第4話 遺跡
「うわ、こりゃひどいな」
探し屋ウサギの地図に従い、馬車で1日かけてホムンクルスの研究施設に辿り着いて中に入ったケィンの第一声がそれだった。
スライムやら未だに命令を守っているゴーレムやら、巨大化した多足害虫やらいるわいるわ。
軽めのスチールアーマーに身を包んだケィンは目の前の光景に眉をひそめる。
幸い石造りの建物だったので炎の魔法で焼き殺せば済む話なのだが、これはちょっと骨が折れそうだ。
とりあえず、赤の宝石も多めに練成しておいてよかった。
それというのもチェスカが二日酔いの間、レミィはずっと一昨日のリビングアーマー退治の報酬の宝石を練成していたのだった。
B級1個もあれば1階のスライムと虫は片付くだろう。
「ファイアストーム!」
レミィが魔法を行使すると炎の嵐が掌から巻き起こり即座にスライムたちの核が解けて燃えていく。害虫たちも熱に耐え切れず焼け死んでいく。
しかしゴーレムたちだけは別だった。頑丈なストーンゴーレムで炎の嵐ではびくともしない。
「仕方ないわね!」
すっかり昨日の二日酔いが抜けたチェスカが火の海の中、ストーンゴーレムに飛びかかり、モールで頭を粉砕する。
ゴーレムというものは額の古代文字「真理」を破壊されると崩れ去る。
ケィンも右の長剣で2体目のストーンゴーレムの額を一薙ぎしていた。
風の魔法と剣術を組み合わせた「飛剣」と呼ばれる、彼の独自の戦い方だ。
他にも、剣に炎を纏わせたり、土の魔法で剣の頑丈さそのものを上げたり、魔法自体の行使はレミィに及ぶべくもないが、剣術と魔法をうまく組み合わせて戦う。
それがケィンの戦闘スタイルだ。
ともかく1階が片付いたのでスライムや虫が出した宝石を回収してからレミィたちは2階へと上っていく。
こんなときは小柄ながらもプレートアーマーを着込んでいる上、ドワーフゆえの耐久力があるチェスカが先導する。ケィンも女に守られることに文句を言ったことはない。
3人でうまくPTのバランスがとれていると思う。
2階は資料室のようだった。ゴーレムが徘徊していたりはしないし魔法生物も虫もいなかった。
本棚だらけで、魔法生物やら闇の人工生命やらの本が所狭しと仕舞われている。
「とりあえず、イビルブックが混ざっていないか調べるために、片っ端から開いてみるぞ。1冊づつな」
ケィンがそう言いつつ、手前の本棚の一番下の段の端から本を取り出す。
イビルブックとは、本に擬態している、開くと周りの人間に襲い掛かる厄介なモンスターだ。主に殺したい相手に贈って暗殺に使う。
この廃屋でなにか歴史的な発見でもあって、後でガサキの軍が調査しに来たときに1冊でもイビルブックが残っていたらことなので総当りするつもりだろう、ケィンは。
ぶっきらぼうに見えて実は几帳面なのがケィンという青年なのだ。
結局、三刻ほどかけて調べてみたが、イビルブックはいなさそうだった。ときどき本と本の間に虫がいたくらいで危険らしい危険はなかった。
「余計な心配だったな。次行くか」
ケィンがそう言ってまたチェスカを先導させようとしている間、レミィはこれらの本に妙にホムンクルスの資料が多いことが気にかかっていた。
それが証拠と言うわけではないが、最上階の3階は黒いカーテンで窓を締め切られ、魔法の光源で部屋を照らすと培養液が詰まった硝子製のカプセルに入った人間型のホムンクルスが数体いるのが確認できた。
男女両方のホムンクルスがいたが服は着せられておらず、大人くらいの大きさまで育っていたものの、胎児のように体を丸めている。
なお、全てのカプセルのホムンクルスは呼吸をしていない。
培養液には酸素が供給されているが、どのホムンクルスも死んでいるらしく、口で呼吸している様子はない。
ちなみにホムンクルスとは人間が人間に代わる労働力を人工的に創造しようとした生物で、「倫理観に反している」と大陸では違法とされる研究である。
しかしここは魔境ナパジェイ。
自分で作って責任が取れるならなんでもできる。すべてが自己責任の国なのだ。
ホムンクルスの量産化に成功したら賞賛こそされ批判など受けない。
「仕方ない。全部割って弔ってやるか。作られた命とはいえ命は命だ」
ケィンがそう独り言のように言って両手で長剣を振りかぶる。
「ここの研究員もうまくホムンクルスを作れなかったから諦めたんだろ。無駄足だったな。一応2階の本は馬車に積んで帰ろうぜ。少しは宝石の足しになるだろ」
チェスカも同意見のようでモールを構える。
と。
チェスカがあるカプセルの前で動きを止め、言った。
「この子、生きてる」
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