第5話 金色は秘めている
「ど、どうしよう……」
次の日の朝、私はかなり昨日の自分のことを責めていた。それはもう、昨日の自分を殴りたいくらい。……なぜならば。
(あっ、美波ちゃん! 今度こそ話しかけて、昨日のことを謝らないと――)
——クルッ。
私を見た途端、無表情でもと来た道を引き返す美波ちゃん。朝休みからずっとこんな感じで、話しかける隙ももちろんない。
(そりゃあ昨日、あんなことを言われたら普通は避けるよね。私が悪いんだし、当たり前)
今は二時間目の授業の前で、私は一時間目の授業が終わってすぐに美波ちゃんの席に向かったんだけど。美波ちゃんも私に気付いて出て行ってしまった。
一時間目は美術の授業だったから、教室とは席順が違う。朝礼も今日に限って外朝礼で、背の順で受けるから話しかけられなかった。
(三時間目まで、待つしかないのかな……)
二時間目も美術で、三時間目は数学の授業。数学は隣だから話しかけられるけど、それまでの私のメンタルが持つかどうか。
(あっ、あはは。ぼっちっちってつらいね。普段から一人なんじゃなくて、私は美波ちゃんに避けられている訳ありだから、なおさら)
美術室でのクラスメイトからの視線が痛くて、でも美波ちゃんには避けられていて。同じクラスに他の友達がいない私は、同じ階にある図書室の前へ来ていた。適当にいすに座って時が流れるのを待つのは、かなりつらい。
(もしも、美波ちゃんと仲直り出来なかったらどうしよう……)
謝る前に弱気になってしまう自分が、とてつもなく嫌になる。全ては私が悪いというのに。
(休み時間も、図書館が開いていたらいいのに。この前の屋上みたいに、理由は分からなくても開いてくれないかなぁ)
現実逃避しながら図書室を見て、あれ? と違和感に気付く。電気がついてる? 閉まっているはずなの?
もしかして、もしかしてだけど。中に人がいるのかな? ってことは、鍵も開いているよね?
「おじゃましまーす」
そして案の定、何故か鍵がかかっていなかった。誰がいるんだろうと思って、そおと明るい方へ向かってみると。
「何で、お前がいんだよ……。ストーカーにでもなったのか?」
こっちこそ、と言いたいのを私は我慢する。だ、だって。冬菱が文庫本を片手に、優雅にソファに座っていたんだもん!!
「私からすると、何で冬菱がここにいるの? って感じだよ。美術室でうるさい男子たちと騒いでいるかと思った」
「お前こそ、本とかあんま読まないだろ。美術室で友達と騒いどけ——って、あぁ」
わざとらしい驚いた顔をしたあと、彼はポンッと手をうつ。——わざとらしすぎて、何かむかついてきた。
「お前は友達が少ないから、か。急にぼっちになって大変だねえー。そっかそっか、俺は友達が多すぎてちょっと分からないけどー」
意地悪な笑顔が、普通にいらつくんだけど。この人、人をあおる天才だわ。
「……友達の数ごときでマウントとってくるなんて、冬菱は子供だね。私はちゃんと友達の数が少ない分、皆とすごく仲いいから!」
ウソじゃない。たしかに友達は同じ学年だと二ケタまで数はいかないけど、仲いいって断言できるもん。
「へえ、今ケンカ中の人がそんなこと言うんだ。しかも、友達が少ないって認めちゃったねー?」
「彼女とはすぐに、仲直りするし? 冬菱こそ、仲いい人全員に猫かぶってんじゃん。本当に友達って、言えるのかなあー?」
爽やかな顔で、『僕』とか言っちゃって。こっちはあんたが僕っていうたびに、違和感で気持ち悪くなるんだからね!
「……俺だってこの学校に、仲いいし猫もかぶらない本当の友達がいるし」
冬菱が、何故か真顔になって私を見ながら言ってくる。きっと、冗談じゃないんだろうな。
「へ、へえ。冬菱が猫かぶらない人、この学校にいたんだ。やっぱり部活の後輩とか?」
冬菱がカフェで、イケメンの後輩に素でぐちを言う様子を思い浮かべる。うん、絵になるね。なんなくてもいいのに。
「違う。部活はまだ入ってないし、クラスメイトの女。部活はどこにしよっかなー?」
「あっ、そうなんだ。ぶ、ぶぶ部活はバスケ部が男子に人気らしいよ。……あとは、サッカー部?」
何故か、私の心がずきずき痛む。——そっか。そりゃあ一人くらい、冬菱が素を出している女の子がクラスにいてもおかしくないよね。誰なんだろう?
「いや、それくらい知ってるし。お前と違って、俺はたくさん友達いるんでー」
「ふーん。クラスメイトが冬菱の意地悪な性格を知ったら、どんなに悲しむだろうねー。友達も例の素を出してる子以外、全員いなくなっちゃうかもー?」
「別にそれでも良いけど?」
彼はニヤリと笑ってきたけど、私にはいらつきよりも心の痛みが先に来る。そっか、その子と二人きりでもいいくらい仲いいんだ……。
「あれ? もしかしてお前ってバカ? さっきからまさかとは思ってたけど、気付いてない?」
「はい? そっちこそバカだよね、美術室じゃなくて図書室にわざわざ来るなんて。クラスの女全員が、あんたの尊い顔が拝めないって泣いてるよ」
さっき見えたけど、冬菱が読んでいたのは図書館の本じゃなかった。それなら美術室で読めば良かったのに。
「へー、クラスの女全員って、お前も?」
目を細めてくるから、絶対に冗談だ。それなのに、彼に見つめられるだけで心臓が少し暴れる。
「ばっかじゃないの? そんなわけないじゃん。あんたの顔が見れなくても、何も——」
口が動かない。だって、彼の顔が見れなくなったら。彼がどこかへ行ってしまったら。さびしいって思っている、自分がいるから。
ふと、時計が目にとまる。あれ?
「あっ、授業始まるまであと二分じゃん。冬菱が先に行って。私はあとから行くから!」
「あれ? 俺もしかして、一緒に美術室に入りたくないくらい嫌われてた? うわ、悲しー」
絶対に思ってもいないくせに。悲しいって顔、一ミリもしてませんよ。
「違うよ、冬菱と入ったらクラスの女子に冷たい目で見られんじゃん。それを回避したいって話。ほら、早く行って!」
「お前が先に行けば? 俺の方がお前よりも足速いし?」
一瞬だけ優しいかもって思ったら、すぐに毒舌が発動してくる。この人、性格やっぱり悪いね。
「それに、俺のことバカっていう女子はお前しかいないから。今回は、トクベツ」
「……っっ」
耳元でささやいた後、彼はトンッと軽く背中を押してくる。トクベツが特別という意味だって気付くまで、けっこう時間がかかった。
多分、図書室のエアコンがついていなくて暑いせいだと思うけど。彼の声を聞くだけで、身体はほんのりと熱をもって頭がクラクラしてくる。
(意外と冬菱は優しいから、こっちの調子がたまに狂うんだよね)
実際に今彼が背中を押す時に触れられた部分は、直射日光がそこだけ当たっているみたいにとても熱い。
——そんなことを考えながら美術室へ走った私は、きっと冬菱にだまされている。うん、多分そのはず。
そう自分に言いきかせておかないと、頭がキャパオーバーで沸騰してしまいそうだった。
(そういえば、美波ちゃんに何て言って謝ろう……!?)
今は二時間目が終わって、終わりのあいさつをするためにクラスメイトがいすから立ち上がっているところ。あっ、冬菱はちゃんとチャイムが鳴る一分前に教室から戻って来たよ。
(やっぱり、無視されちゃうかな……?)
そんなことはきっとない。美波ちゃんは優しいから、呼びかければ返事くらいしてくれる。問題は、謝る時の文章。美波ちゃんは昨日の私の言葉で傷ついていると思うから、ちゃんと考えないと。
もんもんと考えていると、授業の終わりのあいさつが終わってしまった。
「み、美波ちゃん!」
良かった、ちゃんと言えた。美波ちゃんもやっぱ優しいから、他の友達と帰ろうとしていたけど、ちゃんと振り向いてくれる。無表情で。
「何? 天音は私に、何か用があるの?」
美波ちゃんにあ、あ、天音って呼ばれた! 冷たい声だけど。昨日までは当たり前のことだったのに。何か呼ばれるだけで、すごく嬉しくなる。
だけど、美波ちゃんの無表情を見て心が引き締まる。今の彼女は私が昨日言ってしまった冷たい言葉のせいで、傷ついている。
「き、昨日は本当にごめんなさい。美波ちゃんは何にも悪くないのに、私がひどいこととか美波ちゃんを傷つけるような言葉を言っちゃって」
怖くて、美波ちゃんの顔が見れない。言葉はここまでしか考えていないから、次は何て言えば——。
「わ、私も!」
え? 思わず顔を上げると、そこには少し表情の戻って来た美波ちゃんがいた。
「私も天音の気持ちを考えずに言っちゃって、ごめん。天音だって、つらっかったんだよね」
困ったように言う美波ちゃんは、私の大好きな美波ちゃんだった。——だから。
「「あの、もう一回っ」」
私と美波ちゃんの声が、重なる。こうなったらもう、二人とも笑うしかなかった。
「美波ちゃん、もう一回私と友達になってくれませんかっ?」
「……っ! 私こそ、天音よもう一回友達になりたい。これからもよろしくね?」
そう言って明るく笑う美波ちゃんは、夢かと思うくらいかわいかった。
「もちろん、大好きだよ……っ。今度からは、美波ちゃんに何を言われても笑顔で返す!」
そう宣言すると、美波ちゃんに笑われた。
「それじゃあ、私の家で飼ってる犬が死んだ時も笑顔で返すことになっちゃうよ。そっか、悲しいねって笑顔で言われても嫌だわ」
「た、たしかに。——えっとじゃあ。使い分けるね! 普段は笑顔でってことで」
美波ちゃんと普通に、他愛もないことを話しているだけなのに。心はポカポカとあったまっている気がする。
「そういえば、天音は冬菱くんとはどうなの? 今日」
「えっ、え、え……? べ別に、何ともないよ。ちょっと世間話をしたくらいかなあ、あはは」
図書室で二人きり、さらに言い合いをしていたなんて言えない。口が裂けても。
「へえ? 本当にそれだけ? 絶対に世間話だけじゃないでしょ」
美波ちゃんと仲直りできたのは、全然良かったしむしろ嬉しいんだけど。いつものペースを取り戻されちゃ、困るよ……。
「いや本当に、世間話しかしてないよ。どっちがバカかっていう話くらい?」
そう言うと、美波ちゃんは笑顔で。何も考えずに、私にかわいい声で言ってくれた。
「え? 天音の方がバカに決まってるじゃん。それ、世間話っていうの? 三秒で終わるじゃん」
まさかの、美波ちゃんが冬菱の味方サイドだったなんて……。私から言わせてもらうと、理解不能!
たしかに頭は良さそうだけど、普通は友達の味方をするもんじゃない? まあ私は変に気をつかわない、美波ちゃんのそういう所が好きになったんだけどね。
「それよりも、今日は天音から謝ってくるなんて意外だった。てっきり私、天音にもう嫌われたと思ったから」
「え? そんなわけないよ! ……まあたしかに、あの時は本当に言いすぎちゃったけど。ごめんね」
だから、私から無表情で逃げてたんだ……。ちょっと美波ちゃんの無表情は怖かったなあ、なんて。
「ううん、天音だけじゃなくて私も悪いと思っているよ。だから今回の件は二人に非があるってことで。——ただ」
「……ただ?」
美波ちゃんが不意に言葉を切ったから、私は思わず聞き返す。
「天音もいつかでいいから、いつかは私に悩んでいること、伝えてね! 天音の友達として待ってるから」
うぅ、美波ちゃん優しい……! 私はなんて良い友達を持ったんだろう、って。冬菱の肩を持つことだけは、絶対に納得できないからね!
「うん、近いうちに話させてもらうかも。ありがとう、美波ちゃん大好き」
「ふふっ、私も天音のこと大好きだよぉ。だから、冬菱と進展あったらいつでも聞かせてね!」
そう美波ちゃんに言われたせいで、ふと冬菱のことを思い出してしまう。
——不本意ながら、美波ちゃんと仲直りできたのは多分あいつのおかげ。美波ちゃんが私を避けているのを見てショックだったけど、彼のおかげでしっかり謝ろうって思えたと思う。
(私、一昨日が彼と関わるのは最後だと思っていたのに)
気付けば、昨日も今日も話してしまっている。……主に、私が原因で。きっと、彼は私が話しかけても迷惑なのに。だから私には嫌味ばっかり言ってくるんだろうに。
(ただ、彼がそばにいると落ち着いて、心地良いと感じてしまう自分がいる)
もしかしたら、もしかしたらだけど。多分、彼を嫌いになれないのは彼が放つ金色の光のせいだと思うけど。
もし、片思いの幼なじみがいる彼に迷惑な感情を抱いてしまったら、距離をちゃんと置こう。
……そう思ったけど、金色に輝く彼と自分から距離を置けるかは、ほんの少しだけ心配だった。
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