第12話 告白

部屋でのエールの後、ガサキの漁港で捕れた新鮮な魚料理と米酒に舌鼓を打った一行

はそれぞれの寝室に戻っていった。


 レミィは酔いの回った頭で今夜のことを考えていた。


 こっそり交わしたケィンとの二人きりの話の約束。


 ちなみにこの旅館の扉は襖なので鍵などなくても簡単に出入りできる。


 あの食人鬼が暴れて他の部屋の女性客を食おうとしていたりしないだろうか。ちゃん

と血で満足してくれたのだろうか。


 レミィは大事なことから目をそらすためにそんなことを考えた。


 ちなみにチェスカは米酒の他に輸入物のワインやブランデーを空けていたので今はU.

N.の腕の中で大いびきをかいている。


 チェスカはU.N.を義理の娘だと言っていたが、これではどっちが親だか分かったもん

じゃない。


 とにかく、ふたりに見つかる心配がないのを確認して、小さな魔法の灯りを頼りに廊

下へ出て行く。


「ケィン、起きてる……?」


 ケィンの部屋の襖をノックすると、やや顔を朱に染めたケィンが襖を開けてくれた。


「入れよ。狭いけど」

「うん」


 ケィンに招かれ、一人用の和室に通される。


「一人用の部屋ってこうなってたんだ……?」

「まあ座れよ。今茶を入れる」


 ケィンはF級宝石で炎を生み出すと、やかんの水を温め始めた。


「で、何の用だ? いっとくが酒は夕食で充分だったからな」

「え、ええと、ええとね」


 緑茶を淹れるとケィンはお膳に湯のみを置くとどっかりと布団に胡坐をかいた。


 しかたなくレミィも布団の上に座る。


「あのね、ケィン。わたし、昔からあなたに伝えてなかったことがあるの」

「それくらい俺にもある」


 ケィンはため息一つ吐くと、


「本当はあんな負け戦の後じゃなくてもっと大きな手柄を立てた後に伝えるつもりだっ

たんだがな」

「あのね、ケィン。わたし、あなたのことが……」

「知ってる」

「え、じゃあ……」

「言っとくが今夜そんなことをしたりするつもりはないぞ。大仕事をやり終えた後、俺

の方から言うつもりだったんだ」


 これって、もしかして、両想い、ってこと……?

 レミィにはそれを確かめる勇気が湧かなかった。


「トロルから逃げたのだって、万が一お前が傷ついたりしないようにだ。お前を守れる

ようもっと強くなるために一旦引いたんだ」

「わっ、わたしも! もっともっと強くなりたい! 級だってもっと上げたい。魔法も

練成ももっともっとうまくなりたい。ケィン、あなたのために……」


 そこでケィンはお膳に置いてあった茶を一口すすった。


 魔法の白い灯りが消えかけていて彼の顔色を窺えなかった。


「脇差級だ、せめて軍に認められて脇差級になるぞ。そうしたら、あの、その……」


 今度はケィンの顔が赤くなっているのが薄暗い中でも分かる。


「本当はお前みたいないい女、女として見てなかった訳がないじゃないか。妹みたいに

も思ってたけど、今更離れることなんて考えられないってな」

「わたしもっ。ケィンが誰か他の人とくっついちゃうなんてヤダ。たとえチェスカでも

ヤダ。U.N.でもヤダ。シモーヌさんはもっとヤダ」

「シモーヌ……って誰だ?」

「そういえば言ってなかったっけ。あのトロルから助けた金髪のブドーキバの女の人の

名前よ」

「なんであの人の名前が出てくる?」

「シモーヌさん、ケィンに助けてもらってすごく感謝してるみたい。それに父親から結

婚しろって催促されてるとか何とか」


 そして。


「じゃあ、今夜はこれだけだぞ。目を閉じろ」


 ケィンがレミィの肩を抱く。

 レミィはびくりと固まった。ま、まさか……。


 ちゅっ。


 レミィの唇にケィンのそれが重なる。


 あったかい。初めての感覚。うれしい……!


 一瞬触れるだけの拙い接吻。だけどそれだけでケィンの気持ちが何よりも伝わってき

てレミィの瞳から涙が溢れた。


「続きは目標を達成してからだぞ。何年かかっても、俺たちは脇差級になるんだ」


 そ、それまで浮気しないでね、と言う言葉をレミィは飲み込んだ。

 今夜はケィンの気持ちを聞けた。自分と同じように思ってくれていた。

 それが分かっただけでも充分だ。


「わっ、わたしもう寝るね! おやすみなさい!」


 もうケィンの顔をまともに見れそうにない。

 それ以前に今夜まともに眠れるだろうか。


 ☆


 結局昨晩は一睡もできなかったレミィ。

 ケィンも同じらしく目の下にクマを作っていた。


 顔を合わせると昨日の口づけの感触が蘇ってきて目を合わせられない。


 チェスカは「味噌汁よ、味噌汁」などと言って二日酔い対策の味噌汁をU.N.におかわ

りしてもらってばかりいた。


 焼き魚をメインにした朝食はこれまた美味しかった。食べ慣れた米も美味しく感じる

。話によれば温泉の湯を使って炊いたご飯だそうで、4人はめいっぱい旅行を楽しんだ


 同時に帰るのがもったいなくも感じる。


 名残惜しさと昨晩の興奮を感じながらレミィたちはヒラッドの温泉宿を後にした。


 なにせ「早く脇差級になろう!」と誓ったのだ。

 これからは心機一転難易度の高い依頼にもチャレンジしていかねばならない。


 U.N.を孤児院に送り届け、「森の家」亭に帰るとまずはマスターに温泉饅頭をお土産

に渡した。


「おお、ありがとうな。のんびりできたかい?」

「ええそれはもう」

「それはそうとお前らに客が来てる。あのトロルから守ってやったお嬢さんだ」

「え、シモーヌさん? なんでうちに?」

「防音個室で待ってもらってる。あんまり他の冒険者に聞かれたくない話みたいだ」


 冒険者の宿には他の客や冒険者に聞かれたくない依頼をするための個室が容易されて

いることが多い。


「とにかく、話を聞いてみるか」


 少し眠そうなケィンがそう言って防音個室の扉に向かった。レミィとチェスカもそれ

に続く。


「待っておりました、みなさん」


 昨日の和室以来に会うシモーヌはやや改まった様子で一行を迎えた。

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