第5話

「君たちは、僕に殺されるんだもん」

ヤバい。殺される。逃げろ。全身の細胞が叫んだ。そこにいるのは、ナイフを持っているとはいえただの子供だ。だが、以前出会った能力者たちの何倍もの威圧感を放っていた。

俺は1歩下がり逃げの姿勢をとる。だが、深弧は違った。深弧は構え、1歩も退かない。その目は真っ直ぐ敵を見ている。

「…黒氏 深弧だ。槌葉 供様と接敵した。俺たちじゃ対処するのは厳しい。至急応援を要請する。」

少し下を向き、相手に聞こえないような声で深弧が言った。深弧の服の胸ポケットが少し膨らんでいる。トランシーバーでも入っているのだろうか。

深弧は目線を戻し、目の前の男の子に向かって、

「”30人殺し”の槌葉 供様だな?お前のことは既に組織中に知れ渡っている。名前も、住所も、能力も、だ。投降すれば命は助けてやる。だから、大人しく」

「そういうの、いらないから。」

深弧の言葉は途中で遮られてしまった。

「この状況で投降、すると思う?あなたの能力、そこで跳ねてるお魚さんでしょ?あなたの能力はもう使いものにならない以上、肉弾戦をするしかない。でも、僕の能力を知っているなら、それじゃ絶対に勝てないことは分かるよね?」

槌葉は、1歩ずつ深弧に近づきながら、

「なのに、そんな高圧的な態度をとっている。流石に、ただ見栄張ってるだけってのは無いとして。それなら、考えられるのは2つ。そこのお兄さんの能力がよっぽど強いか、後から強い能力者が応援に来る、ってとこかな?」

自信たっぷりに自分の推理を披露する。深弧は槌葉を睨みつけ、小さく舌打ちをする。

「図星かな?んじゃ、前者から確かめてみよっか。」

突然、槌葉が俺めがけてナイフで斬りかかってくる。

「っ明日斗!逃げろ!」

ヤバい、逃げ……いや、これからここに応援が来るのなら、この場を離れる訳のは悪手のはずだ。なら、立ち向かえ。そうだ、俺の能力。あれほどの力があれば、ワンチャン倒すことだって出来るかもしれない。

「ダメだ!お前じゃ勝てない!」

俺は、能力を発動しようとする。簡単な事だ、能力を発動する、そう頭の中で言うだけだ。だが、そう思考する直前。3日前のあの光景が、頭の片隅をよぎってしまった。

「あれ……?能力が、出な……」

俺は困惑する。だが、困惑したからと言って時間が止まるわけじゃない。気づけば、ナイフの刃先があと十数センチ、といったところまで来ていた。

あ、死─────────────。


俺は地面に倒れていた。その理由は、ナイフで斬られたからじゃない。切られる直前、誰かに横から押し倒されたのだ。

ポタポタと血が垂れる。深弧が腹を押さえ、片膝を着いた。

「深弧!」

急いで深弧の元に駆け寄る。深弧の腹には、深い切り傷が出来ていた。血が溢れ出し、服に大きなシミを作っていく。俺でも分かる。このままじゃ、深弧は死んでしまう。だが、俺はどうすればいいのだろう。

「うあぁ、俺、ど、どうすれば……」

「もう一度、言うぞ……!逃げろ……!」

深弧が、精一杯の力を込めて言う。

「お前には、勝てない。やつの、能力は……!」

そこまで言ったとこで咳き込んでしまう。

「あんま無理しない方がいいよ。ただ苦しくなるだけ。…いいよ、どうせ言うつもりなら、僕の方から教えてあげる。ちょっと可哀想だし。」

「僕の能力はね、相手が攻撃をした瞬間に、分かるんだ。攻撃がどの角度から来て、相手との距離はどれくらいで、あと何秒で攻撃が当たって、僕のどこに攻撃が当たるのか、全部ね。どう?これ聞いて。勝てそう?」

……無理だ。俺は生まれてこの方喧嘩なんてしたことない。そんなやつの攻撃が、当たるわけない。

「無理そうだね。それじゃ、どうする?立ち向かって殺される?逃げて殺される?せっかく助けてもらった命なんだし、僕は逃げて少しでも長く生きるのをオススメするよ。」

結局、死ぬしかないのかな。……どうせ死ぬなら、一つだけ、聞きたい。

「ねぇ、深弧。どうして、俺を庇ったの?」

深弧は少し驚いたような顔をした。が、その後すぐに目を閉じ息を整え、静かに語り出した。

「一ノ瀬…さんが、この仕事を、する上で……、3つの心構えを、教えてくれた。」

「一つ、民間人は死んでも守れ。一つ、死んでも敵と戦い抜け。一つ、仲間の為に、命を張れ。ってな。」

「つまり、俺を助けたのは、その教えがあったから……?」

「……それもあるが、何より俺は大人で、お前は子供だ。なら、何があっても、俺はお前を守らなきゃならないし、守ってやりたい。……それ以上の理由はない。」

ああ、最初会った時は、ちょっと怖いとか思ったけど、やっぱこの人は、いい人だ。本気で、俺を死なせたくないって思ってくれている。

……なら、俺も考えは一つ。

「俺も、こんないい人を、死なせたくない。」

「……?なんか言った?もしかして、恐怖でおかしく……」

「だから!!」

「!?」

「俺がこの人を、守ってみせる!たとえ、お前を殺すことになっても!」

「……へぇ」

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