第三章  灰色の世界に希望を

第7話  金色は華開く

(えっ、もう五時間目!?)

 学校が終わる時間が近づくたび、私の心は緊張で溢れかえっていく。

「あーまね! 今日の宿題が不安だから見せて……って、めっちゃ緊張してんじゃん! え、意外!」

 美波ちゃんの大きな瞳が、カチコチに固まっている私を見てさらに大きく見開かれる。私、そんなに緊張している風に見えるのかなぁ。

「天音、もしかしてガチ恋中?」

「いや、違うよ! ガチ恋とか、そういうのじゃないって。えっとね、気になっている、くらいかな?」

 こんな会話をクラスの女の子に聞かれたらいけないから、私たちはひそひそ声で話す。もしも聞かれたら、百パーセント綾瀬さんとかに目をつけられるからね。ひー、うちのクラスは怖いよぉー。

「わぁ! うちの天音が、とうとう初恋! 私の見解としては、絶対にこの恋は成就しますねー!」

「きゅ、急にどしたの……。多分、逆だよ。これがもし恋だとしても、この恋は絶対に叶うことはない」

「え? 天音はやさぐれ中なの? 昨日話した時、すごく天音のことを大切そうに話してたよ。どう考えても、どこから見ても、これは完全なる両想い!!」

 高々と宣言する美波ちゃん。その自信は、どっから来てんだろ……。

「あのね、美波ちゃん。あの人は、他の人には爽やかなくせに私にだけ毒舌なの。これはもう、嫌われているとしか考えようがないじゃん?」

「どこがよ! 本当に彼が天音のことを嫌っていたら、あんなに天音に構わないと思うよ」

「それが、違うんだよぉ。あいつは上げてから下げるのが好きだから、嫌いな私に痛い目にあわせようとしていると思うの、きっと」

 美波ちゃんに自分から言っていおきながら、少し悲しくなる。ここ最近は毎日彼と話したり、彼に救われたりして、心の距離が縮まった気がしていたから。まぁ、ただの私の勘違いだろうけど。

「ふーん? 天音ってそんなにネガティブ思考だったっけ? まぁ、そんなに彼の気持ちが気になるならカマをかければいいじゃん」

「……え?」 

 あいつの気持ち? そりゃあ、すっごく気になるよ。どんな気持ちで私の毒舌はいてくんのかなぁ、とか。私のこと、本当は友達として思ってくれているのかなぁ、とか。

「それに天音は、脈あり診断のうち一つをクリアしているんだから! もっと希望を持ちなさい!」

「はいぃ! で、美波ちゃん先生。そのクリアしているのは何ですか!?」

「それはズバリー……、二人きりの遊びに誘われている、よ!」

「なるほど!」

 へえー、二人きりの遊びに誘われている、かぁ。

 って、それ? それって、彼の意地悪っていう可能性があるんですけど!

「それじゃあ美波ちゃん。カマをかけるには、どうすればいいんですかぁ……?」

 半分、泣きそうになりながら美波ちゃんに聞く。まさか、とは思うけど。美波ちゃんのことだから、私のこと好き? って聞いてみる、とかだったりして。

 いや、それまず私のキャラじゃないし! 私は地雷系女子じゃありません!

「それはズバリー……些細な変化に気付いてもらう、よ!」

 さっきと同じ言い方で、同じテンションで、同じポーズでまた宣言する美波ちゃん。……なるほど! 好きな人なら、前髪を一センチ切っただけで分かる、とかありそうだなぁ。私は気付かないと思うけど。

「というか、いつの間にか彼が私のことを好きかっていう話になっちゃってるよ? 彼には片思いの女の子がいるのに、そんな訳ないじゃん」

 現実って、いつも思うけど残酷。あっ、でも私があいつを好きって決まったわけじゃまだないからね!

「だから! あのスペックならねぇ、余程の事情がない限り好きになった幼なじみには告白するわよ! あれはただの、女除けの言葉と考えてよし!」

 そうかなぁ。ただ、心配する私を励ましてくれる美波ちゃんはとっても優しい。でも時間というものは意地悪で——、気付いたら放課後になっていた。

 そして、気付く。

(私、あいつから集合場所も集合時刻も何にも聞いていない!)

 もしかして、土曜日にもらった紙はただの意地悪? でも彼のことだから、ただの意地悪な可能性もありえるかも……。

 かなり落ち込みながら、私が帰ろうかなとかばんを手に持った時。

「あー蕗桐サン、先生が図書室前に来てって言ってたよ」

「——っ」

 目の前の爽やかな笑みをはりつけた彼は、これまた違和感のあるイケボで私に話しかけて来た。

(あっ、やっぱり彼の中であれは意地悪だったんだね)

 さすがに中学生だから泣くとかはしないけど、やっぱり悲しい。

「あっ、ありがとうございます……」

 私も気分は落ち込んでいたけど、出来るだけにこやかな笑顔を作って返事をする。ちなみに、この前胡散くさいってあいつに言われた顔だよ。

 ——それと。

 プチパラのチークの話で盛り上がっている、綾瀬さんたちのグループも。

 部活の話で笑っている、冬菱と仲の良い男子たちも。

 冬菱を狙っている様子は特にない様子の、オタク女子で構成されたグループも。

 黒板を消している、カップルとうわさの日直ペアも。

 一人で静かに本を読んでいる、グループに属していない女子も。

 全員、クラス中のみんなが。私を、正確には私と冬菱のことを見ないふりしてじっと見ている。

 そして、かばんを戻した私と冬菱が離れた途端に、みんなの視線がぱたりと消えた。それはもう、震えていた背中が急に視線を感じなくなって、もう一度震えるくらい。

(こ、怖い……)

 私はなんていう人のことを、好きになりそうになっているんだろう。この人は意地悪で性格も悪いけど、イケメンだし声が綺麗でカリスマ性はあるのも事実。

 冬菱は今、クラスで間違いなくカースト上位。なんなら、学年で一番かもしれないのだ。

(あれ? 先生がいない?)

 教室から図書室まで静かに歩いたは良いものの、先生がいない。

 最初に彼の言葉の中で違和感をもったのは、図書室の前という場所・・。呼び出しの場所は普通、教員室か空き教室にされるのに。

 それに、図書室の前についても先生どころか人さえも見当たらないし。

(まさか私、からかわれてたの……?)

 冬菱のこと、心の中では優しいなって思ってたのに。やっぱりあの優しさは、上げて下げるために上げていた・・・・・だけだったのかな……?

 私、好きどころか嫌われていたんだね。何とも思っていない人に、こんなことをする訳がないから。

 こんなことをされるくらい、彼は私が大嫌いだったんだね——。

「待たせてごめん——って、あれ? お前、もしかして泣いてんの? 校内で、ナンパでもされた?」

 やめてよ、そんな優しい声で話しかけないで。私は君にナンパされた? って聞かれると、冗談だって分かってるのに嬉しくなっちゃうんだよ。

 まるで、君にナンパされるくらいにはかわいいんじゃない? って言われたかのように思えてしまうから。そんなこと、あるわけないのにね。

「ううん、冬菱が約束さえも忘れる大バカ者なのかなって呆れていただけだよ。そろそろバカ野郎って書いた置き手紙を残して、ここから去っちゃおうかなって思っていたんだから」

 彼がせっかく来てくれたんだから、私は笑顔で答える。これは前に言われた胡散くさい笑顔じゃなくて、心からの笑顔だから!

「はいはい、すいませんでしたー。ってか俺はそんなに悪くないし? お前が休み時間に、舜くぅん、きょーの放課後デートはどこ行くぅ? って聞けば良かったんだよ」

「は? まさかとは思うけど、さっきのは私のモノマネじゃないよね? 水谷さんのだよね?」

「え、分かんなかった? あれはお前の真似だよ」

 うわぁ、こいつイラつく! 私あんな水谷さんみたいにぶりっ子じゃないもん! この人、私が実行できないって分かった上で言っているよね!?

「っというか、水谷って誰のことだよ」

「……え? お、覚えていないの? 水谷さんのこと」

 ウソ、でしょ。授業中に仲良さそうに話している、あんたの隣の席の女子の名前だよ。

「だから、誰だよそいつ」

「ふ、冬菱と仲の良い、隣の席の子の名前だよ。本当に、知らないの?」

 自分の声が震える。いつも、すっごく楽しそうに笑っているのに。

「あー、そんなやつもいたっけ。仲いいってお前に言われたのがすごい心外なんだけど」

「え?」

「あんなやつ、別にどうでもいーし。そいつと他の女が前にいても、俺見分けつかない」

 ちょっと、ほんのちょっとだけ嬉しくなっている自分がいる。だって、さっき冬菱は私のこと名前で呼んでくれたじゃん……!

(ちょっとは期待しても、いいのかな)

 最初から実らないって、分かっているのに。彼はもう絶賛、片思い中なのに。彼と今からするデートを、すごく楽しみにしている自分がいる。

「それよりも、早く放課後デート行くぞ。俺、これでも考えてきたから」

 考えてきたって、その……何を? そう聞く前に、私は彼に手をとられていた。

「あっ。これお前に似合うんじゃね? 学校のかばんに三個くらいジャラジャラつけてみたらどう?」

「あんたね……。私のことどんだけバカにしたら気が済むのよ!」

「んー、お前が俺をバカにした分の百倍?」

 彼が私の目の前にぶらぶらとぶらさげているのは、うさぎのキーホルダー。別にウサギなのは良いんだけど、書いてある文字が、ね。どこが私に似合うのかさっぱり分からない。

「これとか、私よりも冬菱の方が百倍お似合いじゃない?」

私が冬菱に見せたのは、『一応やる気はあるんすよ』と書かれた寝そべっているパンダのキーホルダー。

ちなみにさっき冬菱が私に似合うとか意味わかんないこと言っていたキーホルダーに書かれてたのは、 『将来の夢はニートです。よろしく』という言葉。

(この店のセンス、終わってるわ……)

九百九十九円均一、という名前らしい。このキーホルダーが約千円は高すぎだし、キリよく千円均一にしたら良かったのに……。

「はぁ? これのどこが俺に似ているんだ?」

 不思議そうな顔でキーホルダーを見つめる彼。

「いや、このやる気あるって顔しながらやる気ないとこそっくりでしょ」

「全く似てない。俺はやる気なさそうな顔しながらやる気ないから、この詐偽パンダより百倍マシ」

「やる気ないのは、否定しないんだ……」

「それはお前だろ」

 ぎ、ギクリ。たしかに、面倒くさがり屋かそうじゃないかで言ったらそうだけど。

「にしても、このお店はセンス良くないね。このキーホルダーとか絶対に売れていないでしょ」

「話題の変え方、もうちょっとさりげなくなるように工夫したら? はっきり言ってバレバレだけど。リアクションが大げさすぎ」

「ふ、冬菱の意地悪!」

 顔はイケメンなんだから、声も良いんだし性格さえ良ければ完璧なのにね。

「それとお前、商品を見るセンスないね。これは売り上げ百万個こえてるらしーよ」

「へ? もしかして、ここは菱冬グループ系列のお店だったの? あー、何かごめんね……」

 それならそうと、早く言ってよ!

「バーカ。菱冬はこんな変な店出しませーん。もっと高級感のある店を経営してまーす」

「うわ、さらっと変な店ってここをディスってるー。ここのお店がとってもかわいそー」

「は? お前だってセンスないって言ってたじゃん。かわいそーだわ」

「うざっ!」

 この冬菱との会話を楽しんでいる自分がいるのが、すごく不思議でしかない。

「それじゃあ天音チャン、行きますよー」

「……っ」

 彼にただ、下の名前を呼ばれただけで。

 彼にただ、優しく最上級の笑顔でほほえまれただけで。

 私の心臓は、今までにないほどのスピードで激しく暴れ出す。──自分でも、ほおから耳まで顔が真っ赤になったのが分かった。

(私は今日、このデートを乗り切れるのかな……?)

 そう思うくらい、彼に名前を呼ばれただけでこんな風になる自分はおかしい。——まさかとは思うけど、私は彼のことを。

(好き……なの? この私が、彼を?)

 まだ確信なんて、全然持てないけど。私が彼と一緒に過ごせるのは、今日までなんだし。どうせ彼のことを好きになるのも、時間の問題なのかもしれないし。

(今日、たくさん彼と楽しんで。いっぱい思い出作って——そして)

 彼とはもう、関わらない。

 そう思ったけど、金色の君に名前を呼ばれた時、本当は心のどこかで分かっていたと思う。

 ——この恋はもう、手遅れな恋なのかもしれないってね。

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