第25話 決断(1/1)
T346:方針について話がある。添付物の確認も頼む。
破れ鍋:45分後に電話する。
「君のやりたいことは分かった。それにしても成長したね、三四朗。」
「どういうことだ?」
「また根元からぶっ壊すのかと思ったよ。」
「理由はいくつかある。まず、これが一番効率の良いやり方だってこと。次に、挑発に乗るなって生徒に怒られたからな。最後に、僕が無茶すると悲しむ人が一気に増えたんだ、…五人くらい。」
「なるほどね。…では、突っつかせてもらおうか。」
スマホ越しに嬉しそうにニヤつく友人の姿が想像できた。
「これが一番効率の良いやり方っていうのは否定しない。今回の相手がやっていることは、確実にクロだ。権力と信任を笠に派手に動いてるからね。どれだけ余罪が出てくるか楽しみだ。僕はグレーゾーンという言葉で逃がしはしないよ。」
「お前は学校ぐるみの取り組みだと思うか?」
「イエスとは言い難い。でも僕は全貌を暴くためなら、協力なんていくらでも要請するさ。少なくとも君の添付物は面白く使ってみせる。予想以上に面白いレポートだったからね。」
添付物とは、榎田先生から手渡された書類と僕の調査レポートだ。
「それにしても君の学校は随分と興味深い。荒れていた学校が数年で教育環境が改善し、表彰されるまで至ったなんて、随分なサクセスストーリーじゃないか。」
「相応なカラクリだったろ?」
「まったくだ。僕が生徒だったら、さっさと外部に情報を流して徹底的に戦っていただろう。」
(やはり鍋島は戦うんだな。こいつのことだ、戦ってきちんと勝つのだろう。)
「さて、次だ。君は子どもに
「全くだ。ついでに言うと、同じ日に大人からも似たような内容で窘められた。」
「僕も昔から言っているだろう。流石に今回で懲りて欲しいね。」
「反省してるよ。こればっかりは謝ることしかできない。」
僕はスマホを持ったまま軽く頭を下げた。
「でも、君が急に大人になっても面白くないから、上手くブラッシュアップして欲しいな。」
「善処するよ。怒られることになったら、その時はまたよろしく頼む。」
今度は深々と頭を下げた。
精一杯の誠意が機械越しに伝わればいいのだが。
「最後に、単身乗り込んだ先で、君がそういった人たちに出会えたことを心から祝福するよ。」
「ありがとう。自分でも正直驚いた。」
「君は少しずつだけど味方を増やしていく。僕が良い例だ。」
「その時の僕は何か無茶したか?」
「周りが突っ立って見ている中で君が助けてくれなかったら、僕は出来立てほやほやだった新校舎完成を祝う一輪の真っ赤な花だ。」
「新校舎の五階から真っ逆さまか。思い出すと洒落にならないな。」
ガラス張りの近代的な校舎に、一階から天井を吹き抜けで見たときの開放的な景色。
利用する生徒が皆キラキラと輝いている中、その空間に突如生まれた異様な黒山の人だかり。
(そういえば動いたな。何を思ってかは思い出せないが。)
「そうだろう?で、先程と矛盾するようだけれど、君の性分はそのままでいてほしい。今後もそれに救われる人が出てくるだろうから。」
「何かアドバイスはないか?」
「心の片隅に留めておくではなく、取り出しやすい場所に置いて『ここぞ』という場面で使ってほしいかな。」
「だったら、肝に銘じておくよ。」
スマホ越しから、けっけっけと癖のある笑い声が聞こえる。
高らかに聞こえた笑い声が徐々に小さくなっていくと、一秒にも満たない、人格を切り替えたような間が生まれた。
「…さてと、最後に確認させてもらっていいかい?」
コホン、と一つ咳払いが聞こえる。
目の前に如何にも品の良いスーツ姿で決めた、細長い男が現れたような気がした。
その男は真剣な表情を貼り付けているが、きっと内心おもちゃで遊ぶ子どものように楽しんでいるに違いない。
だが、圧は本物だ。
無尽蔵の記憶力と探求心を持って、消化不良することなく情報を食べ続ける
天賦の才を遺憾なく発揮し、誂えられた洋服という世にも珍しい翅で現代を自由に飛び回る蝶。
そして、若くして他者を圧倒する練達の弁護士。
「君は公益通報を行うことによって、とある秩序の破壊者になる。秩序側から見れば、君は平和を乱す悪だ。分かっているかい?」
「もちろん。」
「自分が気に入らないというだけで組織に噛みつき、挙句には身を滅ぼそうとしている。余りにも安っぽい正義感、実に半端者らしい三流の正義感だ。」
「分かっている。」
「その場所で生活していた人々から、確実に白眼視されるだろう。君は残りの期間、村八分にされるかもしれない。物理的に私刑を受けるかもしれない。」
「それも分かっている。」
「噂で聞いた限りじゃ、勤め先の評価も試験の成績に加味されるそうじゃないか。恭順を示しておけば、君はようやく採用試験に合格することが出来るかもしれない。」
「利口に生きたかったが、知っての通り僕は困っている人を見過ごせない性質みたいだ。」
「業界と言うものは、一般的にどこも狭いコミュニティだ。君は今年どころか、ずっとお尋ね者になる可能性がある。つまり、採用試験には今後一切受からない。」
「心臓を突き刺すような文句だな。考えるだけで手が震えてくるよ。動悸がして、呼吸だって荒くなってくる。でもな、今回の件を見逃してこの先も生きていくなら、自分を殺すも同じだ。」
「…これで最後だ。今度の採用試験に落ちると四度目の不合格、院卒の君は三十路がそろそろ見えてくる。でも、君は正規の仕事に就いていない。同期はどんどん先に進むのに、君はずっと足踏み状態。それでも良いのかい?」
「生憎、今でも連絡を取る同期はお前くらいだ。比較対象が偉大すぎて、僕じゃ天秤を使う準備をすることすら烏滸がましいよ。」
「嬉しいこと言ってくれるじゃないか。それで、答えはどうなんだい?」
ここを過ぎれば戻れない。
振り返っても道はない。
坂を下ったあの日から、いつの間にやら十一日目。
知らないままで過ごしていたら、なんて思いは今更だ。
気に入らないと管を撒き、挙句面と向かって詰め寄った。
理不尽に流す涙を何度見た?
怒りを、苦悩を、戸惑いを、叫びを、痛みを、後悔を、その目の前で何度見た?
ここで立たなきゃ僕じゃない。
思う間もなく助けに入る、筋金入りの大馬鹿野郎。
考えなしの知識なし、
ないない尽くしの素寒貧。
あるのは家族と恩人たちに、育ててもらった心根一つ。
頬杖ついた友人が期待するのはその姿。
一周余計にくるりと回る、口と頭に目を瞑ってもらうはご愛敬。
だがしかし、
今回ばかりは勝手が違う。
自爆覚悟の一騎駆け、そんなものとは話が違う。
根っこにあるのは全幅の、いや、全幅以上の信頼に、
強さを、機転を、優しさを、知識を、理性を、温もりを、この身に宿した大勝負。
心強さが段違い。
おまけに『頼れ』のお墨付き。
一人じゃねえんだ。
みんなで戦える。
ここで勝たなきゃ全てが終わる。
自然と総身に気合が入るってやつだが、
…また落ちるよなぁ。
三度目の正直ならば、とうに過ぎ、
四度目のなんて字句はなし。
受かるとすると五はないな、縁起が良いなら七度目か?
地元の家族、おいちゃん、おばちゃん、恩人たち、済まないなぁ。
せめて𠮟咤の一つでもくれればいいが、そりゃ無理か。
…まぁ、何とかなるさ。
流れた先で思ってくれる大事な大事な仲間も出来た。
仮に落ちたら落ちた分だけ、先生やって生きりゃいい。
迷える羊、あてなき道も楽しいもんだ。
「言うに及ばず。今が『ここぞ』の場面だ。」
「了解。存分に無茶しておいで。唯一無二の友人として、僕は君の決断を支持する。」
鍋島からの通話が切れた。
頭は、啖呵を切った余韻でぼんやりとしている。
惚けた頭で部屋を見渡すと、部屋の隅に積まれた回答済み試験問題集が見えた。
その隣には、面接の想定問答集とその回答を書き殴ったノート、少し離れたところに実家から届いた備蓄品等々の入った段ボールが床に直置きされていた。
ゴミ箱からは、総菜パンの袋が少しだけ飛び出ている。
思えばここ数日、ゴミ掃除どころか掃除機すらかけていない。
(身辺整理ついでに掃除機でもかけるか。)
のそのそとコードレスクリーナーの所まで這っていくと、部屋の静寂を切り裂くようにスマホが鳴った。
(鍋島は一度必ずメッセージを入れてくるはずだ。他の誰かにしてもこの夜中に連絡をしてくる人物に心当たりがない。)
「非通知?」
画面中央に大きく表示される非通知の文字に、けたたましく鳴る着信音。
僕は気が進まなかったものの、通話ボタンを押した。
「…もしもし。」
「グッドイーブニーング!私が分かるかしらぁ?」
「………はい?」
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます