ある差別なき国の伝説の魔法少女の前日譚 その血はいかにして絶えなかったか
天野 珊瑚
第1話 恋心
レミィ・ステイツは宿のベッドで目を覚ました。
宿と言っても冒険者の酒場で、彼女は冒険者である。
ナパジェイ列島の西に位置するシューキュ島西端港町ガサキの『森の家亭』という中堅冒険者が多く所属する冒険者の宿に所属する魔法使いだった。
同居人であるPTメンバーのチェスカはまだいびきをかいて眠っている。
昨晩深酒した所為だろう。冒険の間は禁酒するので冒険帰りは呑みたくなるのもわかる。
いくらドワーフとはいっても翌日まで酒が残るのは仕方がない。
レミィは同性のPTメンバーと朝食を摂るのを諦め、素足をブーツに突っ込むと宝石袋だけ手にして部屋から出た。
この世界において宝石は魔法の媒介であり、通貨でもある。
と。
同時に隣の部屋から短い黒髪にリムレスの眼鏡をかけた青年が出て来た。
額には『忌み子』であることを示す烙印がある。
ここが「差別なき」ナパジェイ帝国ではなかったら前髪を伸ばすかバンダナなどで額を隠していることだろう。
「おはよう、レミィ」
青年はレミィの姿を認めると軽く朝の挨拶をしてきた。
「お、おはよ……」
レミィはつい節目がちになり、それでも精一杯の挨拶を返す。
青年の名はケィン。
チェスカと3人で冒険者PTを組んでいるメンバーだ。
歳はレミィの1つ上で、子供の頃は「お兄ちゃん」などと呼んでいた幼馴染である。
そう。
彼らは大陸からこの港町ガサキに流されてきた忌み子だ。
それが証拠にレミィの首元にも悪魔の顔のような烙印がある。
二人は同じタイミングでナパジェイに流れつき、忌み子が集まって作った集落で兄妹同然に育った。
それから、15年間ずっと一緒だ。
チェスカはその集落に居つき、ずっと二人の面倒を見てくれていた。
ドワーフなのでレミィやケィンよりも幼く見えるが、実際は3歳くらい上なのだという。
ドワーフは鍛冶を生業にしていることが多く、チェスカが初めて打った武器はレミィとケィンに贈った剣と杓杖だ。
それから自分用にもメイスを打ち、「冒険者になる!」と言い出した二人についてきてくれた。
ともあれ、そんな経緯で一緒に居る3人だが、今はそのうちの一人、ケィンが目の前にいる。
レミィが兄同然の相手に女としての好意を持っていると自覚したのはいつくらいだっただろう?
たしか14歳くらいのころだったと思う。
ケィンが16歳になり「冒険者になって名を上げるんだ!」と言って村を出て行こうとしたとき。
ケィンが冒険で怪我をしたらどうしよう?
もしかしたら死んでしまうかも……!
それ以前に、明日からケィンに会えない生活になってしまう?
そう思うと、胸が締め付けられるような気持ちになって、慌てて彼を引き止めた。
「せめて、自分が成人するまで待って!」
「一人で行かないで! それまでに魔法の練習をいっぱいして役に立てるようになるから!」
思わず涙を流してケィンに縋り付いていたところにチェスカが助け舟を出してくれたのだった。
「あんたが旅立つまでにいい剣作れるようになっておくからさ。レミィがもうちょっと魔法を覚えるまで待ってあげたら?」
かくして二年後、レミィも成人を向かえ、約束どおり武器を作ってくれたチェスカとともに3人で忌み子の集落を出奔して港町ガサキの冒険者の宿に登録したのだった。
故郷で木刀を振りながら稽古をしているケィンを脇目に魔法の修行をしながら、いつ彼が独りで旅立ってしまうのではないか、と戦々恐々していた日々をはっきりと覚えている。
あのころだ。ケィンに対する恋心を自覚したのは。
「チェスカはまだ寝てるのか?」
思い出に浸りながら、少しケィンに見惚れていたレミィは声をかけられてびくりとしてしまった。
「う、うん。昨日かなり呑んでたし」
「じゃあ二人で朝飯済まして今日からの冒険決めとくか」
「そうだね!」
そんな会話を交わすとケィンは昨日の戦いで刃こぼれが目立つようになった剣の、鞘のほうを撫でた。
「昨日はかなりリビングアーマーとチャンバラしてたもんね。左のソードブレイカーはどう?」
「敵さんの武器へし折るより受け止めるのに使ってたからなあ。ま、どっちも後でチェスカが起きたら見てもらうよ」
そんな話をしながら二人は階下に降りていった。
レミィの淡い恋心がケィンに届く日はいつになるのだろうか?
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