第15話 シモーヌの父
ゼンチクへはサガンからの街道を経由してさしたる危険もなく一日で辿り着いた。
さすがシューキュ島の玄関口だけあって発展した都市である。特に港の周りの賑わいはガサキの中心街にもひけをとらない。
「オゥ、ここがゼンチク。父が暮らす街」
「話じゃブドーキバ大使館に滞在してるってことだったな。早く会いに行こうぜ、そういや親父さんの名前はなんていうんだ?」
「リト・エンリケス、いいます。あんまり愛想のない人だから気を悪くしないでください」
「必要なことを喋ってくれればいいさ」
ケィンは楽観的に応えた。
一方レミィは相手が狂信的なアポロン教徒だということを思い出していた。
ナパジェイではヴァンパイアやリッチといったアンデッドでも実力さえあれば国の要職に就くことができる。
他の国ではとても考えられないことだ。ましてやアンデッド撲滅を教義に掲げるアポロン教徒には看過できないことだろう。
噂でナパジェイの魔法顧問にリッチがいると聞いたことがある。
シモーヌの父がそんなことを知ればすぐに退治してほしいと言う流れになるだろう。
だからこそ娘のシモーヌはラバマシーのアンデッドを浄化し、父が太陽神アポロンの教義をナパジェイで果たしたという実績が欲しいのだろう。
ラバマシーが再び人の住める土地になればガサキ、ひいてはナパジェイにとっても大きな躍進だ。ケィンがいうように軍も認める功績となるだろう。
そこでレミィはようやくケィンの意図を理解した。
ケィンは手柄が欲しいのではない。級を進めたいのでもない。約束を守って自分に気持ちをはっきり伝えたいのだ。
そのために、まずは脇差級になろうとしているのではないだろうか。
ケィンに無理をさせているのが自分なんだと解り、レミィは嬉しくもなり、また怖くもなる。
ともあれ大使館にはゼンチクの関所から無料の乗り合い馬車が出ていたので乗せてもらった。
さすがナパジェイの大使館などに用があるだけあって厳しい顔つきの金髪もしくは白髪の政治家っぽい外国人の客たちと相乗りになる。
彼らはこちらには無関心なようだったが、特に好意的な目を向けてくるでもなかった。
数十分馬車に揺られた後、ナパジェイの大使館に着くとブドーキバの政治家っぽい連中は我先にと降りて大使館の中に入っていく。
レミィたちもやや緊張しながら続いた。
そこからの手続きはシモーヌがしてくれる。父に会いに来た旨を伝えるとアポがなかったにもかかわらず受付の女性は愛想よく対応してくれた。
「リト・エンリケス様に御用の方ですね。応接室でお待ちください」
「はい」
応接室に通されるとブドーキバやネテルシシから取り寄せたものらしい外国の調度品が色々と飾られているのが目に入る。
しばらくすると太陽神の教徒にしては血色の悪い、不健康そうな壮年男性が部屋に入ってきた。
あれがシモーヌの父、リト・エンリケスだろう。
「シモーヌ、無事で安心したぞ」
表情筋が死んでいるかのように、娘の元気な姿を見てもその言葉とは裏腹に無表情のままだった。
「父さん、お久しぶりです。相変わらずあまりお元気がなさそうですね」
「ゼンチクでもアンデッド退治の依頼を出しているのだがな。どうもこの街の冒険者はアンデッドだからと言う理由で駆逐するのを拒む者が多いのだ。臆病なのか、それともここがナパジェイだからなのか……」
「たぶん後者だと思いますよ」
レミィが口を開いた。それを聞いてもリトは怒るでもなくどんよりとした目で冒険者3人を見てくるだけだった。
しかし、レミィが太陽神の杓杖を持っているのを見るとわずかに表情を動かした。
「シモーヌ、この人たちなのかね? ナパジェイで一番の冒険者PTというのは」
「そのことで話があってゼンチクまで会いに来ました。まず天上帝にアンデッド退治の許可を直談判するというのをやめてほしいのです」
「なぜだ? 国のトップに掛け合うのが手っ取り早いだろう」
レミィがそこで話に加わった。
「天上帝への謁見は並大抵の者では無理なのです。ナパジェイの国民はほとんど天上帝の顔すら知りません」
「おかしな国だ。やはり普通の国とは国家体制そのものが大きく異なるようだな」
「はい。ナパジェイは実力主義。アンデッドでも実力さえあれば国の要職に就けます。もちろん、国民に迷惑をかけない実力者であれば、ですが」
「まったく度し難い……。ゾンビやレブナントが国を切り盛りしていると言うのか」
「さすがにそこまで低級のアンデッドではないでしょうが……、リッチやヴァンパイアと言った知性のあるアンデッドでしょう」
「存在しているだけで大罪のアンデッドではないか……。やはりこの国はどうかしている」
シモーヌがその話になった時点で要点を挟む。
「そこで代案を考えました。こちらの冒険者の方々にラバマシーのアンデッドを浄化してもらうのです」
「なに?」
「ラバマシーはナパジェイでも最も呪われた地です。あそこのせいでシューキュ島、ひいてはナパジェイ列島全体が呪縛の島と呼ばれています」
「しかしラバマシーは屈強を誇るナパジェイ軍でさえアンデッドが多すぎて放置していると聞くぞ。そんな若い冒険者3人でなんとかできるのか」
そこでシモーヌはレミィが持っている杓杖を見た。
「この人たち、信用できます。だから私も杓杖預けました。ラバマシーの浄化は太陽神の教徒もナパジェイの国民も望むこと。私は彼らに賭けました」
「…………」
値踏みするようにレミィたちを見てくるシモーヌの父、リト。相変わらず無表情だが目に疑いの光が灯っていることだけは見て取れる。
「信じて任せてもらえませんでしょうか」
ケィンが口を開く。
「明日明後日にどうこうできる規模の話ではありませんが、我々を信じて待って欲しいのです」
「…………」
リトは表情を動かさない。のでレミィが話を続けた。
「見ての通り、わたしたちは忌み子です。ですがここがナパジェイゆえに今日まで生きてこられました」
「ケィンさんたち、私の命の恩人です。娘の恩人をまずは信じてください」
「ほう……」
相変わらず表情筋が死んでいるような様子でリトは3人を改めて見る。
そこでリトは何かを思いついたように顔を上げた。
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