり天音が花火師を目指しているって思っていたの。だけど、もしかして違ったのかしら」

 いつもの、お母さんの声じゃない。ワントーン低い、ちょっと冷たい声。やっぱり、私に失望しちゃったかな。

「それは、誰かに無理やり言わされたとかそういう訳じゃないのよね。天音ちゃんの意見なのよね?」

 静かに、お母さんが問いかけてくる。何だろう、この空気の重い感じ。……ちょっと、いやかなり居心地が悪い。

(……なんて、言ってる場合じゃない! ちゃんとお母さんを説得しないと)

 自分で自分を奮いたたせた私は、目を合わせないお母さんを見つめる。逃げちゃ、絶対にだめ。

「もちろんだよ、お母さん。これは紛れもない私の意思で、どうしてもお母さんたちに言われた花火師じゃなくて他の仕事につきたいって思ったの」

「そうね……。それじゃあ、花火師が嫌な理由は、何かしら」

「——っっ」

 不意打ちを、くらった。嫌な理由って、そんなの花火師以外の仕事をしたいからで。

(でも、何で花火師じゃダメなのかって聞かれたら)

 答え、られない。そんなの知らない。分からない。ただ私が、嫌だって思うだけ。

(どうしよう)

 こうなるなら、もっと理由とかを考え込んでおけば良かった。このままじゃ、お母さんを説得できない。何か、理由を考えないと——。

『別に無理してこれが自分の運命とか考えなくても、好きなように自分のしたいことをすれば良いんじゃね? お前の両親も、自分の子供の気持ちくらい知りたいと思うし』

(……っ)

 前に舜くんがここへ来た時、彼が私に言ってくれた言葉。嬉しかったから、一言一句覚えてる。

「あのね、お母さん。私は、まだ好きなこととか分からないの。それで、将来は苦労しても良いから好きなことをしたいと思っているんだ。だから、花火師にはなれない」

 しっかりと言い切る。花火を作ることが好きになる未来なんて、お母さんたちには申し訳ないけど想像できない。

 私には、他のことが向いている。

「……そう。それが天音の、思いなのね。分かったわ、お母さんも応援する。お父さんにも話を通しておくわ。——それと」

「はい?」

 お母さんが、オッケーしてくれた。それだけで、私は飛び上がりたいほど嬉しくなる。

「天音もとうとう恋する乙女になったのね。良かったわ」

「……え」

 ササッ、と部屋から出ていくお母さん。えぇっと、何でばれているんだろう。でも、それよりも。

 お母さんが、初めて目を合わせてくれた。優しい、暖かい瞳で。

 私を見つめてくれた。その事実で、心の小さな闇はすぅっと溶けていく。

(これから、色々頑張ろ)

 花火師になる夢をやめたんだから、きっと他の仕事をするためにしなきゃいけないことはたくさんあると思うけど。

 今の私には、乗り越えられる。そんな、気がした。

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