1-2,君は金を溶かすか
爆音と光の地獄にこんなに早く舞い戻ろうとは。あの詐欺クマのところにSu〇caを置いてきたはずだ。
(あれ、あそこどこだ?)
きょろきょろと先ほどまでいたブースを探す。
「あ、あれだ」
通路の向こうに見えるのはさっきのばかでかUFOキャッチャー。床にSu〇caが落ちているのが見える。あと詐欺クマ。
「うう……私はあいつに……」
忘れ物だけ拾ってすぐ帰ろう。そう思って近づく、と。
(……あ)
やばい。別の人がいる。私と同い年くらいだろうか。
(や、やばいやばいっ。チャラそうな人だ……)
ゲーセンがとてつもなく似合っているチャラそうな女の人が、私の忘れ物に気づかないまま例の詐欺クマの前を陣取っている。
ザ・遊んでますというような金髪ウルフ。サイドに入っている青い髪を束にして左右短くぴょこんと結んでいる。右耳がきらきら反射していることから、ピアスを大量につけていることも分かる。水色と白でまとめた、いわゆるなサブカルファッションはだぼついていて、ジャージから肌が覗くことは全くない。例の詐欺クマを見つめながら、美人な店員さんと話をしているようだ。
「……ミィ……さっきやってた人って誰か分かる?」
「……ハイエナすんの?平気よ、いないんじゃない?もう」
サブカル女子大生(多分)は少し左右をキョロキョロしてから財布を取り出して、百円を一気に投入する。いくら入れたのだろうか、インサート音がじゃらじゃらする。てか、がま口じゃん、あれ。チャラそうな風貌に似つかわしくなくてちょっとびっくりだ。
(あー……やばい。始めちゃったあ……)
どうしよう。Su〇caが落ちているのは見えているのだが、人がいるんじゃ拾えない。ちなみにコミュ障には、話しかけるという選択肢はない。
(うー、どうしよう。そこのあなたぁ!詐欺クマどうせ取れないですよお!だからどいてください早くう!)
背後から念を送るくらいしか選択肢のない陰キャは、うろうろと怪しく動きまわる。
『どうだーっ!』
慣れたようにレバーを操作した金髪のお客さんは、すぐに下降ボタンを押す。例のUFOキャッチャーからよく分からないキャラの声が流れる。よく考えたらあいつも詐欺クマの一味か……。そんなこんな考えている内にアームが落ちきり、クマの胴体をわしと掴んだアームが移動し、私の時と同じように途中で抜け落ちる。
(ほらほらっ!取れないからぁ!)
かわいそうに、あの子もカモられてしまうのか。ちなみにコミュ障には、話しかけるという選択肢はない。
二回目。詐欺クマはほぼさっきのリプレイのような動きをする。
(あの人……一気に何百円も入れて後悔してるんじゃないのかな……。)
後ろからだと表情は見えない。ピアスと金髪が眩しく光る。
(終わんないかな……帰りたいんだけど……)
アームが元の位置まで戻る。時間がとてもゆっくりに感じる。
三回目。アームが下がって、詐欺クマを持ち上げる。
(もー、ずっと変わらないじゃん。)
景品獲得口へ移動を始める。
『どうだーっ!』
はいはい、落ちるんですよ。どうだも何もありゃしませんよ。
クマが動く。
動いて、
ふよふよふよ
落ち、
(え……?)
落ち、
え、落ちない。
(おいおいおいおい、三回目だよな?あの人)
え、え。何が起こっているのだろう。あんぐりと目を見開いてしまう。
クマをがっちり掴んだアームは景品獲得口まで動いて、放す。クマが下まで落ちると共に、
『おめでとう~!!!』
「お、え、うわっ」
からんからんからん、と。けたたましい音と共に、近くのUFOキャッチャーまで七色にビカビカと光る。
(やっばー……どんな技使えば三回で取れるんだろ……)
私が目を白黒させている間に、UFOキャッチャー激ウマ金髪女子大生(多分)はぬいぐるみを引っ張って取り出す。
『さあ、おめでとうございます!ただ今プライズ、ぬいぐるみコーナーよりクマのBIGぬいぐるみぃ出ております。獲得されましたお客様、おめでとうございます~!』
店内放送で男の人の明るい声が響く。金髪のUFOキャッチャー達人の元へ、さっきの美人な店員さんが近寄っている。
「三クレ余りはどうします~?」
「うーん、今日はもう満足だからどうしようかな、入り口のお菓子積んであるとこで」
「はいよーって、あれ。定期落としてるよ、くれなっちゃん」
あ。
「え?何これ。あたしのじゃないけど」
「あり、落とし物かね。大変」
「ぁ……ぁ……」
「「ん?」」
二人と目が合う。
「って、うわっ、目!?」
うわあ、金髪さん奥目~。正面から見ると生気がなさすぎる。初対面からむちゃくちゃびびってしまった。
「め……?」
あぁ、第一声からごめんなさい奥目女子大生(多分)さん。そうじゃなくて。
「ぁ……そ、そ、それ……スミマセン」
「ああ、お客様の落とし物ですか?良かったです。どうぞぉ」
美人店員さんが優しく対応してくれる。
「んふふ、良かったぁ」
「はひぇ……」
この人、茶髪に前髪だけ緑だ……。糸目だ……。ギザ歯だ……。派手派手でチャラそうな美人さんの懇切丁寧な対応にクラクラきながら、頭を下げる。
「ぁ、ありがとうございます」
「いいえー」
目的は果たした。もう帰ろう。大きな景品袋の中に丸め込まれている詐欺クマをじっと見つめて、背を向ける。あばよ、クマちん。てめえはその金髪のお嬢さんを幸せにしてやんな。
「ぁ、ぁ、あのぉ」
矢先、小さい声に呼ばれる。
「え?ぁ、はい」
金髪の達人お嬢さんだ。ぴっちりセンター分けにした前髪からのぞく広めのおでこに、かなりの量の汗が流れてる。どうしたのだろう。
「も、もしかして、えへへ、先ほどまでここでプレイしてらした方ですかぁ……?」
……陰キャかなあ、この人。ちょっとニチャっている。
「え、ぁ、はい。そうですけど、でも全然取れなくて、えへへぇ……」
私も似たようなものであった。
「ぁ、ぁ、ぁ、」
え、なんで目の前のこの人はこんなに真っ青なのだろう。
「す、スミマセンでしたあっ!!!」
少し裏返った声で達人は頭を下げる。とめてある前髪が、はらりと崩れる。
「え、え、えぇ……?」
なんだ、この人は。めったに見ないほど深い最敬礼。
(なんで私は謝られているんだ……?)
困惑する私をよそに、彼女はあわてて荷物をまとめる。普段お目にかかることもないような大きい景品袋がひとつ、ふたつ、みっつ。どれもぬいぐるみやフィギュアの箱でパンパンだ。彼女は袋を全部抱えると、キーホルダーやマスコットがこれでもかとくっついたリュックサックを背負う。
「ほっ……本当に、あの、すみませんでした。あの、その、うぅ」
「え?あ、あの!?」
「うわあぁ、」
私が何か言う前に、彼女は走り去ってしまった。目の前をじゃらじゃらと大量のマスコットが通過する。
(あ、あれ……?あの人、どこかで……)
「く、くれなっちゃん!?三クレ余りは~!?」
美人店員さんの声がする。
「消しちゃっで良いですぅ~!」
脱兎。いなくなってしまった。
「あー、お見苦しいところを。ごめんなさいね」
「え、あ、いえ。あの、私もこれで」
「はい、ご来店ありがとうございましたぁ」
何だったんだ、ほんと。余りのわけわからなさに困惑しつつ、とにもかくにも帰路につく。どうやって帰ったのか余り記憶にないが、気がつくと私は家にいて、飯を食って、風呂に入って、床についていた。暗い部屋には、私一人。
「クマちん……いねえな」
床に敷いたせんべい布団は硬く、ごろごろと寝返りを打つ。なんだか今日は変な人に出会った気がする。UFOキャッチャー、すごく上手かったな……。あの人は今頃、あのクマと寝ているのだろうか。というか、あのリュックに既視感があったのはなぜだろう。
「……」
まあ、いっか。
「学校休むのもしゃくだよな……このくらいで」
バイト探しは、また明日からやりゃ良いか。クマではないが枕を抱えて、私は目を閉じた。
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