第6話 家族

 U.N.を冒険者の酒場に連れ帰ると、やはりマスターはいい顔をしなかった。




「研究施設で生き残ってたホムンクルスだあ? 言っとくが部屋に空きはないぞ。レミィとチェスカの2人部屋に住まわせるにしても狭いだろ」




 マスターの言うとおり、住ませる場所がないのだ。




 ちなみに服はカーテンからレミィの普段着に変わっている。チェスカの服だとサイズが合わない。




「そもそもU.N.って何ができるんだ?」




 ケィンがそう問う。




「一通りの家事はこなせるよう胎教を受けております。なお、食事を取ることもできます」


「要するにメシも食わせなきゃならんってことか」




 U.N.は生まれたてだ。




 知識に関しては人間の赤ん坊と変わらないのかと思っていたが、馬車の中で会話した眼り、一般常識は持っている。


 死んでいると見做される前にカプセルの中で一応の教育は受けたのだろう。


 家事ができると言うのも嘘ではなかろう。




 しかし、マスターの様子からして酒場に置いてもらうのは厳しそうだ。




「仕方ない。孤児院に連れて行きましょう!」




 チェスカが手をパンと打ってそう言った。




 ナパジェイという国は子供を大切にする。子供には自己責任能力がないからだ。


 よって孤児院などの福利厚生施設は非常に充実している。




「U.N.、今1歳くらいよね?」


「誕生して3年。教育期間が1年。培養液内で放置されていた期間は2年ほどです」


「じゃあ孤児院に連れて行っても問題はないでしょ。家事手伝いでもなんでもやって生きていけばいいんだわ」


「それはマスターのご命令、『幸せに生きる』に繋がるのでしょうか?」


「それはあなた次第よ。幸せがなにかなんて本人にしか決められないんだから」




 U.N.はそれを聞くと顎に手を当ててチェスカをじっと見つめて言った。




「マスターは随分と難しいご命令を出されたのですね」


「まあね」




 チェスカはそう言ってウインクする。




「とにかく、これから孤児院へ行きましょ。孤児院が何かは分かるよね?」


「分かりますが、私が入る理由が分かりません」


「あんたがまだ子供で、家事ができるっていうからよ。子供に混ざるか、子供の世話をするかはあんたの出来次第よ」




 ☆




 かくして、U.N.は孤児院の住み込みの家事手伝いとなった。ケィンとレミィも彼女の働きっぷりをしばらく見ていたが何とかやっていけそうだ。




「じゃあU.N.、しっかり働くのよ。あたしも依頼がないときはできるだけ会いに来るから」


「はい、マスター。私はここで幸せになっておきます」


「ええ、そうしなさい」




 そう言ったチェスカの顔は彼女にもこんな優しい顔ができるのかと思うほど慈愛に満ちたものだった。




 ちなみに遺跡で見つけた人工生命の専門書などは軍の化学班が思ったより高値で買い取ってくれた。ウサギが持ってきた依頼にしては珍しく黒字になったので、酒場に戻って一杯やろうと凱旋する。




「チェスカ、また二日酔いにならないでよね」


「いいじゃない、呑んでる時は美味しいんだから」


「それで後悔するからレミィが前もって止めてるんだろうが」




 ケィンが呆れながらも、席に運ばれてきたジョッキを掲げる。




「「「「乾杯」」」」




 とにもかくにもジョッキを鳴らした3人はエールを煽った。




 と。




 そこでレミィがあることに気づく。




「U.N.!」




 U.N.がジュースで乾杯に加わっていたのだ。孤児院においてきたはずの彼女がなぜここにいるのだ?




「院長先生から『初めての日くらい家族と過ごしなさい』、と」




 そうできない者たちが孤児院にはたくさんいるのだから、と言われたとU.N.は付け足した。




「家族、か」




 ケィンがそうつぶやく。




「分かったわ。食事代はあたしが出すから、家族になった記念にもっかいちゃんと乾杯しましょ」


「家族が増えるのはいいことだ。俺たちもあの集落に家族として迎え入れてもらってなきゃ今頃どうなってたかわからんぜ」




 レミィはそのケィンの言葉に胸が熱くなりつつ、




「それじゃ、わたしたちの新しい家族に!」


「「「「乾杯」」」」




 そして皆思い思いのつまみをマスターに注文していく。




 ケィンがおつまみに煮卵を頼んでいるのを見て、レミィは今度作ってあげようかとか思っていた。




「マスター、ホムンクルスは胎児から1年で成人を迎えます。生涯初めてのお酒を呑んでみたいのですが」


「よーし呑め呑め。3歳だろうが子供だろうがあたしが許す」




 チェスカに許可をもらったU.N.は嬉しそうにマスターにエールを注文すると、ぐいと呑み干した。




「かー、水浴び上りのエールは最高だぜ」


「どこで覚えた? そんな言葉」




 ケィンがU.N.の棒読みに突っ込みを入れる。




「仕事が終わって水浴びして一杯やったらこう言うのだと私の製作者が」


「労働力目当てのホムンクルスにも酒呑ませてやるつもりだったのか?」


「さあ……」




「バニー! またハーレム度が上がってるじゃないかケィンくん!」




 そこへ探し屋のウサギがやってきた。




「やかましい」


「この可愛い子はもしかして僕が情報を売った遺跡にいたのかい? じゃあもしかしてもしかすると……」


「お察しの通り、ホムンクルスだ」


「バニー! 僕ホムンクルスって初めて見たよ」




 そう言ってウサギはU.N.の手を取り甲にキスをしようとする。




 ガアン!




 割り込んだのはもちろんチェスカだ。モールで顔面を一撃してやめさせた。




 そんなにぎやかな夜は更けてゆき、チェスカがまたべろんべろんになるまで酔ったのでケィンがU.N.を孤児院まで連れて帰ろうとする。




 そこにレミィも声をかけてついていった。




 なんとなく、ホムンクルスとはいえ、ケィンを女と二人きりにしたくなかったのだ。






 ちなみに、チェスカは「新しい家族にバンザーイ!」とか言いながら呑みまくり、また二日酔いになった……。

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