第2話 魔女
「マスター、キッチン使うよ」
冒険者の酒場『森の家亭』の1階に降りるとマスターが忙しそうに早起きの冒険者たちに朝食を出していた。
そのマスターに軽く声をかける。
レミィは料理の腕にも覚えがあるので、というか故郷の忌み子の村で育ての親からみっちりしこまれたので、マスターの代わりに自分がPTメンバーの分も作ることが多かった。
コンロに赤のF級宝石をかざし魔法で火をつけるとフライパンを取り出して熱する。
こうしてレミィがこのキッチンを使うのは日常茶飯事なので勝手知ったるものだ。
食材を見たら卵が結構あったので、スクランブルエッグにするべくボウルに割っていきかき混ぜる。
ケィンは卵料理が好きなのだ。二人きりで食べられるときくらい好物をこしらえてあげたい。
当のケィンはというと、レミィの方を見ておらず壁に貼られた依頼書を見ていた。
「海賊退治に、賞金首2枚に、ホサッセの遺跡探索、っと。昨日から変わり無しかあ」
レミィも料理をしながら見るともなしに依頼書を見てみると、ケィンの言うとおり、昨日のリビングアーマーの群れ退治から帰ったときに夕食時に見たときから依頼の内容は変わっていないようだった。
レミィたちは冒険者暦一年だが、さして大きな功績も挙げていないので冒険者ランクも酒場のマスターが認定できる最高の「小刀」級に留まっている。
そろそろ名を挙げて軍からも認められ「脇差」級くらいにはなりたいものだ。
スクランブルエッグができあがるとケィンが立っていた位置に一番近い空席に置く。
「さあ、どうぞ召し上がれ」
「お、悪いな」
言ってからケィンはガツガツと少々無遠慮な態度で食べ始める。
せめて「いただきます」くらいは言ってほしいな、と思いながら自分も食べ始めるレミィ。
「今ある依頼の中だと『海賊討伐』が一番報酬がよかったぜ。ただ脇差級以上向けになってたから『遺跡探索』にしとくか。大したモンスターも確認されてないみたいだし、遺跡にしないか?」
「あれ、また探し屋ウサギの依頼でしょ? あてになるの?」
レミィは眉をひそめて返した。
「探し屋ウサギ」とはまだ若い初心者の探し屋である。男の癖にバニーヘッドを被っているのでそんなあだ名がついたのだが、情報の精度が低く、あまり信用されていない。
余談ながら、ガサキから海を越えてはるか東の帝都キョトーにはウサギの被り物どころか本物の猫に変身できる探し屋がいるらしい。
こちらの方は腕は確かで、情報の正確さにも定評があるそうだ。
さておき。
「まー、チェスカが起きてきたら相談してみましょ。ウサギに話を聞いてあんまりに怪しいようなら他のにすればいいし。幸い今は昨日の儲けで宝石には余裕があるから」
「んだな。ごっそさん」
(ああ、そっちは一応言うんだ)
レミィは自分の想い人に料理を作ってあげられるというこの状況が傍目にはさぞ羨ましいだろう、と皮肉めいたことを考えてしまった。
故郷での16年+冒険している1年で合計17年も一緒にいれば女としては自然と料理も作ってあげるようになる。
自分はもしかしたら恋をしているのではなく単なるブラコンなのかもしれない。
そんなことを考えているとチェスカが頭を押さえながら2階から降りてきた。
「あたし、朝食要らない。その代わりよく冷えた水を頂戴。マスター」
人間でいうと11、2歳に見えるドワーフの女性はまずそんなことを言った。
フルネームはフランチェスカ・レヴァンティン。ドワーフの前衛冒険者だ。魔法は使えず、敵の前まで行ってモールを振るって戦う生粋の戦士。
この世界の女性のドワーフはエルフと同じく成人しても人間の子供くらいに見え、髭も生えていない。多くは酒を好み、人間の軽く2、3倍は呑む。
ちなみにチェスカはドワーフにしては酒に弱いほうに入る。しかし例に漏れず酒好きなので二日酔いになるまで呑むのだ。
「水、できれば果汁かなんかで薄く味付けて」
「あいよ」
マスターは1年の付き合いでチェスカの扱いに慣れているのかレモン汁を数滴たらした冷たい水をケィンとレミィが座っているテーブルに置いた。
「チェスカ、おはよう。今日の依頼の話なんだけどね」
「う~、頭痛い。水飲んでからにして」
レミィはチェスカが水を飲み終えると、さっきケィンとしていた話を彼女にもしてあげる。
チェスカはうまそうに水を飲み干すとまだ少し酔いが回った様子で「いいんじゃない、話聞くだけなら」と手元に持ってきてあった遺跡探索の依頼書を見つめながらつぶやいた。
「じゃ、後はウサギ待ちね。わたしは宝石の練成でもして待っておくわ」
下級宝石から上級宝石を練成する技術は、精神集中を要する高等技術だが、レミィはスクランブルエッグが載っていた皿をマスターに下げてもらうと席でそのまま始めた。
遺跡探索となると光源が欲しいのとアンデッドを相手取る可能性が高いので白の光の宝石を優先的に練成していく。
「さすがは『魔女』だな」
その様子を見てケィンが茶化すように言う。
レミィはこの「魔女」という冒険者としての二つ名を決して好んではいなかった。
しかし、ケィンに言われると、なぜか褒められているような気がして悪い気はしなかった。
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