第8話 トロル
ゴブリンたちからはぐれトロル討伐の依頼書をもぎとったレミィたちはチェスカが帰って来るのを待った。
結局チェスカは昼前ぐらいに帰ってきてU.N.がいかに孤児院でうまくやっているかの自慢話を始めた。
「あの子ったらね、料理うまいのよ。子供たちも喜んで食べてたわ。それに赤ん坊のミルクの温度もうまく人肌まで冷ませてね。知ってる? ホムンクルスの体温って人間と同じなのよ。離乳食まで作ってもう手際がいいったら……」
「わかったわかった、U.N.は孤児院でうまくやっていけてるんだな」
「よかった。それならチェスカがしばらく目を離しても大丈夫そうね」
「うん、もうあたしが手伝うことなんてないくらい。院長先生も褒めてたわ。『とても3歳とは思えない』ってね」
放っておくといつまでも続きそうだったので、ケィンが指で眼鏡を持ちあげて依頼の話を切り出す。
「今朝、新しい依頼書がボードに貼ってあったんだ。はぐれトロル1匹の討伐依頼だとよ」
実はこの依頼書を手に入れるためにゴブリンたちとすったもんだがあったのだが、そこはケィンは省いた。
「うんうん、いこいこ。早く冒険から帰ってU.N.と呑むのが楽しみだわ」
「場所はガサキからサガンの街道ってなってるから馬車使わず歩いてサガンまで行こうぜ。どうせ旅人の荷物でも漁ってるんだろ」
「はぐれってことは群れに戻してやることはできないのかしら?」
レミィの提案をケィンは一蹴した。
「どうせその群れトロルも人間を襲ってるんだろ。1匹でいるうちに倒しちまおうぜ」
「トロル……ってあれよね。傷つけてもすぐに傷が塞がるって厄介な再生能力持ちの」
チェスカの心配を今度はレミィがさえぎった。
「その再生能力を超えるダメージを与え続ければいずれは死ぬわ。わたしたち3人の力なら倒すのはそんなに難しくないはず」
「じゃあ旅支度して出発するか。首は持って帰ったほうがいいだろうから大きめの皮袋買っていこうぜ。まさか首から再生することはないだろ」
やがてスチールアーマーとプレートアーマーにそれぞれ着替えたケィンとチェスカは武器が傷んでいないことを確認すると出発準備をした。
レミィは普段着の上から魔法使い用のローブを羽織るだけなので簡単なものだ。
宝石も充分ある。準備万端だ。
「さぁ、行こうぜ」
ケィンの号令と共に3人は酒場から出発した。
☆
ガサキの関門を出てサガンを目指すこと1日。
「U.N.ったらね、子供に水浴びさせてあげたりもするのよ。院長先生も大助かりだって。しかも女性型だから男の子も女の子も相手してあげられるし、子供たちも懐いててねえ、もう」
一泊野宿してから今日も進む。
道中、チェスカの「娘自慢」を聞きながら悠々と歩いていった。よくもまあネタが尽きないものだと感心する。
そんな、油断しきったところへ、
「キャー!」
丁度サガンに入ったあたりで悲鳴が聞こえた。女性の悲鳴だ。
「行くぞ!」
チェスカの話を聞き流していたケィンが真っ先に走り出した。
「ちょっと待ってよお、あたしじゃあんたたちの足に追いつけないって」
ドワーフは元々足が短い分、走るのには向かない種族なのである。
ケィンが悲鳴を上げた女性の下に辿り着くと、1匹のトロルが若い女性から荷物を奪おうとしていた。
襲われていた女性は一人で、髪が金髪だ。おそらくガサキの港に着いたばかりのブドーキバからの旅行者だろう。ナパジェイの街道で護衛も連れず街道をてくてく歩いているのがおのぼりさんの証拠だ。見た目も華奢で、とても戦えそうには見えない。
「下がってな、お姉さん。見つけたぜ、はぐれトロル」
レミィが追いついた頃にはケィンは女性とトロルの間に割って入り、長剣を構えていた。
でかい。
レミィはトロルのことを文献では知っていたが実施に対峙するのは初めてだ。
人間の軽く倍はあろうかという体躯。でっぷりと太った腹、汚い涎を垂らし、だらんと出しっぱなしにしている舌。
こんなのを「群れに返してやろう」とか少しでも優しさを持った事に恥じ入る。
「フレイム、エンチャント!」
ケィンは剣に炎を纏わせ、切りかかる。
するとトロルは女性の荷物を盾代わりにした。
『その剣で切ればこれは燃えてしまうぞ、いいのか?』
そう言いたげにニヤニヤと荷物を構える。見た目より知恵が回るようだ。
ケィンは構わず突貫した。
そして左手で腰のアーミーナイフを抜き放つと、女性の荷物の紐を切り裂いた。
宙を舞う荷物。それをぼんやり見ているトロル。
「焼け死ねっ!」
体格的に一番狙いやすかった腹を燃える剣で切り裂く。
「どうだ!」
レミィも女性の荷物が無事だと分かった刹那、宝石袋を取り出し、魔法を詠唱する。
「ウィンドカッター・クロス!」
グワアアアアアア。
腹に炎と風の刃を食らい、今度はトロルが悲鳴を上げる番だった。
が、すぐにベロリと舌なめずりすると、腹の傷がみるみるうちに癒えていく。
「嘘っ!? そんなのあり?」
レミィはつい叫んでしまう。結構強めの魔法を叩き込んだはずだが。
困惑してるうちにチェスカが追いつき、トロルに向けて跳ねた。
「どっせーい!」
女の子らしくない怒号を上げ、チェスカのモールがトロルの脳天を一撃する。
ガツッ!
鈍い音が響き、トロルは舌を噛んだ。
「脳震盪までは、防げないでしょ! 畳み掛けるわよ、レミィ、ケィン!」
しかし、噛み千切れそうになっている舌もまたみるみる癒えていく。普通はあれ位の勢いで舌を噛んだらそれだけで死に至るのだが。
レミィは依頼書の文言に疑問を持った。
このトロルは、群れからはぐれ出たのではなく、1匹で生きていけるほど強く成長した個体なのではなかろうか。
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