第14話 リベンジ

宝石を節約するため徒歩でまたガサキからサガンへの街道を歩いてきたレミィ、ケィン、チェスカ、そしてシモーヌの4人は再びあのトロルに出くわした。


「他の冒険者が片付けてくれてりゃ楽だったし宝石も節約できたんだがな」


 忌々しげにケィンがつぶやく。


 どうやら自分たちが湯治なんぞしている間にもあのトロルを倒せるほどの冒険者はガサキには現れなかったらしい。ガサキの冒険者の質が知れる。


「今度は勝てるですね? ケィンさん」


 シモーヌが不安げに言う。


「ああ、任せとけ。なあレミィ」

「うん」


 もうケィンを他の女の人に取られる心配なんてしなくていいのだ。それが分かり迷いの断ち切れたレミィは前よりも魔法も宝石の練成も切れが増した気がする。


 1個だけ練成した白のA級宝石を手に握り締め、強い確信と共に応えた。


「じゃあチェスカ、打ち合わせ通りに」

「分かったわ。あそこへの攻撃で動きが鈍るって分かってるだけでも心構えが違うわ」


 あそこ、とはトロルの弁慶の泣き所だろう。間違っても股間に攻撃する訳ではない。


「そういえばトロルって、アレ切り落とされても再生するのかな? ハハハハハ」


 緊張をほぐすためか、ケィンがそんな冗談を言う。


 返る答えはシモーヌの「アレ、とは?」だけだった。レミィとチェスカは真剣な表情でトロルを見据えている。


 トロルを充分ひきつけたところでチェスカが駆け出す。手にした彼女自身が鍛冶で打った全金属製のモール。


 すでにこちらを視界に入れていたトロルは、一度逃げ帰った相手が自信たっぷりに襲いかかってきたので少々面食らったようだ。


 しかし、チェスカを放置はしない。拳で殴ろうと腕を振り上げる。


「エア・スピードアップ!」


 レミィがチェスカに風の魔法をかける。鈍足だったドワーフの女性の動きが一瞬にして、ビュン!と速くなる。


 その頃にはケィンはトロルの横目掛けて駆け出していた。確実に狙うためには横から斬りつけるしかない。


「???」


 トロルはやや虚をつかれたようであった。好都合だ。相手が動揺していればしているほど成功率は増す。


 レミィは右の手に握った白の、光のA級宝石に力を込め始める。


 ぶっつけ本番だ。他にA級宝石はない。


「ドオリャアアアアア!」


 間隙を縫ってチェスカがトロルの向こう脛をモールで殴りつける!


「ギィヤアアアア!」


 また急所を打たれ、がくりと膝を突くトロル。


「ケィン!」

「分かってる!」


 ケィンは抜刀し、トロルの首に斬りかかる。しかし、剣の長さがまるで届いていない。


「レミィ!」

「はい! 光輝剣!」


 レミィが魔法を唱えた瞬間、ケィンの剣の先端から白い光の刃が伸びる。


 物質の硬度を無視する刃。この新魔法にレミィは光輝剣という名をつけた。


 これがケィンがレミィに頼んでいた魔法だ。一瞬だけ顕現した光の刃はたやすくトロルの首を切断する。


 それで、光の刃は消えた。


 ごろん、とトロルの首が地面を転がる。表情はチェスカに向こう脛を打たれた苦悶のままだ。


 これで体の方から「ギュバッ!」とでも首が再生したらお仕舞いだったが、そんなことはなかった。


「さすがに、首を落とされて生きてる生物はいないか……」


 首が生えていたところから激しく出血している倒れたトロルの傍らに立ち、ケィンがそんなことをつぶやく。


 やがてトロルの額からA級の緑の宝石が顕現する。初めてレミィたちはA級の宝石を出すモンスターを退治した。


 ケィンは宝石を拾うとレミィに渡し、トロルの首を元から持っていた皮袋に入れた。


「ちっ、やっぱりとんでもない強敵だったんじゃねえか。A級出しやがったぜ」

「せっかく買った袋が無駄にならなくてよかったじゃない」


 そう言ってチェスカがなだめる。


 ドクドクと地面を汚しているトロルの血に怯えながらシモーヌが後ろの方から言う。


「これで……父がいるゼンチク行けるですか?」

「こいつ以上の強敵が陣取ってなければな。ゴブリン程度の物盗りなら俺たちで守ってやれるよ」


 それを聞いてレミィはあのやたら強いゴブリンの冒険者集団を思い出した。


「とにかく、油断しないで行きますよ。サガンに着いたら一泊しますからそれまで辛抱して歩いてください」

「わっかりましたー。やっと元々の予定になりました」


 ☆


 サガン。


 ガサキのように外国との玄関口になっている街でもなく、ゼンチクのようにシューキュ島からナパジェイ本島への船が出ているわけでもない、特に見るべきもののない土地だ。


 ワラスボ、というサガンにしか生息していない特殊魚類モンスターがいたりもするが、人に害をなさないため特に討伐依頼はない。


 レシノー温泉やオータケ温泉という温泉観光地がなくもないものの、今は宝石を節約している身だ。泊まるのも冒険者の宿の安宿にした。ゼンチクまでの間に危険なモンスターが陣取っていたりしないかもついでに確かめたかったのもあった。


 結論から言えば貼り出されている依頼書の中にはゼンチクまでの道のりにさしたる脅威はなさそうだった。


 というか泊まった冒険者の宿には依頼書がほとんど貼られていない。


 そもそもあまり仕事がないのだろう。


 夕食の席でチェスカが「リベンジ記念に一杯だけ」とか酒をせがんだが、今はシモーヌの護衛中だ。冒険中ということで禁酒してもらった。


「ちぇー! あのレミィのすごい新魔法に乾杯したかったんだけどなー。あれすごいよね。よく短期間で作れたわね」


 レミィは軽く自分の唇に触れてから答えた。


「あの旅行以来、わたしなんか魔法が冴えてるのよ」

「お、温泉パワー? ラバマシーの一件が片付いたらまた温泉行きたいわね。報酬もたんまりだろうし」

「ああ、ラバマシーのアンデッドをなんとかすれば最低でも脇差級にはなれる」


 ケィンが真剣なまなざしで言う。頬がわずかに染まったのは気のせいではないだろう。


「明日一日でゼンチクまで行って、できればシモーヌさんの親父さんに面会するぞ。栄養つけとけ」


 言って卵かけご飯に醤油をかけて口の中にかきこむ。


「オゥ! TKG! 卵かけご飯美味しそうです。私もそれにします。店員さーん!」

「まあ、特にシモーヌさんには体力つけておいて欲しいところよね」


 チェスカが「これなんか酒のつまみにぴったりそうなのに」とか名残惜しそうにしながら数少ないサガン名物、イカ料理を頬張った。


 さあ、明日からはシモーヌの父が滞在しているというゼンチクへの旅だ。先走って天上帝に会おうとキョトーに向けて海を渡ったりしてなければよいのだが。

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ある差別なき国の伝説の魔法少女の前日譚 その血はいかにして絶えなかったか 天野 珊瑚 @amanosango

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