第18話 過去(1/1)


※強い表現を使っている箇所があります。ご注意ください。



部活動の片付けを済ませて校舎に戻ると、部活動掲示板前に中道先生が立っていた。


「鷹村君、探していたのよぉ。」


ニッタリと張り付いたような笑みを浮かべる彼女は、音もなく僕に近づいて来た。

余りの無音ぶりに靴に消音機能でもついているのかと疑うほどだ。


「なんですか?もしかして教頭がお冠?」


「そんなわけないでしょう。はい、これ。」


彼女は笑顔を浮かべたまま、メモの切れ端を差し出した。


「電話の取次ぎしてくれたんですね。ありがとうござ…。」


そこにあった文字列は。



氏子貴文 大黒交通 ○○市××町△―△△―△△△



「ちょっと、中道先生!」


「何のことかしらねぇ。私は知らないわよぉ。」


動揺する僕を他所に、彼女は歌うように話し続ける。


「記録って残しておくものよねぇ。それがどんなささいなことでも。」


そう言い終えると、僕の背後に回り、背中をポンと押した。


「私は私のなお仕事に行くわねぇ。おほほほほほ。」


高笑いする彼女が行ってしまうと、周囲に人はなく、僕は舞台上に一人取り残された演者のようだった。



本日の授業を全て済ませ職員室に戻ると、どことなく視線が痛かった。

朝から氏子先生の名前を出したせいだろうか、それとも中道先生の件が伝わっているのか、全方位からじっとりと張り付くように見られている感覚がある。

水内、いや校長の指示だろうか。

上役三人は会議中らしいので、とにかくこの場所から離れたほうが得策のようだ。



「榎田先生、これからお時間ありますか?」


僕は逃げ出すように職員室を抜け出し、保健室に駆け込んだ。

そして、榎田先生に昼間のメモを差し出す。


「これが終わったら帰るところだけど…これ、どこから?」


表情を鋭くした彼女に僕は事情を説明する。


「分かった、これから行こう。この住所だと、ここからで四十分ってところだから。」



大黒交通は隣の市にあり、繁華街から少し離れた川沿いにあった。

僕らは駅から歩いて、個人経営の飲み屋が集まった地域を抜け、住宅地に入る。

この住宅地は未だマンションの類がない地域で、塗装の色が褪せた三階建ての高さの建物がぽつぽつとあるだけの全体的に古い地域だった。

住宅地の端までくると、お世辞にも綺麗とは言い難い小さな川。

コンクリ打ちっぱなしの簡素な橋を渡り、川沿いの錆びたガードレールに従うと、タクシーが数台並んだ待機所と事務所、所々錆びて剥離している大黒交通の看板が見えた。

時間は午後六時過ぎ、昼以降変化のない薄曇りの空は妙に暗い。

僕らは暗くなる前に辿り着けたことに安堵した。


「すいません。ここに氏子貴文さんって方、いらっしゃいますか?」


制服にサンダル履きでいかにも古株と思われる運転手は、怪訝な顔をしながら事務所に行くよう指示した。

一方、事務所に詰めていた制服を着た年配の女性は、有難いことに人当たりの良い大らかな女性で、もう少しで氏子先生が戻ってくる旨を教えてくれた。


「鷹村君、基本的な部分は私が進める。でも、私が無理そうな部分はフォロー頼んだ。」


「分かりました。でも、顔見知りの先生だけで大丈夫だと思いますけど。」


「間違いなく私では無理だと思う。彼の心に私の言葉は届かないから。」


彼女がそう言い終えると、気だるそうに世間話をする運転手たちが事務所に入ってきた。

榎田先生は愛想よく微笑んで、集団の中に氏子先生がいないか確認している。

第一陣が終わり、第二陣。

その中に、周囲とは明らかに若い小太りの男性がいた。

同僚と親しそうに気に話しているけれども、どこか遠慮がちで腰が引けているように見える。


「氏子さん。」


榎田先生は声を掛けると同時に立ち上がった。

僕もつられて立ち上がる。

呼ばれた本人はこちらを見て、一瞬怯えたように見えたが、すぐさま直線だけで描いたようなぎこちない笑顔になった。

あれが営業スマイルというやつだろうか。


「ご無沙汰してます、榎田先生。そちらは…。」


腰が低いというよりも、声に張りがなく、全体的に自信がないように思えた。


「鷹村三四朗と言います。明光台第一中学で今年度、臨採をしています。」


彼は意図を図りかねているような、気の抜けた返事をする。


「これからお時間あるかしら。二つ、いや一つ聞きたいことがあって、こちらに伺ったの。」


考える間を与えるべきではないと思ったのか、榎田先生は即座に質問を開始した。


「何を聞きたいのか知りませんが、僕はもう退職しています。これから帰らなければならないので失礼します。」


言葉には明らかな警戒の色が現れている。


「五分もお時間取らせないわ。ほんの立ち話で済む話だから。」


「私はもう無関係です。退職しても守秘義務があるのは知っているでしょう。話せることなんてありませんよ。」


明確な拒絶を示し、彼は僕らに背を向けた。

現職タクシードライバーの背中が一歩、また一歩と遠ざかる。

榎田先生の予想通りか。

でも過去と決別する彼に、なんて言葉をかければいい?

一年三組に関する情報の中で一番知りたいこと。

今の僕が話をしたいと思ってる人物、なぜ友達を傷つけるほど激昂したのか、その理由を聞きたい人物―それは。


「河津郁久乃について、教えてほしいことがあります。」


僕の言葉に氏子先生は足を止めた。


「今の彼女は、保健室登校という形で学校に来ています。僕は彼女と向き合って話をしたい。でも、その前に氏子先生からお話を聞きたいんです。あの子の担任だった、氏子貴文先生から。」


事務所の中の雑音が数秒の間だけ吹き飛んだように静寂が訪れる。


「少し待っていてください。準備をしてくるので。」



僕らは駅前のファミリーレストランに移動した。

アイスティーを注文して、フロアの隅の席を取る。

フロアは全体的に空いていたが、昔の名残だろうか、妙にヤニ臭かった。

僕と榎田先生が飲み物に口を付けると、氏子先生はミネラルウォーターのペットボトルを取り出した。


「私に気にせず飲んでください。薬の都合ですから。」


彼は注文した小さな紅茶のカップを壁際に押しやる。


「お体、悪くされているんですか?」


「持病です。昔から体が弱くて、運動が出来ないんです。」


彼は控えめに笑うと、処方薬を取り出し、全て飲み込んだ。

嚥下が終わり、ミネラルウォーターで整えると、彼は処方薬の残骸をじっと見つめた。

徐々に彼の眼の焦点がぼやけてきたように見えた。


「だから自然と勉強に力が入りました。その中でも数学が好きになりましてね。おかげで学生時代は、所謂ギーク的なポジションで生活できました。不自由なりに楽しい学生生活だったと思います。」


昔を懐かしむ優しい笑顔だった。


「勉強していくうちに、子どもにも数学の楽しさを分かってほしいと思って、教職の道を選びました。運が良いことに採用試験は初回で合格、家族も本当に喜んでくれました。」


彼は青白くて丸い拳を、ぎゅっと握り締める。


「そして、一年三組の担任になったと。」


僕は言葉に出した後、棘のある言い方になってないか不安になった。


「そうです。当時、私は舞い上がっていました。全校生徒の前で初めて挨拶をしたとき、人気バンドのボーカルになった気分でした。窓の外に小さな桜の木が見えるあの教室に行って、六十の瞳に見つめられたとき、自分が物語の主人公になった気分でした。それくらい、全てが上手くいってたんです。」


「一年生の指導方法は厳しいと聞きました。氏子先生はどうお考えでしたか?」


「教育実習先の学校と全く違っていたので、正直驚きました。指導内容は…、確かに厳しいものです。家庭と学校の強い連携、駄目なものは駄目とはっきりと声に出して注意する、罰するときに容赦してはいけない、生徒に舐められてはいけない。新任で右も左も分からない僕には、どれも必要なことに思えたんです。ですが…。」


彼は恥ずかしそうに言い淀み始めた。


「正直なところ、僕には出来る自信がありませんでした。こんな体型ですし、体も強くない。大声を出すなんて滅多にしたこともなかった。自分が学生のときに優しいと感じた先生たちのように、出来ることならいつも穏やかでいたかった。」


(児玉先生が言ってたケースか。)


彼は胸の前で両手を組み合わせ、小さく震えはじめた。


「氏子さん、辛ければ止めてもいいのよ。」


「構いません。僕の問題は、初めて指導をしたときに分かりました。僕は大声を出すと声が上ずるんです。それを見たクラスの生徒は、僕を馬鹿にするだけ馬鹿にして、話も聞いてくれませんでした。きっと僕のこんな容姿も含めて、滑稽に映ったんでしょうね。それ以降、彼らは僕の指導に耳を貸さなくなりました。でも、冷静になって考えれば当然なんですよ。人が変わったように叱る先生の言うことを、誰が聞きたいと思いますか?」


彼の目線はずっとテーブルを向いているが、それは当時の状況にトリップしているようにも見えた。


「日に日に僕は、指導が上手くいかないことにイライラしていきました。『君のクラスは落ち着きがないようだけれども、本当に大丈夫か?』と周りから心配されるたびに追い詰められていったんです。そして事件の日………。」


彼は二度深呼吸して、呼吸を落ち着けた。


「ホームルーム中に、とある男子生徒のグループが遊び始めたんです。その時の僕は、自分でも驚くくらいの声が出ました。すると、一人の男子生徒が罵声と共に消しゴムを投げてきたんです。幸いなことに消しゴムは顔の横に外れ、僕に当たりませんでした。でも、僕はカッとなってしまって、彼を掴みかかりに行ってしまった。そこからは話に聞いているかもしれませんが、掴み合いの大騒動です。僕は自分で自分のクラスを壊してしまった。」


彼は言い終わると、ペットポトルの水を煽るように口にした。

この事件以降、彼が一年三組に出るときは、持ち回りで監督の先生が付いた。

クラスの雰囲気は、その影響で心なしか落ち着いたらしい。

だが、クラスで行われる全てが事務的に行われているように感じたそうだ。


「そんな中、河津さんは僕に優しかった。あんなことの後でも授業を熱心に聞いてくれて、いつも教卓まで来て、感想も質問もくれました。他の子が学級日誌を書くと二行や三行で終えるのに、彼女はいつも枠内一杯にぎっしりと文章を書いてくれました。あれは間違いなく、当時の僕が教師を続ける理由でした。」


(河津は氏子先生を支えていたのか。彼女なりに頑張っていたんだな。)


「郁久乃ちゃんは今も元気ですよ。だいぶ前に得意科目は数学だと言っていました。」


彼は真顔で榎田先生を見つめると、次の瞬間には顔がくしゃくしゃになっていた。

彼は僕らに表情を見せまいと、顔を両手で覆う。


「氏子さん、あなたは教師として仕事が出来ていたのよ。それなのにどうして…。」


彼は僕らに断りを入れ、紙ナプキンで様子を整えた。

そこから現れた彼の瞳は、真っ黒に塗りつぶされていた。


「水内…さんです。彼、です。」


僕らのいる空間に緊張が走り、さらに暗い何かが流れ込んで来ていた。


「事件の後、彼から週に何度も打ち合わせと称して、指導が入るようになりました。監督の先生がつけた評価シートを元に、彼と二人で原因分析と改善案を考えるんです。当時の僕は、まるで出来の悪い生徒に付きっきりで指導してくれる教師のようなあの人に感謝していました。何か月も、何か月も見放すことなく、熱心に付き合ってくれるんです。救いの神として崇拝していたのかもしれません。」


「それが二月まで続いたわけですね?」


「はい、あの進路指導室の時までです。」


彼の語気が強まった。


「赤々とした西日が射しこむあの部屋で、打ち合わせが終わった後のことです。彼は僕を睨んで、一年三組にいじめが起きていると告げました。そして、



『この機会だからもう辞めろ。』『教員向いてないよ、お前。』『俺たちがどれだけ力貸してやっていると思っている。』『俺たちの時間返してくれる?』『俺の時間も返してくれないかな。お願いだよ、無能。』『この一年、上司に残業させておいて何も思わないの?』『出来ないお前のために俺がどれだけ時間を割いてやっと思っている。』『自分だけが大変だと思っているの?』『本当におめでたい頭をしているよな、このノロマ。』『この忙しいときにクソみたいな仕事作りやがって。』『お前が管理できていないから、こんな問題が出てきたろうが。』『本当に使えない奴だな。』『時間返せよ、グズ。』『一年やって生徒の指導くらい一丁前に出来ないのか?』『才能ないよ、自分で分かっているんじゃないの?』『ねえ、聞いている?人の話ちゃんと聞いているのかって?』『お前みたいに頭が良いと思っている奴が一番使えないんだよ。』『返事ぐらいしろよ、上司が質問しているだろうが、おい。』『馬鹿みたいに高い声で反応して見ろよ。』『文句しか言わない口が付いているなら、返事くらい出来るだろうが。』『この責任どう取ってくれるの?そもそも君、責任取れるの?』『これ事件になっちゃうんだろうな。ニュースに出るよ、お前の名前。』『無能っぷりが全国に知れ渡っちゃうな。』『そうしたらお前、どっちにしろ教師出来ないよ、辞めろ。今、辞めろ。』『お前に教員免許なんていらないよ。』『だから返事しろって言ってんだろうが。』



彼は徹底的に僕を恫喝しました。

彼の豹変ぶりと言葉の鋭さ、呪詛のような言葉の数々、そしていじめという事実の重さに私は声が出ませんでした。私は忘れられません、あの人の言った言葉を。あの私を睨む、あのギラギラと光る眼を。」


僕らは余りにも壮絶な告白に声を失っていた。


「最後に、あの人は既にいじめの報告書を作ってきたと言いました。『校長に提出してそのまま辞めろ』と。そして、『言うんじゃねえぞ。』と。言葉にすると何ともつまらない文句です。でも、僕の心はそこで折れてしまった。」


氏子先生によると、そこから後の記憶はないらしい。

気づいたら自分の部屋にいて、横になっていたら朝になり、体が動かなくなっていた。

心配した母親に声をかけられても声が出ず、理由を答えられなかった。

数日の間、家族と筆談のやり取りで出した結論が、『退職』。


「これが私の一年です。」


彼はぽつりと力なくつぶやく。

先程は負の力に動かされていたらしく、言い終えた今は言葉にすっかり力が無く、風船が萎んだようだった。


「氏子さん、今の話をパワハラとして問題にする意思はある?」


「そんなこと出来ません。僕にそんな伝手はありません。気力も体力だってない。第一、僕は既に教職を退いています。」


「鷹村先生が弁護士と連絡を取って、公益通報って手段を取ろうとしてるの。そこならあなたの思いを…。」


「出来ないです。戦えないです。ようやく落ち着いて今の仕事が出来るようになったんです。それなのに、なぜまたあの人に関わらないといけないんですか!」


言い終わる頃には、声が完全に震えていた。


「分かりました。また来ます。」


榎田先生は素早く手荷物をまとめると、席を立ってしまった。

ツンとした表情を崩さず、彼女は去っていく。

だが、僕らに背を向けるとき、彼女の拳がグッと僕の椅子の背を意味ありげに押した。


(そういうことだろうな。)



「あなたは行かないんですか?」


敵意のこもった瞳で、氏子先生が僕を睨む。


「先生とまだ話をしてないので。」


彼の視線が一層強くなった。


「おそらくですけど、先生の違和感みたいなものを理解していた生徒はいると思うんです。」


「何を言うかと思えば…。」


「例えばですけど、後藤智代って覚えていますか?いつも気だるそうな声をしてる生徒。あと、金井あすかです。ほら、いかにも学級委員って感じの。」


彼は親指を頬に当て、必死に記憶を呼び起こしているようだった。


「後藤は緩くていい加減に見えたかもしれないです。でも、彼女は察しが良くて、人の変化をよく見てます。あの子に顔を見つめられたことはありませんか?あるならきっと…。」


「後藤さんには、何度も申し訳ないことをしました。当時、彼女は考え込んでいることが多かった。だけど、僕はそれを話を聞いていないと勘違いして、何度も怒鳴ってしまった。僕はその度に顔を見られました。…そんな意味があったんですね。」


過去の失敗を自嘲気味に笑い、彼は沈み込んでしまった。


「金井あすかはどうです?一生懸命クラスをまとめようとしてませんでしたか。ちょっと怒りっぽいですけど、先生の様子を見ながら頑張って仕事してませんでしたか?きっと先生を…。」


「金井さんには、かなり無理をさせてしまったと思います。不甲斐ない僕の代わりに遊んでいる生徒を注意したり、ホームルームを取り仕切ってくれたり、率先して僕の手伝いをしてくれました。いかにも真面目な角ばった字を書く生徒で、学級日誌も妙に背伸びしていて、業務文書みたいな文面でしたよ。僕が事件を起こした後、時折引きつっていた表情をさせてしまったのが、本当に心残りです。」


先生は楽しそうに笑ったかと思えば、再び沈み込んでしまった。

これでは気持ちの引き揚げようがない。


「氏子先生は生徒のこと、注意深くご覧になってたんですね。」


「そんなことありません。鷹村先生のほうが生徒のことをよく見てると思います。僕なんかより、あなたのほうがすごいです。」


「ありがとうございます。でも、やっぱり氏子先生の方がすごいですよ。試験を初回合格して、一年目から担任を任されるんですから。俺なんか院卒で、試験に三回落ちて、未だに臨採ですから。」


「三回ですか…。それは…、はい。」


僕は今どんな表情をしているんだろうか。

鏡が欲しいところである。


「試験をパスしたってことは、必要な人材だと判断されたってことだと思います。この人は、この人こそは教師にふさわしいと認められたんですよ。相手を引き付ける魅力があったんですよ。そうでなければ、おっかなびっくりで距離を取る、弱弱しい小動物みたいな河津が応援してくれませんよ。」


「河津さんは…そうですね。不思議なくらい僕を応援してくれました。僕は本当に救われていた。………ところで、あの…。」


氏子先生は言い淀んだ。

心に引っ掛かっていたことを無理やりにでも引っ張り出しているようだ。


「河津さんは、いつから保健室登校に?本当に大丈夫なんですか?」



僕はその経緯と、先日の件を除いた今までの様子を話した。


「僕がいたら…なんて考えるのは烏滸がましいですね。僕みたいなポンコツじゃ、一分の力にもならない。結局、僕は彼女から貰ったものを返せずに終わってしまった。」


彼はテーブルの端を見て、大きくため息をついた。

それは気力も一緒に抜け出ているようだった。


「先生は、あの子に伝えたいことはありますか?」


「…ありますよ。でも、一年で退職したこんな情けない男に、今更何か言われても気持ち悪いだけでしょう?」


(分かった。それだけ意思が残っているなら…。)


「彼女がそんなことを言いますか?思い出してみてください。あなたが見てきた河津郁久乃という生徒は、あなたをずっと応援してくれてたんでしょう?立場がどうとかじゃない。あなた自身が彼女に伝えたいことはないんですか?」


彼は目を伏せ、じっと考え始めた。

まるで無機物になったかのように、微動だにしない。


「すいません、差し出口でした。先に失礼します。」


僕はぬるくなったアイスティーを飲み干し、席を立った。


(これで駄目ならどうしようもない。時間を置いてもう一度…。)


「鷹村先生。」


ガタリとテーブルが揺れた。


「河津さんに伝えてほしいことがあります。」

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る