第6話

俺は倒れている深弧の前に立ち、目の前の少年に向かって、明確な殺意を放つ。

俺は静かに構え、敵を何時でも殺せるよう準備する。

槌葉は1歩下がり、明らかに警戒しており、それから1分が経っても攻撃が来ることは無い。そして、それは俺も同じだった。

「僕の能力はね、相手が攻撃をした瞬間に、分かるんだ。攻撃がどの角度から来て、相手との距離はどれくらいで、あと何秒で攻撃が当たって、僕のどこに攻撃が当たるのか、全部ね。」

槌葉は確かにそう言った。これが嘘でも無ければ、正直勝てる気がしない。まず、不意打ちは効かないだろう。なら、分かっても避けられないほどの速さで攻撃する?いや、喧嘩もしたことが無い俺にそんなパンチが打てるわけが無い。なら、どうする?どうすれば殺せる?

そんなことを考えてる間も、無情にも時間は流れる。すでに、深弧が意識を失ってから数分が経つ。早くしないと、この人は、死ぬ。

でも、焦って我武者羅に殴りかかっても、カウンターを食らって俺も深弧も仲良くお陀仏だ。

どうする。どうする!どうすれば────────!



ふと、ある”仮定”が頭をよぎった。そして刹那、体が動いた。仮定が違ったらとか、そんなことは頭に無い。敵だけを見て、大きく振りかぶり、本気のパンチを繰り出した。


(なんだ、あんなことを言ったくせして、普通に殴るだけか。この場じゃ発動出来ない能力、もしくは殴った対象に効果が発揮する能力、とか?まあいいや。どうせ頭に拳ご当たるのは分かっている。避けてからコイツで喉元を掻っ切って、それで終わり)

槌葉は警戒を解くと、ナイフを持つ手に力を込める。

俺の拳が、槌葉の顔面に近づいてゆく。段々と、段々と。そして、拳が槌葉の眼前に迫り、槌葉が避けようとしたその瞬間。


俺は、能力を発動した。


次の瞬間には。重く黒いガントレットが、俺の両手に装着される。

……やっぱ重いな、これ。ちゃんと力を入れてないと腕も上げてられない。でも!今は、これでいい!

(なんだ?確かに能力では、眉間に当たるって書いてある。でも、これ。どう考えても、眉間に当たらな……)

速度の乗った質量の塊が、重力に従い地に落ちていく。その途中。不運にもそこにいた少年の体を抉りながら。


槌葉は血を吐きながらバタンと倒れた。

俺は、また人を殺したことよりも、深弧のことで頭がいっぱいだった。四つん這いになりながらも、深弧の元へ駆け寄る。

早く、病院に連れていかないと……!深弧が、し、死んで……!

「あっは!いったいなぁ!まさか、こんなのに騙されるなんて。おかげで、僕もう死んじゃう!」

後ろを振り返らなくても声の主の正体が分かる。

仕留め損ねた。まずい。この体勢からじゃ、避けられない。

「もう、全部どうでもいい。お前たちだけ道連れに出来れば、ね。」

俺は咄嗟に深弧に覆いかぶさった。

俺だって、死にたくはない。でもこの人は、俺なんかよりも、ずっと……!この人だけは、絶対……!

「必死になってるとこ悪いけど、そんなんです守れると思ってんの?大丈夫、ちゃんと二人仲良く殺してやるから。それじゃ、死」

「まあ待て。オレとも遊んでくれよぉ。」

俺たちは上を見上げる。すると、ビルの上に見知った人影が見えた。

一ノ瀬 空亜。彼はビルの屋上から俺たちを見下ろすと、突然そこから飛び降りた。

そして、何事もないように着地すると、ゆっくりと槌葉に近づいていく。

「い、一ノ瀬 空亜ぁぁぁ!?な、なんであんたがいるんだ!く、来るな!」

あからさまに槌葉が取り乱す。ナイフの刃先を一ノ瀬に向けながらも、1歩ずつ後退りしている。

「まあまあ、そんな怪我してんだし、もう諦めろ。ウチならその状態でも治せるぜ。だから……」

「来るなっつってんだろうがああああああああぁぁぁ!」

槌葉は一ノ瀬に飛びかかる。だが、一ノ瀬は一切動じずに

「……子供は殺したくないんだがな。」

と呟くと、槌葉が突然固まり、その場に倒れ動かなくなった。

「キミも元は、心優しい子だったのかな。……安らかに、眠ってくれ。」

一ノ瀬は動かなくなったソレをそっと抱き抱えると、何も言わず、スマホを取り出した。

 

あの後、一ノ瀬に呼ばれやってきた謎の人たちによって、深弧と槌葉の遺体は回収されて行った。俺は少し擦りむいたくらいで、特に問題は無かった。深弧も、かなり危ない状態ではあるが、死んでさえいなければどんな怪我をしてても全治する、とのことだ。

そして、二人残った俺と一ノ瀬は、徒歩で異能総嶺会本部へと帰っていた。夕焼けに染まるネオトーキョーの中を2人並んで歩く。

ふと、一ノ瀬が口を開いた。

「深弧はな、もう1年もウチにいて、成績もめちゃくちゃいいんだ。」

俺は黙って話を聞く。

「そんなあいつでも、あっさり死にそうになっちまう。なあ、少し話は変わるが、オレは異能総嶺会に入って5年目だが、歴でいえば俺は2,3番目くらいだ。他はオレより圧倒的に短い。もっと言えば、殆どが1年目だ。その理由が分かるか?」

「……長続きしないから?」

「そ、正解。7割以上は1年目で死ぬ。そんな世界で、オレたちは生きている。……なぁ明日斗クン。さっきの答え、聞かせてくれねぇか?キミはどうしたい。」

「……俺は、俺は……。」

確かに、俺はすぐ死ぬかもしれない。昨日も今日も死にかけて、凄く怖かった。別に今も、死ぬ覚悟なんて出来ていない。でも、でも……

「……悩むなら辞めてお」

「やります。」

「俺!やります!」

答えは決まっている。たとえ死の危険があったとしても。俺は、俺の力と、深弧と。この”世界”を、もっと知りたい。

「っ!……フッ。いい顔。いい声。シンプルな返事。さっきの悩んでた明日斗クンとは、まるで違う。こんだけ強くなってりゃ、大丈夫か。」

「コホン。改めて、異能総嶺会へようこそ!宇治乃 明日斗!オレはお前を、歓迎する。」

差し伸べられた手に、力強い握手で返す。

誰も邪魔できない、2人だけの空間が、そこにあった。

「さて、と。んじゃ、まずは”目標”を決めっか!」

「目標?」

「ああ、そうだ。何事も、目標があった方が長続きするからな!ってことで、なんか目標ある?」

「え。急に言われましても……。」

「ま、そういうと思ったよ。だが安心しな!オレが一つ目標をあげよう!」

「明日斗!お前は、『総嶺の能力者』を目指せ!」

「総嶺?」

「ああ。『全ての頂に立つ者』…つまり、最強レベルの能力者に与えられるのが、この『総嶺の能力者』の称号だ!」

「江戸から続くと言われる能力の歴史!記録が残っている限りで、この『総嶺の能力者』の称号を正式に獲た能力者は歴代で7人!そして、現代でこの称号を持つのは4人!分かるか?この異常性が!」

「は、はい!」

「今は前代未聞の能力黄金期!強力な能力者たちがひしめき合い、最強の名を求め闘争を続けている!宇治乃 明日斗!お前はそんなライバルたちを退け、8人目の総嶺の能力者となれ!お前には、それが出来るほどの才があると、俺は信じている!」

「っ!はい!!」

「いい返事だ!それじゃ、目標も決まったことだし、深弧も医務室から引っ張り出して、飯でも食いに行くぞ!俺の奢りだ!」

早足で歩き出す一ノ瀬に、急いでついて行く。

これから始まるであろう非日常的日常に期待を膨らませ、俺は歩を進めるのだった。

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救済のエゴ @amata-Danbooooru

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