第7話 ゴブリン
数日後の朝、レミィは酒場の自室でいつものように目を覚ました。
チェスカは朝から孤児院に行っているらしく不在だ。『娘』が孤児院で暮らし始めてからは、ほぼ入り浸っている。
彼女にも母性が目覚めてきたのだろうか。
部屋を出てケィンの部屋をノックしてみたが、まだ寝ているらしく返事はなかった。
あのホムンクルスの研究施設の遺跡の探索依頼以来、ここしばらく冒険者らしい仕事はしていない。
人工生命に関する本がある程度高値で売れたので生活には困っていないものの、そろそろ新しい仕事に繰り出したいところだ。依頼書も更新されているかもしれない。
レミィは1階に降りて確認してみることにした。
『はぐれトロル1匹 退治依頼 ガサキ~サガン街道道中 報酬C級宝石3個 小刀級向け』
やはり新しい依頼が入っていた。
しかも報酬も結構いいし、難易度も手頃そうだ。
レミィは朝食を摂るより先にその依頼書を他の冒険者に先取りされないように確保しておこうと、壁から剥がそうとした。
と。
自分が手を伸ばすより先に緑色の手が伸びてきて、その依頼書を取られてしまう。
ゴブリンだ。ゴブリンの冒険者がレミィに先んじてその依頼書を剥がしたのだ。ちらりと非難めいた視線を送るとそのゴブリンはこちらをジロリと睨んできた。
「なんだ、人間の雌? 何か文句でもあるのか?」
そのゴブリンは同じゴブリンを5人も連れていた。
ここは魔境ナパジェイ。モンスターでさえも実力さえあれば冒険者になれる。
れっきとした6匹、いや6人PTの冒険者のようで、実力は自分たちと同じくらいに見えた。しかし、人数差は埋めがたい。
レミィは「いいえ、早い者勝ちよね」と引き下がろうとした。
すると後ろから声がかかる。
「レミィ、ゴブリン相手に美味しそうな依頼を譲っちまうのか?」
ケィンだ。ケィンが起きて来た。
「なんだなんだお前ら、ゴブリンだてらにPTなんか組みやがって。級は認定されてるのか?」
「……我は小刀級だ。この依頼に不足はあるまい」
レミィより先に依頼書を取った、PTのリーダーらしきゴブリンが返す。
「見たところホブゴブリンか」
「いずれキングと呼ばれてみせる」
「そりゃ志の高いことで。中庭でその依頼書賭けて模擬戦でもどうだ? 寝起きの運動にちょうどいいぜ」
「我も寝起きの運動がしたいと思っていた。相手になろう」
そこでゴブリンPTの一人が止めに入る。
「カエサル様、すでにさきほどの雌が譲っています。ことを大きくしなくてもよいではありませんか」
「コーネリアよ、お前は相変わらず穏健派だな。だが売られた喧嘩を買わぬほどこのカエサル、矜持がないわけではないぞ」
「よし、やりあおうぜ」
ケィンはホブゴブリンと連れ立って中庭に向かった。
☆
中庭で木刀を構えたケィンとカエサルという名らしきホブゴブリンが対峙する。
ちなみに酒場の中庭には訓練用の木刀が何本か用意されている。
「ルールなし。負けを認めたほうの負けでいいな?」
「いいだろう」
互いに条件を確認するとほぼ同時に大地を蹴った。
ケィンは大振りなカエサルの攻撃を難なくかわし反撃に転じる。
しかし、木刀は空を切った。
カエサルが後ろに跳んだのだ。
「このっ!」
ゴブリンだからとなめていたことを悟ったケィンはやや本気の一撃を繰り出す。
本来、ケィンの剣の腕でホブゴブリンごときに後れを取るはずがないのだ。冒険で鍛えているので寝起きだからといって動きが鈍ることもない。
しかし、何度かの切り結びで木刀と木刀を打ち鳴らし、ケィンはこのホブゴブリンを見くびっていたことを知った。
レミィもカエサルのPTメンバーも固唾を飲んで戦いの行方を見守る。
(負けないで! ケィン……!)
知らぬ間にレミィは祈っていた。自分が原因を作ってしまったこの戦い、ケィンにはどうしても勝ってほしい。
その祈りが届いたわけではないだろうが、ケィンはバックステップでカエサルから距離を取ると、懐から宝石を取り出した。赤の宝石だ。
そして、自分の木刀に炎を纏わせる。
普通に考えれば木刀が燃え尽きてしまいそうなものだが、ケィンの技術ではそうはならなかった。
そして、炎を纏わせた剣でカエサルに打ちかかる――!
カエサルは迂闊にも木刀で炎を受け止めた。火は木製の剣に燃え移る。
「ちっ!」
火がついた木刀を投げ捨てるカエサル。
「ウィトゥス、水だ。消火しろ。我の負けだ」
カエサルはゴブリンウィザードに命じると丸めた依頼書をケィンに手渡した。
「カエサル様! 敵は卑怯ではありませんか!? 剣での勝負だったはず」
「二度言わすな。庭を家事にしたいか。ルールはなしだったのだ」
「く、クリエイトウォーター!」
ウィトゥスという名らしきゴブリンウィザードが青の宝石を使い、しぶしぶながら燃えている木刀を消火する。
「これでトロル退治の依頼書は俺たちのものだな。レミィ、見つけておいてくれてありがとよ」
想い人から思いがけず礼を言われ、レミィは照れた。
「後はチェスカ待ちだな。トロル1匹なら3人がかりで勝てるだろ」
「健闘を祈る。強き者よ」
「お前って本当にできたゴブリンだよな。実力も伴ってる。マジでキングまで進化できるよう願っておいてやるぜ」
「貴様などに願われるまでもない。なってみせるさ」
ケィンとカエサルが握手を交わす。
これだ、この光景こそナパジェイだ、とレミィは思った。
十数年後、本当にゴブリンキングに進化したカエサルたちと、自分とケィンの娘が戦うことなど、夢想だにしないまま。
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