第5話 命

「なんですって?」




 レミィは思わず声を上げる。




 チェスカの前のカプセルを見てみるとその女性型ホムンクルスは確かに培養液の中で微かに口を動かして酸素を取り込んでいる。




「おいレミィ、生きてるホムンクルスって奴は培養液から出したらどうなるんだ? まさか溶けちまうのか?」


「ううん、自立呼吸ができるくらいに生命力があれば培養液の外でも生きられるわ」


「一か八か、培養液を抜いてみるか……」




 しかしレミィにはカプセルから培養液を抜く操作など分からない。


 そもそもホムンクルスに対する知識も文献からの聞きかじりだ。




 そのあたりを説明するとケィンはもう割り切った様子で、




「下手にコンソールを操作して死なれても目覚めが悪いしな。剣でカプセルに穴を空けてみようぜ」


「って、そんな乱暴な」


「それで死んだらそれがこいつの寿命だ。言い出した手前、俺が俺の責任でやる」




 ケィンは剣を構えた。


 だがそこにチェスカが待ったをかけた。




「ケィン、この子の命に責任を持つっていうならあたしがやるわ。ソードブレイカーを貸して頂戴」




 チェスカは続ける。




「この子が生きてるのを確認したのはあたし。もし生き延びたらその命に責任を持つのもあたし」




 ケィンから手渡された鞘の部分が櫛状になったアーミーナイフを逆手に持ち、チェスカは思い切りカプセルに付き立てた!




 硝子製のカプセルにひびが入り、ドクドクとオレンジ色の液体が出てくる。




「チェスカ……」




 レミィはチェスカの行動に何も言えなかった。




 ただ、せっかくケィンのために打ってくれたソードブレイカーが培養液で錆びたりしないか心配するのがやっとだった。




 パリン!




 何度かナイフを打ち付けると、とうとうカプセルが真っ二つに割れる。




 と同時に女性型ホムンクルスがこちら側に倒れてきた。




「レミィ、カーテンを取ってきて」




 いくら人工生命でも裸なのは可哀想だと思ったのか、チェスカはレミィに部屋を漆黒に染め上げているカーテンを持ってくるように言った。




 レミィがカーテンを引き剥がすと日光が部屋に差し込む。




「はあ、はあ」




 浅い息で産まれて初めて空気中の酸素を吸ったホムンクルスは、チェスカにカーテンで体を包まれるとまずこう言った。




「……ご命令を」




 きっと産まれる前から目覚めさせた者の命令を聞くように作られていたのだろう。チェスカの顔を見上げ「ご命令を、ご命令を」と繰り返す。




 チェスカはため息一つつくと、レミィとケィンに視線を送った。




「命令してやれよ、チェスカ」




 ケィンが言う。




「その子はお前をマスターと認識してるみたいだぜ」




 チェスカは培養液をカーテンで拭いてあげながら、思案を巡らせているようだった。




 そしてしばらくしてそのホムンクルスの頭を撫でると、




「生きなさい。幸せに」




 そう、命令した。




 ホムンクルスは小首を傾げると、チェスカの台詞をたっぷり時間をかけて租借しているようだった。




 そして、やがてこう返す。




「ご命令の内容が曖昧すぎて、取るべき行動を導けません。もう少し具体的にお願いします」


「ならまず名前を与えるわ。『U.N.』、それがこれからのあなたの名前よ。まずあたしたちに着いてきなさい」


「ユー……、エヌ? 了解いたしました。今後あなた方に着いて行かせて頂きます」


「じゃあU.N.。一つ質問なんだけど、他のホムンクルスは全員死んでるって事でいいの?」




 チェスカは、日光が差し込んで明るくなった部屋に置かれたカプセルを見やる。




「私の兄弟たちですね。皆、この建物から人間の方々がいなくなった時点では死んでいました。私のみ生きているにもかかわらず死んでいるとみなされ放置されたのです」


「バカな研究員たちだったんだな。せっかくの成功例に気づかず施設を廃棄したんだから」




 ケィンがそこで眼鏡を持ち上げながら話に割り込んだ。




「じゃあ予定通り弔ってやるか」




 ケィンはパリン、パリン、と長剣でカプセルを割っていく。するとU.N.を取り出したときとは違う、腐ったような臭いが部屋に充満した。




「あんまり死体触りたくないからこいつらもカーテンで包んでいくか」




 ケィンも先ほどのレミィがしたように窓からカーテンを剥がしてホムンクルスの死体たちを包んでいく。




 その様子をU.N.は悲しげに見ていた。ホムンクルスたちにも兄弟の情はあるようだ。




「レミィ、建物の横に魔法で穴を開けてくれ。アンデッド化はしないと思うが、燃やすのも可哀想だ。土葬でいいだろ」


「う、うん」




 レミィは1階まで降りていくと赤の宝石を取り出して建物の横の地面に炎の魔法を放った。




「フレア・ボム!」




 ややあって、ケィンがホムンクルスの死体を持って降りてくるとレミィが空けた穴にカーテンに包まれた死体を横たえる。




 そして土のクリエイト・ソイルの魔法でホムンクルスたちを埋めてあげる。




 するとチェスカに肩を借りながら素足を引きずるように3階から降りてきたU.N.が1階にあった棒切れをホムンクルスたちが埋まっている土に立て始めた。




「……安らかに」




 こうして計5体の、いや5人のホムンクルスは葬られた。






 この遺跡でやれることは済んだと判断して2階にあった本を価値がありそうなものを選んで馬車の荷台に詰め込むと、4人はガサキの港町へ帰っていく。




 ひとり増えた同行者。




 しかしU.N.の住居をどうするか、面倒はチェスカが見るとして生活費はどうするか、ホムンクルスの食べるものは人間と同じなのか、そもそも食事をするのかどうか、問題は山積みだった。

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