第11話 コイバナ

 翌日、冒険者の宿で泊まり支度をしたレミィ、ケィン、チェスカ、U.N.の4人は意気揚々と温泉宿へ出かけていった。




 ヒラッド一の高級温泉宿。




 冒険者初めて以来……いやここまでの贅沢は生まれて初めてだ。




 宿でチェックインするとケィンは1人部屋へ女性3人は大部屋の和室に向かった。正直レミィはケィンとふたりで泊まりたかったのだが、自然に考えてこの組み合わせだろう。




「風呂上りのエールは4人揃って大部屋で乾杯!」とチェスカが言ったので、それぞれ温泉上がりのエールを部屋に運んでもらえるようフロントで注文して、1人と3人で男湯と女湯に向かった。




 女湯は空いており、レミィはほっとした。




 ヒラッド温泉は炭酸水素塩泉という美肌の湯で風呂場に入るとつんと鼻をつく独特な臭いがする。




「オゥ、みなさーん! 昨日はありがとうございました~!」




 湯船から一人の女性が立ち上がる。




 見まがうはずもない。トロルから助け、昨日は食人鬼から助けた金髪のあの女性だ。




「やっぱりこの旅館に泊まってくださったのですね! また会えるのを楽しみにしていました!」




 こちらが全員女性だからだろう。華奢な体躯に似合わない豊満な胸を惜しげもなく晒し、抱きしめんばかりの勢いで風呂場を走ってくる。




「ちょっと、風呂場は滑りやすいから気をつけて……」




 チェスカがそう言った途端、女性はツルリと足を滑らせて転んだ。


 ビターン!と顔を床にもろに打つと、「あはは……」と顔を上げ鼻血を流しながら笑


う。




 レミィが脱衣所に戻って宝石を取ってくると、黄の宝石を使って回復魔法をかけてあげる。




「アースリィ・ヒーリング」


「あっはっはっは……、また助けられてしまいました。つくづくあなた方にはよく助けられます。申し遅れました。私、名前をシモーヌ・エンリケスといいます。あなた方とあの殿方のお名前は?」


「先に湯船に浸からせてよ……」




 シモーヌの傷を癒やすとレミィはかけ湯をして湯船に浸かった。


 チェスカも、U.N.にかけ湯を教えてやり、4人は湯船で談笑を始めた。




 気持ちいい。




 噂では聞いていたが、温泉がこんなにいいものだったとは。




「あたしはドワーフのフランチェスカ・レヴァンティン。チェスカでいいわ。こっちはホムンクルスのU.N.よ」


「オー! 私どっちの種族も初めて見ました! ナパジェイには普通にホムンクルス住んでるですか?」


「いや、普通には住んでないけど」


「わたしはレミィ。レミィ・ステイツです。一緒に居た男の人はケィンです。彼に姓はありません」


「ナパジェイ、忌み子差別しない。聞いてます。烙印も初めてまともに見ました」


「ええ、わたしたち生まれは大陸らしいです」


「それでレミィさんとケィンさん、恋人同士ですか?」




 いきなりぶっこんだ質問をしてくるシモーヌ。




「ちっ、違います! わたしは、その……」


「片想いなのよね」




 チェスカが話に割り込む。




「チェ、チェスカ! 気づいてたの!?」


「何年一緒に居ると思ってんの。モロバレでしょ。ケィンも知ってて知らない振りしてるんじゃない?」


「そうなのかな……」


「マスターはケィン様のこと、好きじゃないんですか?」




 今度はU.N.がぶっこんだ質問をする。




「あたしはレミィもケィンも弟妹みたいに思ってるわ。ちなみに最近娘ができたけどね。ああ、義理の家族の多いこと。面倒見る相手が多くて恋愛する暇もないわ」


「皆さん家族! 家族旅行! 後はレミィさんとケィンさんが結婚するだけですね!」


「ちょっと待ってシモーヌさん! わたしたちはまだ……」


「まだ……、なんなのよ?」




 チェスカが半眼でレミィを見つめてくる。




「時間が解決してくれると思ってる? 仲を進展させるために今夜ケィンの部屋に忍び込むくらいの度胸を見せてみたら?」


「そんな! それで今の関係が壊れたらって思うと怖くてできないよ!」


「チェスカさん大胆です! 私も父から早く婿もらえ言われます。早く孫の顔見せろ言われます。ケィンさんフリーなら狙ってました。だけど売約済み……。頑張ってくださいねレミィさん! ナパジェイのヨバーイ!」


「ほら、シモーヌさんだってケィンがいい男だって思ってたんじゃない。早くしないと他の女に取られるわよ」


「結婚式には私呼んでくれるデスか?」


「話を飛躍させないでください。シモーヌさん」




 レミィは上気した顔を冷ますべくいったんお湯から上がった。




 生まれて初めての温泉なのにまさかこんな話になるとは。




 髪と体を洗い終えると長く伸ばした黒髪をタオルでまとめて再び湯船に戻る。




 水浴びではなくこんな風に石鹸を使って体を綺麗に洗うのは久しぶりだ。なんとも気持ちの良いものである。




 チェスカがU.N.と連れだって湯船から上がると、U.N.の長い髪を洗い始めた。




 ちなみにU.N.の髪の色も一般的なナパジェイ人と同じく黒髪だ。




 改めて見るとチェスカは筋肉質だ。あの重いモールを前線で振るい、多少のダメージでもへこたれないのもうなづける。自分と違って短くした金髪も戦いの邪魔にならないようにだろう。




 ああ、ケィンは長い髪が好きなんだろうか。チェスカやシモーヌさんみたいな金髪が好みだったりしないだろうか。




 それくらいは訊いてみても良いかもしれない。




 4人は連れ立って風呂から上がると、シモーヌは自分の部屋に運んでもらう予定だったエールをレミィたちの部屋に運んでもらえるよう受付に言っていた。




「「「「「カンパーイ!」」」」」




 ケィンを含めた一行は大部屋の和室で風呂上りの乾杯をした。




 ケィンは当然のように混ざっているシモーヌに驚きはしていたものの、邪魔に思っている様子はない。




「うまーい! こんなにうまいエール初めて呑んだかも」




 チェスカが温泉上がりの冷えたエールに感激している。




「あたし、受付でおかわり頼んでくる」




「ケィン、来てよかったでしょ、温泉」


「ああ……確かにいい気分転換にはなった」




 トロルを倒せなかったことをまだ引きずっているように見えるケィンにレミィはそっと耳打ちした。




 そして、意を決して、言う。




「今夜、二人だけで話があるんだけど、聞いてくれる?」




 ケィンは木製のジョッキからエールを吹きかけたが、なんとか呑み込む。




「夜、皆が寝たら部屋まで行くから。起きてて」




 かなりの動揺が見えたが、やがて「ああ」と小さく返事をくれた。

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