第3話 稲光
「宿題の提出は9月! つまり秋です!」
「おう。そうだな」
女子高生が部屋に押しかけても平静を装うお兄ちゃんにイラっとしつつ私は話を続けた。
「この暑い中でみんなが考えるのは夏の俳句。だけど採点日を考慮して秋の俳句を作れば?」
「それだけで一目置かれる、と」
「正解! さすがおに……先生」
「先生に問題を出すタイプの生徒か。問題児だな」
「問題児の方が可愛いって言うじゃない? どう? かわいい?」
「あーはいはい。かわいいかわいい。で、作ってきたのか? 秋の俳句」
暑さのせいなのか大学で悪い女に引っ掛かって夢中になっているのか対応が雑だ。家庭教師は教え子に手を出すものじゃないの?
「先生におすすめの秋の季語を教えてもらいたいです」
「おすすめって言われてもな。まずは検索するから座って待ってて」
「パソコンは禁止です。先生の脳内にあるぬくもりのある季語を教えてください」
「なんだその履歴書手書き至上主義みたいな発想は」
「先生の人生経験から生み出される季語で秋の俳句を作りたいです」
「やる気があるのは素晴らしいことだが、秋の季語ってなぁ……お月見とかか?」
「とにかく一旦並んで考えましょう。はい、こちらに」
お兄ちゃんのベッドに座ってポンポンと叩けばその意図は伝わるはず。自分のベッドなんだから遠慮なく座ってほしい。
「俺の部屋だよなここ」
「先生の部屋です。だから主導権は先生にあります。わたしは自主性のあるやる気満々の生徒です」
「なんか急に敬語なのはやる気満々の生徒だからか?」
「そうです。だから先生もやる気を出してください」
「作った俳句の判定をするだけだったはずなんだけどなぁ」
「求められた仕事以上に働くのはプロフェッショナルですよ先生」
「俺はプロフェッショナルじゃない。だから秋の季語もわからん」
生徒感を出すために制服を着てきたのにお兄ちゃんの反応は薄い。リアル女子高生と自室で二人きり、親は留守。しかもわたしは気を許している。それなのに一切手を出さないのは本当に将来を心配しているのか、あるいは女子高校に興味がないかのどちらか。
前者ならまだ望みがあるどころか人間としてものすごく信頼できる。さすがお兄ちゃん! でも後者だったら……? もう少し大人の女が好みなら時間が解決してくれるけど恋愛対象が幼女だったら取り返しがつかない。
ゴロゴロゴゴロ……
「空が暗くなってきましたね」
「雨が降る前に帰るか? まだ夏休みは長いんだし」
「いいえ。最低でも一句は作ります。それに雨が降ったらここで雨宿りするから大丈夫です」
「やる気満々の生徒は授業時間外でも頑張るんだな」
ゴロゴロゴゴロ……ゴロゴロゴゴロ……
「だんだん音が近付いてますね」
「う~ん。夕立ちは……夏の季語になるのかな」
ドオーーーーーーーーーン!!!
「ひゃあっ!」「うおっ!」
真っ黒な空が一瞬光ったと思ったら部屋が揺れるくらいの大きな音がした。さすがに雷でビビり散らかすほど子供じゃないけどさすがにビックリ。それはお兄ちゃんも同じみたいで顔が引きつっていた。
「急に降ってきたな。こりゃさすがに雨宿りコースか」
「おに……先生は雷に怯える子と平気な子、どっちが好みですか?」
「え? どっちと言われても困るな。平気な子だってさすがに今くらいのには驚くだろうし……雷も夏の季語かな。お、
「先生。パソコンは禁止だけどスマホは禁止されてないとか言いませんよね?」
「ち、知識欲だよ。夏なのかな秋なのかなって。これも俺という人間性が生んだぬくもりだろ?」
「……そういうことにしておきます。でも稲光か~。なんか恐くて暗いイメージ」
「そのイメージを逆転させたら個性的な俳句になるんじゃないか? 例えば、あの光をお祭の明かりに例えてみるとか」
「昔はよく秋祭に一緒に行ったよね。お兄ちゃんがいつも一つだけ奢ってくれて、嬉しかったな」
「そういえば今年から復活するみたいだぞ。去年は流れたけど、やっぱりこの時期は祭だろうって話になったらしい」
「本当!? じゃあ久しぶりに一緒に行こうよ」
「学校の友達はいいのか?」
「う~ん。今年はお兄ちゃんとがいいかな。一度休止してからの復活でしょ? 規模が縮小されてショボくなってたら恥ずかしいし」
「その可能性は捨てきれないけど、運営さんの前で言うじゃないぞ?」
「そんな子供じゃないですー。……あ、浮かんだかも。稲光で一句。子供っぽくて明るい俳句」
「よし、聞かせてくれ」
「こほん。『ぴかぴかと空のパレード稲光』どう? 音も大きいし見方によってはパレードかなって」
「俺は良いと思うぞ。小学生が提出したらきっと優秀賞だ」
「だよね~。あと4歳若ければ……」
「女子高生が言うセリフじゃないだろそれ」
「じゃあ、お兄ちゃんは今のわたしが好きってこと?」
「ん? まあ。無事に志望校に入学できたし?」
「そっかそっか。お兄ちゃんはそうなんだ。へへ」
「なんだよ気持ち悪い。あと、呼び方が戻ってるぞ」
「失礼しました先生! 雨も止んだので今日は帰ります。またご指導お願いします」
「おう。気を付けて帰れよ。10秒も掛からないけど」
「10秒も掛からない隣の家に帰るだけのに玄関まで見送ってくれるんですね」
「プロフェッショナルだからな」
「認めましたね先生。生徒に手を出したら犯罪ですよ?」
「出さんよ。プロフェッショナルだから」
やっぱりお兄ちゃんは信頼できる。恋人になってもわたしの気持ちを尊重してくれるに違いない。最初の彼氏が最後の彼氏になってそのまま永遠の伴侶になりそうな雰囲気をビンビンに感じているのは、きっと大きな雷のせいじゃない。
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