第9話 危機

「な、なんなのよこいつ……!?」




 チェスカが戦慄していた。今目の前にしているトロルは脳天にモールを叩き込まれたにも関わらず昏倒するどころかニヤリと笑ってこちらに殴りかかってきたのである。




「させるか!」




 ケィンがトロルとチェスカの間に割り込む。




 そして、ダメージが残っているであろう頭に炎の剣で斬りつけた。




 見事なジャンプ斬り。




 普通のトロルなら再生が追いつかず、頭蓋骨をかち割られて絶命するだろう。




 しかし、レミィが睨んだとおり、目の前のトロルは普通ではなかった。




 なんと燃えている剣を白羽取りしたのである。




 ジュワアアアア!


 トロルの手の皮膚が燃えながら再生していく。




 熱さに耐えながらじわじわと剣をケィンの方へ押していくトロル。




「レイ!」




 レミィはたまらず、最細に練り上げた光魔法をケィンに当たらないように何条も放つ。魔力の密度が上がれば殺傷力も増すはずだ。




 しかし、光線で体に穴を空けられてもトロルの力が弱まることはなかった。




 ただ、できた隙を見逃さないものがいた。




 ガツッ!




 チェスカが小さい体を活かし、ケィンの脇をすり抜けるとトロルの向こう脛をモールで殴りつける。




 これは流石に効いたのか巨体がよろめき、炎の剣を受け止めていた手の力が弱まる。




「今だ!」




 燃える剣をトロルの心臓目掛けて突き出すケィン。




 だが、浅かった。致命傷には至らず、トロルは弁慶の泣き所を打たれた痛みでやみくもに拳を振るう。




「ライト!」




 ケィンが目を閉じ、光量最大、持続時間0の光の照明魔法を放つ。




「グ、オオオオオッ!?」




 さしものトロルも至近距離でまばゆい光を食らい、動きを止めた。


 その頃にはもうレミィが魔法でつけた傷も、ケィンが突き立てた胸の傷も塞がりつつあった。




 だが、足のダメージと光による目潰しで動きを止めることだけはできた。




 その隙にケィンは襲われていた女性の荷物を拾う。




「レミィ、あの女の人を頼む!」




 叫ぶケィン。




「わ、わかった!」




 レミィは街道から少し離れた箇所で腰を抜かしていた女性に肩を貸し助け起こした。




 これからどうするのかと思いきや、ケィンはチェスカを脇に抱える。




「逃げるぞっ!」


「ええっ!?」




 返事をしたのはケィンの右脇にいるチェスカだ。




「走ればトロルには追いつかれない! 今は逃げてマスターに依頼の難易度を上げてもらうんだ!」


「はい!」




 レミィはケィンの指示に二つ返事で返した。




 ここで死ぬわけにはいかない。愛する人の言葉に感謝すら覚えながらレミィは女性を一人で立たせると、




「走れる!?」


「な、なんとか……」




 レミィと女性が街道をガサキに向けて駆け出したのを見届けてから、ケィンもチェスカを抱えて走り出した。




「ちょっと待って、あたし鎧着てるから重い……」


「構ってられるか! 今はとにかくあいつから離れるんだ」




 チェスカを抱えているとはいえ、魔法使いのレミィよりも速く走ったケィンは追いつくと、レミィに併走した。




 後ろからはトロルが追って来る。が、その動きはあまりに緩慢だった。さすがにそこは普通のトロルと変わらないようだった。




「よかった、逃げられそう」


「ある程度距離を稼いだら休もう」


「依頼失敗だね……」


「命あっての物種だ。あんな不死身な奴とまともにやりあってられるかよ。もっと級が上の冒険者に依頼しないと無理だ」




 すると、前方に馬車が見えた。


 行商人か何かだろうか。人ではなく荷物を積んで走っているようだ。




「止まって! お願い! その馬車待ってください!」




 キキーッ。ヒヒーン!




 馬のいななきと共に馬車は止まった。そして御者が不機嫌そうに言ってくる。




「なんだ、相乗り希望か?」




 まだ若いその御者はレミィたちをいぶかしんでいるようだった。




「この先すぐにめっちゃ強いトロルが陣取ってるの。馬車なら避けて逃げられるかもしれないけど……」


「なに!? モンスターがいるのか?」


「できれば俺たちを乗せてガサキまで引き返してくれないか? 今ものろのろとだが追ってきてる」


「かーっ、あんたら冒険者だろう? 倒してくれなかったのか?」


「倒せてたらこんなことは頼まない」


「そんなにやばい奴なのか……いいぜ、俺も死にたくない。乗りな」




 行商人に共有財産から運賃を払うと、馬車はUターンする。




 ケィンの交渉で馬車の荷台に乗せてもらえることになった4人はガサキへの不本意な帰路についた。




 ☆




「なるほど、それで逃げ帰ってきたと」




 事情を冒険者の酒場のマスターに話すと、納得したようにうなづいた。




「それで依頼条件を変えてまた貼り出して欲しいんだ。あとガサキとサガンの間の街道に用がある奴には護衛をつけてもらうよう情報を流しておいてくれ」




 相変わらず交渉の矢面に立っているケィンが気を利かせる。




「分かった。お前たちも情報を持ち帰った報酬を払おう。それとあの女の人から謝礼金を預かってる」


「おおっ、それは助かる!」




 かくて情報料としてE級宝石を3個もらえたので3人で山分けした。




 女性からの謝礼はなんとB級宝石3個だった。命を助けてもらったことによっぽど感謝しているらしい。それにもともとブドーキバの資産家の令嬢だったそうだ。


 現にガサキでも有数の観光地であるヒラッド温泉の旅館に宿を取っている。




「こんなにもらえねえよ。逃がしただけでトロルは倒しきれなかったわけだし。サガンに用事があるなら『護衛を雇うのに使え』って言って返しておいてくれ」


「なんでよ、ケィン。命を助けたことには違いないでしょ。貰っておきましょうよ」




 チェスカが抗議の声を上げる。




「だってお前、悔しくないのか? 依頼に失敗したのに報酬以上の謝礼を貰うんだぞ」




 どうやら今回の一件、ケィンはかなりプライドが傷ついたらしい。


 レミィにはそれがわかったからこそ、何も言わないでいた。あくまで愛する人に従うまでだ。

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