第6話 金色は静かに閉ざされる
「あれ? 何で御曹司の冬菱がこんなところに?」
私の両親は、花火師。二人で花火屋を営んでいて、私は花火作りの雑用をやらされたり花火屋の店番をしたりと雑用しかしていない。なのに両親は私に花火についてたくさん知識を詰め込もうとしていて、今も私が家を継ぐ前提で物事は進んでいる。
(たしか、決まったのは小学五年生のころ?)
それでも私は記憶を一部失っているせいで、その頃が物心ついたと言える時期。将来の夢について考えよう! って思ったら、丁度家を継ぐと決まっていた。そんな感じかな?
「何で今日は休日なのに、お前と会わなきゃいけないんだよ……」
「それはこっちのセリフ! ってか、質問に答えてよ。何で冬菱は、花火屋に来たの?」
基本的にうちは、注文に応じて打ち上げ花火を製造している。だから花火屋とは言ったけど、花火を売っているのは副業的な感じかな?
ただ収入を増やすために花火屋を始めたのは良いものの、時間がなくて店番が私に回ってきている。乗り気じゃないけど、ここは割り切るしかない。
「冬菱がお友達と花火をしたいのなら、どうぞー。おすすめはこちらの特大パックでーす」
私がおすすめしたのは、手持ち花火がこれでもかとパンパンにつまっている特大パック。お値段は二万円で、私は売れているのを見たことがない。両親はオブジェ的な感じ、とも言ってた。
——ちなみに、打ち上げ花火を除いて一番高い商品だよ。ふーっふっふっ。
「俺、手持ち花火を買いにきたわけじゃないから。父さんがここにも打ち上げ花火の依頼をしたいから、出来るだけ安く取り付けてこいって来させられた」
「うわあっ、御曹司って大変だね。それじゃあ仕事帰りに特大パック買って帰ってよ」
私は特大パックが売れている所を見てみたいから、さりげなくおすすめしてみる。
「は? 俺にものを売りつけるのはやめろ。しかも店ん中にある一番高い商品じゃん。お前、どういうつもり? この俺に、商品を売りつける?」
声のトーンが少し低くなったから、鈍い私でも分かった。御曹司で忙しい彼は、私と世間話をしている暇も私の話し相手になる時間もない。
——まぁつまり、早く親を呼んでこいってことだ。うーん、さりげなく特大パックをおすすめしたつもりだったんだけどなぁ。
「お母さーん、仕事の男の人来たよー! 急いでいるらしいから、早く来て!!」
……。待ってみること、三十秒。返事は一言もなく、ただ火薬の香りがかすかに漂ってくるだけ。
「あー、ごめん。お母さん呼んでくるね、そこ上がってていいよ」
「いや、そこってどこだよ……」
お母さんは仕事に没頭すると、周りが見えなくなるタイプ。で、お父さんは仕事の交渉に向いていない人だからこういう所に出しちゃいけない。だから仕方なく、私はお母さんを引っ張てこなきゃいけないんだ。
(どこで作業しているのかな)
お母さんを探しながら歩いていると、すぐに猫背で作業している所を発見。普段は堂々としているのに、作業になるとすぐに身だしなみがひどくなる。
「お母さん、菱冬グループの御曹司が来た。すごく性格悪いやつだから、交渉は気をつけてね。それから早く行った方が良いよ」
ポンポンと背中を軽くたたくと、お母さんはすぐに身体を起こした。
「あら、ありがとう天音ちゃん。すぐ行くわね、そういえば今日の午前中に来るって言っていたかもしれないわ」
ちょ、ちょっと。そういうのは言っておいてよ! 今日はたまたま平気だったけど、たまに面倒な時は髪の毛ぼさぼさのまま店番をしているんだから。……ただ。
(やっぱり、私のお母さんは私と目を
これはもう、慣れた。お父さんも一緒。——何故か、私の両親は私と話す時だけ目を合わせない。絶対に。
「じゃあ私は、お茶の準備と案内をしておくね。母さんは身だしなみ整えといて」
髪の毛は綺麗だけど、お母さんの今来ている服は作業着。メイクとかも、直した方が良いと思う。私には、そういうの分からないけど……。
「あっ、冬菱。待たせてごめんね。そこのドアだよ、さっき言ったのは」
「お前なぁ。客人どんだけ待たせたら気が済むんだよ。そこ上がってって言われてもどこから上がればいいか分かるエスパーいないから」
そう言いながらもドアを開けて入る彼は、そこまで怒ってはいなさそう。
「はいはい、じゃあエスパーもどきくんはそこ座って。緑茶は飲めまちゅかー?」
「うざっ。お前こそ、ブラックコーヒーは砂糖とミルクを入れないと飲めないだろ」
えっ。何で知っているんだろう? 事実だけど、冬菱ってやっぱりエスパー!?
「エスパーくんは、それで緑茶飲めるの?」
どうやら、相当エスパー呼びが頭に来たらしい。無視されちゃった。
「冬菱は緑茶、大丈夫? それともブラックコーヒーが良ーですか?」
「…………別に、緑茶でも」
冬菱の答え方が面白すぎて、思わず笑ってしまう。本当は緑茶が嫌なんだろうけど、見栄をはって言ってくれたんだね。仕方がないからコーヒーを入れてあげよう。
「じゃあ、私は優しいからコーヒーをいれてあげるね。お茶菓子は、そうだなぁ。御曹司だけど子供だから、三流品くらいで?」
「お前に子供って言われたくないわ。そっちこそ、ブラック飲めないだろ。お子ちゃまですねー。てか俺はのどかわいたから早くよこせ」
偉そうに手を突き出してくる冬菱。こういう仕草が妙にかっこいいのは、イケメンの特権だね。私はあちあちのコーヒーを渡してあげる。
「あっついなぁ。俺が熱い飲み物が苦手だって知らなかったのか?」
「いや、知らないし。まだ会って三日の人が猫舌だなんて、知っている方がおかしいから」
「……そうか、お前の中では俺と会ってから三日か」
悲しそうな顔をして、呟く冬菱。たまにこの人って、変なこと言うよね。
「あっ、それとお前。コーヒーめっちゃ美味しいかった。また飲みたいわ。ありがと」
「——……っっ!」
まぶしい笑顔で言われて、固まる私。だ、だって。普段はこいつ、こんなこと言わないから……! しかも、猫舌のはずなのに全部もう飲み切っちゃっているし。
そ、そんなに美味しかったのかな? ——きっと今の私は、顔が真っ赤なはず。
(あっ、やば)
さっきのまぶしい笑顔とは、うってかわって。呆れた意地悪な顔をする彼を見て、私は嫌な予感しかしない。
「バーカ。俺は御曹司だからこういうのの味は分かりまーす」
そ、それって。まるで、私のいれたコーヒーがまずいみたいじゃん! いや、たしかにコーヒーをいれることに関しては素人だけどさあ。気分が悪くなるじゃん。
(今度、コーヒーのいれ方の本を読んで見返してやる!)
彼がもう一度ここに来るかも分からないのに、こうやって燃えてしまう私は本当に彼の言う通りバカなのかもしれない。そんなわけないと、信じたいけど。
「ふ、冬菱っていつも意地悪……! 毎回上げて下げるの、ほんとやめて欲しいんだけど!」
「へえ、お前ってさっきので気分上がってたんだ? 良かったね?」
「ぜんっぜん良くない!」
ったく……。どんだけ人をバカにしたらあんたは気が済むのよ!
なんかこの人、百回人をバカにしても飽きなさそう。きっと人で遊ぶなのが好きなんだろうな。普通に無理だわ、うん。
「お前は将来、花火師にでもなんの?」
不意に彼の声が聞こえて、私は振り返る。いつもと違って、優しい綺麗な表情をしていた。心臓がトクンッと音を立てる。
「あっ、そうだよ。お母さんとお父さんが花火を作っているのを見て、私もこんな風になれたらいいなって思って。まだ未成年だし火薬は触れないけど、花火に関する勉強とかは結構しているんだよ」
そう言って、にこりと笑う。
——本当は、ウソ。お母さんとお父さんが作った打ち上げ花火を見て素敵だな、と思ったことはあるけれど、なりたいなんて一ミリも思ったことがない。
だって、両親からしたら私なんて感情のいらないお人形だから。花火師になったら、自分も両親と同じようになってしまいそうだから。
何より、私は家の外で活動するお仕事が良い。狭い所で仕事をするのは、私だったら飽きちゃう。火薬の香りが常にするのも何か、抵抗があるし。
「まぁ私は結構ドジなところがあるから、花火作りとか出来るかは分からないけどね。頑張ってみるつもり」
私の表情筋は、さっきからスラスラ出てくるウソに合わせて必死に笑顔を描いている。……大丈夫、きっとバレていない。本当は花火師なんてなりたくないって、きっと目の前の彼には分からない。
「あのさぁ。お前の笑顔って胡散くさすぎ。綺麗事のウソを並べたてながら話されても、こっちは不快でしかないんだけど。もうちょっと、マシなウソをついたら?」
「……え」
彼の綺麗な顔をゆがませてしまったのは、私。私が何をしたから、彼は顔をゆがませたんだっけ?
——そうだ、私が彼にウソを大量に言ってしまったからだ。
(どうしよ、ここは隠し通すべき? それとも打ちあけるべき?)
いや、心の中では分かっている。私の心は今、限界に達している。それを私は、見て見ぬふりをしていただけ。だから、美波ちゃんのことも傷つけちゃった。
ここで彼に打ちあけたいって、私の心は叫んでいる。……だから。
「ふ、冬菱はすごいね。そうなの、本当は嫌なんだぁ。花火師になるのも、一生ここで働かなきゃいけないのも。ただ仮にも育ててくれた両親がそれを望んでいるなら、それが私の運命なのかな、とも思うようになっちゃって」
声に感情を乗せるだけで、心が軽くなる。……また、冬菱に助けられちゃった。
「別に無理してこれが自分の運命とか考えなくても、好きなように自分のしたいことをすれば良いんじゃね? お前の両親も、自分の子供の気持ちくらい知りたいと思うし」
冬菱が面倒そうに、適当そうに放った言葉。でもそれはちゃんと考えられていて、私の心を癒してくれる。
「……うん、考えてみる。親にもちょっと、相談してみる。ありがとね」
「別に。お前が変な顔していると、こっちもテンション下がるから。お客さんのご機嫌取りもできないなんて、まだまだ子供だな」
「はぁ!? 冬菱にご機嫌取りなんて、一生したくないから!」
一瞬でも彼が優しいと思った私、目を覚まして! こんな毒舌のやつのどこが、優しいのよ!
「あれぇ? お客さんにそんなこと言っていいのかなぁ?」
「そんなうざいお客さん、こっちだって本当は門前払いしたいんだから!」
菱冬グループは大きいし、敵に回したらやばいから門前払いしたくても出来ないけどね……。
「あっ、お前の親来た。お前が俺がいなくて寂しくならないように、これあげる」
「は? あんたなんかいなくても寂しくなる訳ないから。い、一応今のあんたはお客さんだから受け取ってあげるけど」
彼が私の手の平に無造作にポンッと置いたのは、綺麗な——。
「はいはい、ツンデレのお前は素直にありがとうが言えないんだね。そういう所もかわいいー」
「うわあ、冬菱って自己肯定感がすごいんだね。それと、気持ちのこもってないかわいいはいらない」
出会った日からかわいいねって言う人はじめて見たけど、こいつは挨拶のようにすらすらチャラ発言が出てくるわ。
「ふーん? つまり、気持ちのこもったかわいいは欲しいんだね?」
「……あんたは、言葉の意味を拡張して解釈しすぎ。そういう意味で言ったんじゃないから!」
ただ、彼の優しさに気付きはじめている自分もいる。彼は性格悪いし、毒舌だし、チャラ発言してくるし、意地悪だけど。
「へえ? それじゃあさっきのはどういう意味なのかなぁ?」
「……。わ、私の親がそろそろ来ちゃうよ。性格悪いとこ見られたらどうするの?」
「わー、お前が俺の心配をするなんて珍しー。何か、隠したいことでも実はあるのかなぁ?」
彼のおかげで将来が少し明るくなったような気がしたのは、きっと錯覚でもなんでもない。
彼が隣にいるだけで私の灰色の世界が金色にふちどられるのも、幻覚じゃなくて現実。
……だから。
「ないし! さっさと行って! ただ私の悩みを聞いてくれたのはありがと!」
私は彼に、絶対に、惹かれはじめている。彼の沼に、確実に落とされそうになっている。これは彼に迷惑な感情だけど、彼からこんなものをもらっちゃったら。
「かわいーね。やっぱツンデレじゃん」
明日、放課後デートしよ。……なんて、手紙でもらっちゃったら。彼に惹かれている私だけど、もう少しだけ。
あと一日だけ、金色に輝くあなたの隣にいてもいいですか——?
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