第4話

あの日から、3日が経った。実はあの時、深弧が俺の後を追ってたらしくて、現場の処理とか、救急車の手配とか、色々としてくれたらしい。おかげで、俺は大事にはならず、その日のうちに退院出来た。それで、3日経った訳だけど……。

少し学校で話題になったくらいで、特に大きな変化はなかった。能力なんて力を手に入れても、結局あれ以来使う機会は無い。

…そういえば、あの日のことは通り魔事件と地盤関係の事故、と表向きでは処理されたらしい。あの日死んだ2人の能力者は、行方不明として処理され、誰も真実を知ることは無いとのことだ。…そう、俺が殺した人も、その事実が世に知られることは無いのだ。

俺が殺したあの人は、威神儽 什造というそうだ。…あの人を殺したことは、後悔はしていない。実際、俺も殺されるところだったし、放っておけば別の被害者が出ていたかもしれない。

だが、「人を殺した」 その鉛のように重い事実が、ずっと俺にまとわりついていた。

正直な話、俺はもうあの力を使える気がしない。それをすることを、体が拒んでしまっている。

結局俺は、治安維持組織に入るのを辞めようと思っていることを言い出せずにこの3日を過ごした。


俺は、これからどうすればいいのだろう……。


なんてことを思ってたら、深弧から電話がかかってきた。

あ、そういえば、今日は例の治安維持組織に連れていってもらう約束だった。土曜日だからって、完全に油断していた。…と、それより今は電話だ。

「もしもし。黒氏だ。宇治乃 明日斗の携帯で間違いないな?」

「あ、うん大丈夫。それで、どしたの?」

「いや、今日の確認をしようと思っただけだ。今日の午後1時に、2番駅前に集合だ。いいな?」

「うん、ちゃんと覚えてる。他には何かある?」

「いや、これだけだ。」

「りょーかい。じゃ、また午後に。」

「ああ。」

そう言って、深弧は電話を切った。

そして少し時間が過ぎ、俺は家を出た。


「キミが例の明日斗クンか?オレ、一ノ瀬 空亜。よろしくなー。いやぁ、キミとは1回会いたかったんだぜェ?確か、まだ高2だろ?身長何センチよ。部活とかで運動してんの?勉強辛いよなー。バイト経験とかあんの?あとあと~……」

「えっ、あ。いや……。」

握手した腕を話さずブンブンと振りながら一方的に喋るその男に、俺は圧倒されていた。


あの後、約束通り2番駅前で合流した俺たちは、とある路地裏の奥にある、地下へと続く階段にやってきた。その階段を降りると、床も壁もコンクリートでできた、地下通路に辿り着いた。そして、その通路を少し歩いた所が、その治安維持組織の本部。そこに到着した俺たちは、俺の担当が待っている、と部屋に通され、今この状況になっている。


金髪にサングラス、黒をベースとした服や指にも、金の装飾品がみられる。そんな、パッと見の印象が最悪の男…一ノ瀬 空亜に、質問攻めにあっていた。

「…一ノ瀬さん。できるだけ早く本題に……

「うん?おっとこりゃ失礼!俺としたことがすっかり目的を忘れていたぜ!サンキューな、深弧!」

「はぁ……。」

深弧が間に入ってくれたおかげで、ようやく一ノ瀬が質問をやめる。

「っと、それじゃあ改めて……我らが組織『異能総嶺会』へようこそ!宇治乃 明日斗!」

両手を広げ、声高らかに一ノ瀬が言う。

「それで、明日斗クンは入会希望ってことだったよな?」

その問いに、言葉が詰まる。結局、ここに来るまでに、自分はどうしたいかを決断することが出来なかった。

いや、多分俺はやりたくないんだと思う。あの光景を思い出すと、今でも吐き気がしてくる。…そうだ。そんな俺に、もう殺人なんて出来るわけがない。やっぱり、俺にはいつも通りの日常があっている。

なんて、今更ながら思った。人を殺す度胸もなけりゃ、ここまで来てNOという度胸もないのに。

俺は黙り込んでしまう。少しの沈黙のあと、

「…ま、そりゃそうか。こんな血なまぐさい仕事だもんな。今ここで決めろ、ってのもキチィよな。」

え、なんか急に気使ってくれるじゃん、この人。

「んー、なら……よし!結局自分に合うかどうかはやってみなきゃ分かんねぇ!ってことで明日斗クン!お仕事体験の時間だ!」

「お、お仕事体験……?」

「そうだ!やっぱ仕事なんざ習うより慣れよってやつだ!つーわけで深弧、上司命令。今日オレの巡回あっから、今から代わりに行ってきてちょ。」

「は?自分で行ってくださいよ。今日俺も巡回あるんで、普通にそっち行きます。」

「まぁまぁそー言わずにさ?可愛い新人候補クンの為だと思ってさぁ」

「だからあんたの巡回を俺らがやる意味がないって言ってんですよ!」

「ちぇ、可愛げのない後輩だぜ。ま、そんな訳だから、色々と先輩に教わりながらどうすっか決めな。」

「アッハイ」

「…話が済んだなら、行くぞ」

と、スタスタと少し早足で部屋の出入口へと歩く深弧。俺も深弧の後を追う。

ドアを開け部屋の外へ出ようとする俺たちに、後ろから一ノ瀬が静かな声で

「……死なすなよ。」

とだけ言った。それに対して深弧が、

「分かってる。」

と、誰にも聞こえないような声で呟いた。


「元々、”人目につかずに殺人ができる場所という餌”という名義でこういった路地裏が作られた。」

目の前の深淵を覗きながら、深弧は言う。俺たちは、ネオトーキョー内のとある路地裏の前まで来ていた。

「だが、餌が餌として機能したのはせいぜい1ヶ月程度。餌という目的はいつの間にか消えていた。」

闇に向かってゆっくりと歩を進めていく。

「いつしか、俺たちと野良の能力者たちの間で暗黙の了解が出来ていた。」

「政府は、能力の存在を隠したい。だが、もし街中で能力を使われれば、一瞬で能力の存在が世界中に知れ渡ることになる。だから、野良の能力者は人前で能力を使わない。そのかわり、俺たちがやつらと戦い、暴力的欲求を満たしてやる。そんなルールがな。」

「今にでも崩れかねない不安定なルールだが、実際にこの場所以外での能力犯罪は年にあって数回、それもあまり大きな騒動にならないようなものしかないから、誰も何も言わない。それが、今の能力者の当たり前だ。…今から行うことも、当たり前のことだ。」深弧は曲がり角の手前で立ち止まると、身を低くし、首だけをだして曲がり角の先を覗く。俺も深弧の真似をする。すると、道の先に、壁によりかかって座る1人の老人がいた。

「見えるか。やつの名前は無花果 茂。78歳独身。報告されただけでも既に12人は殺している。その中には、ウチの能力者もいる。」

ごく当然のことのように深弧は言う。あんなおじいさんが、何人も人を殺している。そんな冗談みたいな話、普通なら信じない。だが、何故か今この場では、俺は全く疑っていなかった。

「…異能総嶺会に入るなら、このことは覚えておけ。路地裏に同業者以外の人間がいた場合、一般人なら避難誘導を、未登録の能力者なら本部に連絡を。そして……」

突如、何もない空間に不気味な見た目の魚が現れ、産声を上げた。この前にも見た、深弧の能力だ。

「要注意リストに載っている能力者だった場合、即刻処分すること。」

魚が、宙を舞いながら老人に近づく。 迫り来るソレに気づいた老人は、急いで立ち上がろうとするが……。サッカーボール程の大きさのソレの口が肥大化し、一瞬にして老人は丸呑みにされた。

本当に、一瞬の出来事だった。今この時まで生きていた1人の人間が、いとも容易くその命を落とした。

深弧は、自分の意思で、明確な殺意を持って、人を殺した。というのに、顔色一つ変えずに

「…これが俺たちの当たり前だ。なぁ、お前はこんな世界に入るって言ってたんだ。その意味が分かるか?……もう一度、よく考えてみろ。宇治乃 明日斗、お前に、これが出来るか?」

……俺に殺人が出来るか。その問いへの答えは、既に決まっている。

「……俺は、俺には………………」

「無理、だよね」

突然響いたその声の元に、俺たちの視線が集まる。

小学生くらいの男の子が、いつの間にか俺たちの間に立っていた。

その場の誰よりも早く、深弧が動いた。先程まで宙をフワフワと漂っていた魚が、急加速してその男の子に襲いかかる。

だが、魚は途中で動きを止めた。男の子のポケットから取り出された大型のナイフの一閃が、魚の横腹に深く突き刺さっていた。

「だって……」

ナイフが引き抜かれ、魚は鮮血を吹き出しながら地に落ちる。男の子は、ニヤリと笑って言った。

「君たちは、僕に殺されるんだもん。」

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