第16話 エクソシスト

 おもむろにシモーヌの父、リト・エンリケスは言った。




「アポロン教徒の中にエクソシストというアンデッド退治専門の部隊がいます。できればナパジェイにも一個小隊は連れて来たかったんですが、なにせ現状が不明な点が多すぎる国であるため上から却下されました」


「それでまずはリトさんが現状把握に来たというわけですね」


「……その通り。どうでしょう、皆さん、アポロン教に入信してエクソシストになるというのは?」




 死んでいたリトの表情筋がわずかに生き返る。目元が笑ったのだ。




「ナパジェイにもエクソシストがいるとなればアポロン教としては安心です」


「ちょっと待ってよ、あたしたちはアンデッドだけを退治してれば良いって立場じゃないのよ?」




 ずっと黙っていたチェスカが敬語も使わずに応える。再びリトの表情筋が死んだ。




「分かりました。ではわたしがナパジェイ国民で初のアポロン教徒となりましょう」


「レミィ!?」




 レミィの突然の提案にチェスカが驚く。




「ただし、冒険者としての活動は続けさせてもらいます。ナパジェイの国是も守ります。民に仇なすアンデッドのみを狩るエクソシストとなりましょう。いかがですか? 太陽神の杓杖を預かる以上、わたしが適任でしょう」




 それを聞いて、リトは表情筋を殺したまま、黙った。




「レミィ、いいのか?」




 ケィンが心配そうにレミィを見据える。




「アポロンの教徒、それもエクソシストになるってことは平和裏にアンデッドと話しあうことはできなくなるぞ」


「そんなのレアケースよ。今まで一度でも人に迷惑をかけない穏やかなアンデッドと会ったことある? 基本退治すればいいんだわ」




 これまでの冒険でも幾度となくゾンビ退治や付喪神退治の仕事はあった。それらはいつも話が通じず、依頼主の意向で容赦なく退治してきたのである。




「分かりました。そちらのレミィさん? のみがアポロン教に入信してくださるというのですね。では太陽神の杓杖は報酬の先払いではなく、差し上げましょう。ぜひ今後もアンデッド退治に役立ててください」


「この杓杖の使い方の件でも話をしたくて伺ったのですが。使うのに白か赤のA級宝石が必要だと聞きました。わたしはA級宝石を練成できますが、先立つものがないと杓杖も使えないのですよ。ですからしばらくは冒険者として活動し宝石を貯める時間を頂きたいのですが」


「たしかにその杓杖で太陽の光を呼ぶには莫大なエネルギーが必要となります。ですが安心してください。……5回くらいは宝石なしでも使える魔力が込められていますよ」




 5回。ラバマシーのアンデッドを全て駆逐するには少なすぎる。




「正直、全然足りません。夜にラバマシーに乗り込んでアンデッドだらけの中を照らして浄化するにはもっともっと回数が必要です。やはり冒険は続けて、ラバマシーに行く算段が付いたら改めて連絡しましょう」


「いいえ、その必要はありません。私とシモーヌは明日にでもブドーキバへ発ちますから」


「え?」




 一番最初に反応したのはシモーヌだった。




「レミィさん、あなたはアポロン教開闢以来初の忌み子の教徒です。大人の忌み子そのもの、私も初めて見ましたしな。洗礼などは略しますが、ブドーキバへ帰ってナパジェイで初めて布教が成功したことなど、ことのいきさつを大司教に報告せねばなりません」


「皆さんとお別れですか、私寂しいです」




 シモーヌが本当に寂しそうに3人の顔を見る。




「ガサキまでは馬車で私もご一緒しましょう。護衛を雇う手間が省けます」


「はい。護衛費は運賃とチャラにします」




 ケィンが事務的に返事を返す。




「お見送りなどは結構ですから。安心して宝石を貯めてください」




 レミィたちはリトの好意に甘えることにした。




 ☆




 港町ガサキに馬車で帰り着いたレミィたちは「森の家亭」に帰りつく。




 マスターにサガンまでの街道に陣取っていたトロルを退治した旨を報告すると、渋い顔をされた。




「おいおい、お前たち、自分たちが勝てなかったからって報酬をつり上げて、結局自分たちで倒しました、なんてマッチポンプもいいとこだぞ。報酬は元のC級宝石3個な」


「えー、あのトロルが普通のトロルじゃなかったのは本当よ。A級宝石出したわ。少しは報酬上乗せしてくれてもいいんじゃない?」




 チェスカが交渉するが相手にもされない。




「ダメだダメだ、報酬は元通りだ。大体お前らあの助けた女の人からも謝礼貰ったろ。一匹のトロルだけでいくら稼ぐ気だ」


「分かったわ、報酬はそれでいいから宝石の色を指定させて頂戴」


「そうか、白と赤が欲しいんだったな。それくらいは工面する」




 よかった。白か赤のC級宝石があればB級1個は作れて、A級宝石の増加に繋がる。




「よし、お前ら。この海賊討伐の依頼を受けるぞ」




 ケィンが掲示板の依頼書を見ながら言う。だいぶ前から貼ってあった依頼だ。




「ちょっと待ってよ、それ脇差級向けって書いてない?」




 即チェスカから反対意見が出た。




「その代わり報酬はB級宝石5個だ。それに俺たちだけでやるわけじゃない。他のPTとレイドを組む。船で狩りに行くからな。なるべく3人固まってひとりづつ雑魚を相手にすりゃ大丈夫だろ」




 やはりケィンはやや無茶な冒険にもどんどん挑戦していくつもりのようだ。それというのも早く宝石を貯めたいからだろう。レミィの太陽神の杓杖のために。

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