幕間その一 極彩のキャンディ・前編
私は時々、過去の記憶を夢で見る。
そして今夜も私は、最近よく見る夢を見ようとしていた。
「ねえ、天音」
私を呼ぶ彼の声は、世界の中で一番といっていいほど暖かくて、優しい。
彼の姿は全体的にもやがかかっていて顔もぼんやりとぼやけて見えないけど、そんなことは何回もこの夢を見るたびに慣れてきた。
「なーに? ××くん。もしかして、疲れちゃった? ……山のぼるの」
彼の名前が聞こえないのも、いつも一緒。ただ夕明りが森の木々のすき間からもれて光っている幻想的な様子は、強く印象に残っているのか夢を見ている私からも鮮明に見えた。
……景色だけははっきりと見えるのも、この夢において不思議な所の一つ。
記憶にはないけど──、第六感っていうのかな。絶対にこれは私が現実で体験した出来事だって、何故か理由はないけど確信出来るんだ。
「俺が天音よりも先にバテるとか、ありえないから。ただ夕明りに照らされてる天音はとってもかわいいね、って言いたかっただけ」
「……っっ! ちょ、ちょっと。××くん、そういうのは恥ずかしいからやめてって言ってるじゃん」
夢を見ている私にも、当時の私の気持ちが伝わってくる。
当時の自分は、彼にそういう言葉を言われるのが嬉しかった。言われるたびに嫌なふりをしながらも、本当は。
彼に言われると飛び上がりたくなるほど嬉しくて、××くんだってかっこいいよって言いたかった。
「頂上に、そろそろ着くかなあ」
「いや、流石にまだだろ。天音、時間の感覚狂っちゃったーっ?」
「は、はあぁいーっ? 別に、正常ですけどーっ??」
心の中では、××くんと一緒にいるから時間の感覚が狂っちゃうの! ──と当時の私は叫んでいる。
こういう時、夢を見ている
彼と話している私って、とっても楽しそうだなって。きっと当時の私の世界には、たくさんの彩があったんだろうなあって。
同時に、この夢の中の彼にもう一度会ってみたいな、とも思う。
「××くん。どうしよう、疲れちゃった。一回休んでも良い?」
相変わらず今夜も彼の姿は幽霊みたいにボヤけてるし、声も聞きとりずらいし、名前は何故か聞こえないし。
「天音ったら、疲れんの早すぎ。俺はまだ体力、九十九パーセント以上残っているんだけどな。──仕方がないから、天音のために休んだげるわ」
そう言って汗をかきながらも、彼は近くの岩場に座ってキャンディを手渡してくれた。……私が幼いころから大好きな、マンゴー味の。
「あっ、ありがと……っっ!」
夢の中で彼に無邪気に笑いかける私と、彼との距離は三十センチもないと思う。
(現実の世界では姿を見ることも声を聞くことも存在を思い出すことも、出来ないけど)
せめて、夢の中では彼を感じたい。
──そう思ってしまう私は、わがままなのかな。
夢の中では一緒に棒つきキャンディを味わう私たちを、緋色の空が一番星と一緒に包んでいた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます