第4話 尹澤先輩は在来種純粋日本人か?

立教が勝った時、私の数メートル前に並ぶ10数名の仲間たちは、互いに手を取り合ったり、控えめな嬉しさを滲ませていましたが、一人、キャプテン中村だけが、まるで自分が勝って優勝を決めたかのようにガッツポーズなんかしていました。

  一ヶ月前の予選リーグ、「2部落ちしたら国へ帰る」と、ベソをかいていた姿が思い浮かびます。しかし、まあ、この変わり身の早さこそがチームを引っ張ったのかもしれないなんて、この時ようやく湧いてきた「優勝」という感慨に私は耽っていました。

フト、試合コート斜め上の観客席に目をやると、白い革靴に真っ白のパンタロン、真っ赤なアロハシャツに金のネックレス、パンチパーマ頭で体格のがっしりとした背の高い、まるで蒲田や川崎、新宿の歌舞伎町あたりで見かけるような、その筋の人そのもの。そんな男性が両手を挙げながら、ゴリラのように飛び上がって吠えている。なんと、我が校のコーチ尹澤先輩ではありませんか。(そこそこ観客がいたにもかかわらず、先輩の周りだけは、誰も人がいません。)


私はこの瞬間、「優勝してよかった」という、しみじみとした気持ちになりました。自分が嬉しいというよりも、自分たちの優勝をこんなにも、身も世もない態で(わが身も世間体も考えていられないくらい)無邪気に喜んでくれる先輩・仲間がいる。そこで初めて「オレたちは何か、人のためになることができたんだ。」という実感(幸福感)が湧いてきたのです。

  あれから45年経ち、更にいま思うのは、尹澤先輩とは在日韓国人(的)ではなく、むしろ在来種純粋日本人的人間なのではないか、ということです。

在日韓国人というのは、一般に「格好つける」人が多い。ごく自然に自分の姿・素性、素の本性で生きることができず、いつでも“誰かの台詞(ことば)で自分というものを繕(とりつくろ)い、誰かのフリをして生きている”。尹先輩のように、身体全体で素直に自分の感情を表出することができない。誰かのモノマネでしか、自分を表現できないのです。

まあ、通名という偽名で生きているというか、2つの名前で生きている人間が精神的に不安定になるのは仕方がない。ID(存在証明)が2つある、というのは、その人の生き方に、実は大きな負荷がかかっているのです。

ところが、この先輩は生まれた時からずっと韓国名1本で通してきた。「2枚舌」ではなく、「オレは韓国人だ」という一枚看板で勝負する潔(いさぎよ)さと強さがある。ものの考え方に余計な虚飾がないから、時に日本人以上にストレートなものの見方ができる。

もちろん、高校3年間、韓国で全校生徒に虐められてきた経験から「韓国人的悪」の感化を無意識に受けてきたかもしれませんが、「在日韓国人的要領」を使って(姑息に)生きる、ということを病的なくらい嫌っていたという点で、その身上(しんじょう:その人が身につけているとりえ、値打ち)が、限りなく在来種純粋日本人に近いといえるのではないだろうか。

当時の我が部の監督は、有名人の言葉を引用して訓辞を述べたりしていましたが、この尹澤先輩という人は、必ず自分の視点でものを見、自分の言葉で事象を把握し・話しておられました。その意味ではずっと在来種純粋日本人的であったといえるでしょう。

逆に言えば、在来種純粋日本人というのは、ストレートな一枚看板でしか自分を表現できないぶきっちょな体質なのです。天才・美空ひばりがどんな歌でも歌い、芝居でどんな役でもこなせたというのは、彼女の類い希なる知性と理性による強力な自己コントロールの賜物でした。

 <追記>

  この方は50~60年前の京浜工業地帯では有名な暴れん坊でした。(映画「悪名」の主人公・八尾の朝吉)

  人間だれしも父親・先輩・(体育)教師・法律・神仏といった「怖いもの」の存在を意識して生きているものですが、この方は「西遊記」の孫悟空と同じで、地上界にも天界にも「敵の存在」を意識していない。

  親は別にして、(中学生でありながら)教師や警官・刑事やヤクザでもぶん殴る・暴れ回ると、手がつけられない。在日韓国人社会(という多少ゆるい枠)でさえ、この人を嵌(は)めることができない。


結局、孫悟空と同じく「追放」となりました。

  すなわち、日本にこのままいるのであれば、(孫悟空が閉じ込められた)石牢(練馬鑑別所)、それが嫌なら韓国(の高校)へ行けということです。

当然、誰しも練鑑でヤクザとしての箔をつけるよりも、韓国で高卒の資格を取った方がマシと考えるわけですが、それが不幸の始まり。60年前の練監という地獄以上の苦難が待ち受けていたのです。


  それくらいの暴れ者が(韓国で)「いじめられる」というのは、相当なものです。

  先ず、当時の韓国人は在日韓国人を目の敵にしていて、いじめるどころか殺しても法的・社会的に罪にならない。ケンカを売ってくるのではなく、初めから殺しにかかってくるのだそうです。しかも、全校生徒どころか周囲の全員が敵。

  ですから、ずいぶんと鍛えられたそうです。


  しかし、この方が在日韓国人として卓出していると思うのは、高校3年間それだけ危険な目に遭ってもなお懲りず、日本に戻るや大学で日本拳法なんかをやって、さらなる「わが闘争」の道を追求されていらしたことでしょう。

  全く以て「在日韓国人」を越えた人なのです。


  もちろん、これらの話はこの方のほんの一面であり、この程度の限定された情報を以て人間を神格化するつもりはありません。

  ただ、一般的な在日韓国人とかなり違い、「芯の強さ」「回帰性」「形而上的に帰属するものを持っている」人であると、私は感じるのです。

  (奥さまがかなりしっかりされた方なので、型破りの人生がなんとか型にはまってこれたのかもしれません)。


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る