ゲーセンで金を溶かせ

富良原 清美

1-1,金は溶かしちゃダメよ

四月の朝、午前九時。

レースのついたブラウスにマーメイドスカート。ピンク色のインナーカラーが入った髪をアイロンで巻く。ネイルとメイクは丁寧に。コンタクトもつけて。

ノートpcをブランドバックに入れて、私は家を出る。


どうも。私は浦田ここ、十八歳!今日からキラキラの大学生生活が始まります…………☆


そして終わりました。


終わりました、はい。

ゴールデンウィーク開けの午前十時半。フード付きのパーカーを適当に選び、頭からかぶる。

ピンク色のインナーカラーが入った寝癖だらけの髪をとかしもせず、無理矢理三つ編みにする。左右二本ずつヘアピンでぴちぴちに止めれば邪魔にならなくて良い。メイクもコンタクトもするもんか、面倒くさい。

傷の目立つ眼鏡をくい、と直す。ノートpcをリュックサックに入れて、私は家を出る。


考えてみればそうだ。いくら大学生になったからといって、いくら華やかな国立外大生になったからといって、ついこの前まで女版チー牛だったやつが華々しくデビューを飾れるわけがないのだ。


バスを待ちながらスマホをいじる。もちろんツ〇ッター一択。知らなかったが、イ〇スタグラムで様々なサークルが新入生歓迎会の日程を告知していたらしい。四月に。情弱だからゴールデンウィーク開けの時点で知った。手遅れすぎる。

(ふっふっふ……サークルはもういい。どうせ続かん、どうせ。本命はそう……バイトだ!)

にちゃあ。

生意気な後れ毛が邪魔っ気になびく。ハートのイヤリングと謎の黒いチョーカーがそこはかとなくイタい。

そう、バイトだ。これからは自分で働いた分を惜しみなく推しへ貢げるのだ。憧れていたお姉様オタクってわけよ。

やってきたバスに乗り込み、カレンダーアプリを開く。確か今日だ。

(次こそ……次こそ決める)

一昨日面接をしてきたスーパーのバイト。採用の場合は今日までに電話が来るらしい。

(頼むぞ……そろそろ決めたいっ!)

なかなかバイトが決まらない焦りを胸に、私はこっそり決意するのだった。


で。


-午後九時。

来ません。電話がー、来ません。

「うぁあああああっ!ン十件目っ!」

大学の帰り道。悲痛な叫びが夜空にこだまする。

え?バイトってこんなに決まらないものなのか?大学合格が決まってからすぐにバイト探しを始めたわけだからもう約二ヶ月。面接は実に十回目。採用の電話が一本も来ない。

「え……分からんけど、私これ就活とかどうなんの……?」

もうやけだ。なんか、そうだ、ア〇メイトでドエロいBLとか爆買いしてやろうか。駅で降りてとぼとぼ歩く。


で。


「……」

閉まってるんかーい。消灯されている建物をUターンしてまたとぼとぼ歩く。

そうか、もう九時か。店が軒並み閉まっている時間帯である。よく見れば居酒屋目当てのサラリーマンや学生グループが多い。

(なんか……怖くなってきたな。もう帰ってまたバイト探して……ん?)

バイトのことを考えていたからか、一つの広告に目がとまる。

『アルバイト募集中!楽しく働けます!』

(あー、ゲーセンか)

駅前のゲーセンは派手な外観をビカビカとさせて絶賛営業中だ。

「ゲーセンかぁ……」

気が紛れるものを探していたんだ、ちょうど良い。


エレベーターで入り口の二階まで上がる。

「ゲーセン来るのなんていつぶりだ?……うわっ、うるさ」

エレベーターの扉が開くと、外装に劣らないほど眩しい店内があらわれる。店内BGM、UFOキャッチャー、音ゲー、格ゲー。様々な音が混ざり合いながら、イヤホンを貫通して飛び込んでくる。何一つ聞き取れやしない。おもわず顔をしかめる。目がしょぼしょぼする。

「来たはいいもののどうしよう……」

とりあえず目の前のUFOキャッチャーブースをうろうろしてみる。祭りの屋台にありそうな安っぽいおもちゃ、そこら辺で買えるお菓子、きわどい美少女フィギュア。迷路のような通路に時々立ち止まりながら、大きく店内を一周する。

「ぬいぐるみに、フィギュア……あ、このキャラ知ってるな。取れるのか?こんなの……」


ふと、目が止まる。ひときわ大きなUFOキャッチャーに、これまたひときわ大きなぬいぐるみが入っている。特大サイズのクマのぬいぐるみだ。きゅるんとしたピンク色のティディベアで、黒いリボンを首に巻いている。ポップには『100センチ特大!キュートなクマちゃん♡』と書いてある。

「へー……。UFOキャッチャーって小さいイメージあったけど、こんなでっかいUFOキャッチャーとかもあるんだ……」

じー……。

『ヤア』

かわいいな……。

『ボクヲトッテヨ』

おお……。

『キミヲイヤスヨ』

確かに、こいつを抱いて寝たら癒やされるかもしれないな……。やばい。欲しいかも。

リュックをごそごそやって財布を取り出す。手持ちは二千と五百円か。

(取れるのかな……)

でも、あれだよな。UFOキャッチャーって、百円で取れるかもしれないんだもんな。

「よ、よし。待ってろくまちん」

私は勇んで両替機に向かった。


一回目。

お金を入れるとやたら騒がしい音が流れ、ボタンが光る。

(このレバーで操作するのか……)

テクニックとかはよく分からないし、とりあえずお腹あたりをめがけてアームを動かす。

『上手にできるかな……?』

よく分からないキャラの声がUFOキャッチャーから流れてくる。煽るなよ。

(このあたりかな……えい)

『お願いしますっ!』

ボタンを押すと、例の声と共にアームが下降していく。下まで降りて、がちっと一瞬アームが止まる。

(お?)

お、お、意外と持ち上がるじゃん。アームの座標こそ奥行きがずれて、だいぶ足よりになってしまっているが、クマちゃんは上まで持ち上がる。ふよふよと効果音が響く。景品獲得口へ移動が始まる。

(え、え、まじで百円で取れるんじゃ-)

するっ

「あ、ああ……」

移動が始まってすぐのところで、あっけなくクマちゃんは落ちてしまった。でも少しだけ、取り出し口に近づいている気がする。

『よし、次!』

例の声に促されつつクマちゃんを見つめる。

これ、取れそうじゃないか?さっき上まで持ち上げていたし。今は奥行きがうまくいかなくて落ちてしまったけれど、もっとバランス良くつかめばいけるかもしれない。

『ツギハイケルヨ!』

だよな。

『ガンバッテ!』

「よしよし待ってろ、可愛いクマちん!」

私は気合いを入れ直すと、もう百円を投入したのだった。


二回目

するっ。惜しい。


三回目

アームが抜ける。あれ。


四回……あれ、三だっけ。三回目?

あー、惜しい。

次はいけそう。

『イケルヨ』

次はいけそう。

『モウチョットダヨ』

次こそいけそう。

『ホラ、アキラメナイデ』

上げては落ちる。上げては落ちる。上げては落ちる。上げては、上げては、上げては、

私がクマちんを見つめているとき、クマちんもまた、こちらを見つめているのだ。


で、n回目

(あれ……いくら使ったっけ)

まだ五、六回な気はするのだが、財布から金が大分減っている気もする。

(まあいいや、次……って、あれ?)

これは十円、これは五円、これは五十円。

「え……?」

え、まさか、手持ち全部使っちゃった、、、?

「……ってことは、え、もう二千五百円使ってたってこと!?」

はっ。クマを見つめる。

『ドウシタノ?ホラ、ボクニオカネヲツカッテヨ』


「……」


こいつぁ、詐欺師の目だ。夢から覚めたような心地を覚える。

「くっそおおお私を騙したなあ!?そのつぶらな瞳で!そのつぶらな瞳で!」

やられた。完全にやられた。もとから取らせる気なんて無いんだ。この詐欺師は私からあるったけの金をふんだくるつもりだったんだ。

「うむー……ぐすっ」

クマは何も言わない。取り出し口から離れたところでくたりと転がっている。

「あー……Su〇caも使えるんだ……どうしよ」

カードリーダーにかざしてみるも、百円も入っていない。

「あぁ、ばからし。帰ろ」

最悪だ。

大学デビューに失敗し、サークルに入るタイミングも逃し、バイトも決まらないのに貴重なお金だけ溶かしてしまった。

(なんか……なんもかもうまくいかねえな)

時刻は九時半。人通りもまだあるのに、外は急に静かだ。目がしょぼしょぼする。なで肩にリュックを背負い直して改札まで階段を上る。

(エスカレーター使えば良かった……)

思ったよりも長かった階段を上りきり、改札に向かう。


しかし、うまくいかない日というのは、本当にもうとことんうまくいかないものである。

「……おいおいおいおい」


Su〇caを忘れた。


あのUFOキャッチャーだ。カードリーダーにかざすために取り出して、そんで置いてきたわ。

(泣く……まじで泣く……)

明日、学校休もう。無理すぎる。すれ違う人々がおののくような絶望顔をさらして、私は来た道を駆け戻る。

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