第2話  金色の淡い雲みたい

「彼が何と、本日からこの聖アークトゥルス学園に転校してきた冬菱 舜くんでーす。理由は御家族の仕事の影響で、元の学校は私たちの知らない学校だと聞きました。では、冬菱くん。自己紹介をお願いします」

 そう言った先生はにこにこしている。どうやら冬菱くんを気に入っているみたい。——まぁたしかに、見た目はイケメンだもんね。

 そして教室は、といえば。

「ちょっ待って。めちゃめちゃイケメンじゃん! 髪の毛サラサラそう……」

「顔ちっさいし、身長たっか! これは絶対モテるよ」

「それなー。何か王子って感じ? 顔整いすぎて目の保養になるわ」

「隣の席が空いてればよかったー。隣の席の子、マジでうらやま」

 ——うん、教室のギャル集団がめっちゃ騒いでる。さすが、イケメンってすごいね。

 ただ私が教室の反応よりも驚いたのは、彼のきらきら自己紹介だった。

「はじめまして、東京出身の冬菱 舜です。特技はサッカーと料理で、休日は飲食店のバイトしてます。あと一年もないですけど、どーぞよろしくお願いします」

 先ほどまでの意地悪な顔はどこ行った!? って感じの話し方。にこにこと愛想良くしゃべっているし、普通に爽やかに自己紹介をしている。

(えっ、もしかして私嫌われてた……っ?)

 私のことが嫌いだから、あんなに意地悪な態度してきたの? か、かなりひどいわ。しかもショックを受けている自分がいて、本当に意味わかんない。クラスの皆、あいつ本当はとっても意地悪なんだよ! って声を大にして叫びたい。

「クラスの皆、冬菱くんに質問はありますかー?」

 そして再び、にこにこ笑顔で話す先生。——やばい、先生まであいつの仮面にだまされてる。

「はぁーい、舜くんに彼女さんはいますかぁ~?」

(いや、御曹司なんだから許嫁くらいいるに決まっているじゃん)

 手をあげたのは、このクラスのトップ2グループのリーダーこと綾瀬さんだった。下の名前はなんだっけ? みお? 何でもいいけど、ストレートロングヘアを薄い茶髪に染めて巻いているザ・ギャルって感じの子だ。

 ——そしてぶりっ子感があるから、私とか美波ちゃんを含めて苦手な子も一定数いる。顔はまぁまぁだけど性格悪いし、出会ってまもないイケメンを下の名前で呼ぶのもどうかしていると思うから。

「あー、彼女とかは特に今のところいないけど……」

「「「「「「「キャーッッッ」」」」」」」

 教室が女の悲鳴で、一気にうるさくなった。本当は耳をふさぎたいけど、絶対にギャル集団ににらまれるからやめとこーっと。

「片想いの人なら、小学生の頃からの幼馴染が一人います」

「「「「「「「イヤアァァーッッ」」」」」」」

 今度は、叫びに近い女たちの悲鳴。どっから出てんのかな、あんなうるさい声……。

(ていうか、許嫁はいないらしいけど好きな人いたんだ。なのに昨日、私にあんな態度とったんだ。ふーんそっかそっかぁ。——何て思えないし! 許せない!!)

「それじゃあ冬菱くん、空いている席の中でどれが良いかしら?」

(はー、あいつって性格悪いくせに髪の毛とかめっちゃサラサラでむかつくーっ)

 ——パチッ。

「……っ」

 あいつの髪の毛を暇すぎて眺めていたら、空いている席を探していた彼と目が合ってしまった。そしてしまいには、にこりと微笑みかけてくる始末。

(は、はぁ!? 嫌いな私に対する何? 挑発ですか!? ——ちなみに私の隣の席は美波ちゃんだからね!)

 私はばっと下を向いて腕の中にうずくまり、寝たふりをする。か、勘違いだとは思うけど、何か彼の笑顔を見たら顔が火照ったような気がしたから。

(あっ、そっか! あいつのことが嫌いすぎて、目があっただけで顔が怒りで火照っちゃうんだ。ふーん、なるほど)

 顔が火照った理由が分かったから、別に寝たふりをしなくてもいいのかもしれない。もう火照りもおさまったと思うし。

 でも寝てから数十秒で起きる人って、絶対に変だよね。よし、しばらくは寝ておこう。——そう、思っていたのに。

「僕は全然、席はどこでも大丈夫です」

(何か、今朝会った時と一人称が変わってるし)

「あらぁ、本当に? 無理しなくてもいいのよ? クラスの皆は貴方のことを大歓迎しているのだから」

(いや、何で先生はクラスの皆が歓迎しているって分かるのよ。ちなみに先生、間違ってますから。私は彼のこと、全く歓迎してないんで!)

 そう思うのに彼の言葉を聞いて、何故かほっとしてしまっている自分がいる。彼が他の女子の隣を選ばなくってよかった――なんて、私は一体何を考えているんだろう。

「それじゃあ冬菱くんの席は、そうね……。あそこで良いかしら? 冬菱くんのロッカーに近いわよ」

「それじゃあ、そこで」

 ふ、冬菱くんの席はどこになったんだろう? いや、あいつがどこの席か気になるとか、そういうのじゃなくて。意地悪なあいつが近くになったら嫌だなぁって思ったから。

(……っ!!)

 ちらりと一瞬だけ上体を起こして見ると、彼は私と離れた席だった。私は前から六列目の右端だけど、彼は三列目の真ん中。だからそれは、別に良かったんだけど。

(距離ちっか!)

 彼の隣の水谷みずたにさんが、彼にかわいい笑顔を振りまいて話しかけている。彼女はもう一つのトップ2グループリーダーで、綾瀬さんほどではないけど嫌いな人も少なからずいる。まぁ、性格悪いしね。

「では次にお知らせです。今日は前からお知らせしていた通り、昼食の購買がありません。ですから──」

(…………)

 冬菱くんと水谷さんが話している思うと、何故かモヤモヤするのはどうしてだろう。——やっぱり私の身体、おかしいのかもしれない。

「あっ、天音起きた? もうホームルーム終わったけど、体調とか大丈夫?」

 もんもんと考えていたら、チャイムの音を私の耳がシャットアウトしていた模様。

「私が呼びかけても、反応なくてびっくりしたよ」

 美波ちゃんの声にも私は気付いていなかったらしい。

「えっ、ほんとごめん。多分、睡眠不足とストレスだわ」

 睡眠不足は友達におすすめされたマンガの読みすぎで、ストレスはまぎれもない――あいつ。あいつのことなんて考えていてもしょうがないし、もう忘れよう。……昨日のことも。

「美波ちゃん、次の授業って何!?」

「え? たしか英語だったと思うけど。もしかして、今日から真面目に授業を受ける気分になったの……?」

 驚いて固まっている美波ちゃん。まあたしかに、面倒くさがり屋の私は今まで授業中は基本的に寝ていたからね。でも私は記憶力とか自信あるし、テストは何だかんだ直前に勉強すれば平均点はとれる。——国語だけは毎回、何故か点数良くないけどね。数学と英語でその分カバーしてた。

「うん、今から宿題をやる。今度の中間の範囲から」

「え、えぇぇぇ! あの天音が、宿題を……?」

 そう驚きながらも、美波ちゃんは範囲を教えてくれた。今は五月の上旬だから、次の五月末にある中間までの範囲はそんなになさそう。

「よし、やるぞ!」

「わ、わお。頑張れ天音! ちなみに天音選手、宿題を入学から一度もやらず授業中も体育以外は寝て受けていたのに、急にやる気を出したのは何故でしょうか!?」

 私がロッカーでほこりをかぶっていた新品同様の教科書を広げていると、美波ちゃんが聞いてきた。何か友達に授業を聞いていなかったことを真正面から言われると、罪悪感がほんの少しだけわいてくるなぁ。……なんて。

「えっとね、邪念をはらうためだよ! あいつのプライバシーを丸無視した行動のせいで、私は無にならなきゃいけないの! ……それと、その呼び方は恥ずかしいからやめて」

「はーい、じゃあ天音頑張れー」

 何だかにやにや顔で応援してくる美波ちゃん。

(よし、頑張って宿題しよっと。これで今回の中間はいつもより良い点数になるかな……?)

「天音、ここのページから解くと楽だよ」

「うん、頑張る!!」

 学校でテスト以外にほとんど使わないシャーペンを取り出して、さあ宿題にとりかかろう、という時。

 ──パサッ。

「ねえ、さっきのあいつって俺のこと?」

「……~~っ!」

 冬菱が、立ち上がってシャーペンをかかげている私の邪魔をしてきました! しかもすれ違いざまに耳元で小さくささやくという、例のプライバシーを丸無視した行動で。

(うっざ! 今度から冬菱って呼び捨てにしてやる! ……心の中で)

 ちょっと、皆の前では仕方なく冬菱くんって呼ぼうかなぁ。呼び捨てしたら、あいつの仮面にだまされている人たちに睨まれる気がするし。……あはは。

(ていうか、美波ちゃんそのにやにや顔やめてよ!)

 何となく、察しがつく。恐らくさっき美波ちゃんが応援する時ににやにや顔だったのは、冬菱くんが私の方に近づいていたことに気付いていたから。

(美波ちゃん、気付いていたなら教えてよ……っ)

 そしたら、あいつから猛ダッシュで逃げたのに。私これでも運動神経が良いから、足はまあまあ速いんだよ。

「ねえねえ天音。惚れさせる作戦、大成功じゃない?」

 作戦も何も、私はあいつにただ意地悪されただけなんだけどね……。って、美波ちゃん? その手に持っている紙切れは何ですか?

「え? 美波ちゃん、それ何? いや、まさかとは思うけど……」

「ふふっ、彼から天音への愛のラブレターだよっ」

 はぁ? どこの物好きが、ノートの切れ端でラブレター贈ってくんのよ。どうせ『お前、さっき赤くなってただろ』とかいう意地悪な文言でしょうに。

「てか、いつそんなもんが美波ちゃんに渡されてたの!?」

「いやいや、違うって。さっき天音に彼がささやいた時、手から机にぽろっとさりげなく落としてたよ」

 え? き、気付かなかった……。

「そ、それ。今すぐ捨てて! ついでにびりびりに破っといて!」

「え? やだ。えぇっと、どれどれ……」

「ちょ、ちょっと美波ちゃん! やめてよ! 捨ててって言っているじゃん」

 私が奪おうとしても、美波ちゃんの方が私よりも八センチくらい高い。

「さっき俺と目が合って、嬉しそうだったお前へ。昼休み、昼食をついでにもって屋上へ来い。これはお前に拒否権なしだから、約束を破ったらお前の秘密を一つうわさにする。絶対に来いよ。……だってぇ! ラブラブじゃん、そこの君たち~」

「どこが!? どこにもそんな雰囲気ないし、何で私はあいつに弱み握られてんの? フェアじゃないって!」

 いつ、弱みを握られたんだろう。っていうか、私の秘密って何? 怖いんだけど……。

「まあまあ天音。これは絶好のチャンスだよ!」

「チャンスなんかじゃなくて、地獄の時間ですー」

 何をされるのか、想像をしたくもない。

「とりあえず、天音は彼に何をされたいのか妄想しながら宿題しなよーっ」

「……死んでもやだ。私は心を無にして宿題するの」

「ふーん?? あっそれと、さっき言ったページじゃなくてここからの方が良いかも」

 私は簡単な英文法の問題を、スラスラ解いていく。

(えっと……。この文の和訳は『私は昼休みに彼に会いにいく予定です』、か。って、え? この文って私の状況じゃん!)

 あの顔だけは良いあいつを頭から追い出すために宿題をしているのに、こんな例文のせいで冬菱を嫌でも思い出してしまう。

(別のページから解き始めれば良かったのに……)

 私のバカっと思いながら次の問題の答えをルーズリーフに書こうとして、ふと手を止める。

(私がわざわざ十四ページから解き始めたのって、私のせいじゃないよね!?)

 紛れもなく、美波ちゃんの仕業。み、美波ちゃんめ……っ!!

(こんなところまで、食えないキャラ発動しなくてもいいのに)

 ちなみにこういう時に限って、美波ちゃんはどこかへ行っていた。

 ──そして、時は光よりもはやく過ぎたかもしれなくて、お昼休み。

(平常心、あいつの前では平常心。顔色も表情筋も、何一つ変えちゃダメ……っ)

 心の中で何度も唱えながら、私は屋上へ続く扉を開ける。

 ──いや、本当はいつも閉まっているんだけど、あいつが来いって言っているんだし開くかなぁって思って試してみたら。

 何か開いちゃった! って感じかなあ。

「あっ、やっと来たじゃん」

 声がした方を向くと、そこには優雅に屋上庭園のベンチに座っているイケメンが約一名。

(絵になってるのがむかつく……っ)

 だけど私は大人だから、ちゃんと無表情で聞いてあげたんだ。

「それで、今日私を呼び出したのはなんで?」

「あー、元々一つの予定だったんだけど。お前の悪口がすごいせいで、二つになった」

 は、はい? 今さらっと私をディすったよね? それに、私は早く帰りたいんだけど。

「予定だった一つ目は、俺に昼食分けろっていう話」

 はあ!? 何で私!? 冬菱は女たちから食べきれないくらいもらえるでしょ!?

「それで二つ目は、俺に何をされたいかをお前に強制的に妄想してもらうって話」

「……っっ!」

 ──ガシッ。

 私が逃げないように、彼の体温の低い手が私の腕をさりげなくつかむ。

 あり得ないという考えと一緒に、私と美波ちゃんの会話を聞いていたんだっていう驚きがわいてきた。

 目の前の何故か私の弱みを握っている、こいつの思考回路がおかしいことは私も知っている。

 ……ただ。

 不意にさっき手をつかまれて、しかもこいつは何をしなくてもきらきらイケメンなのに、さらに不敵に微笑んできて。

 それを見て、少しかっこいいなあって思ってしまう自分は。

 やっぱり自分の灰色の世界がまた金色に彩づいたと感じる自分は。

 気分が雲みたいにふわふわ高まっているせいで、思考回路が現在、残念ながら故障中なのかもしれない。

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