第3話 チーム力(全体は部分の総和に勝る)
「全体は部分の総和に勝る」という箴言を知ったのはつい最近ですが、この言葉の意味を最もよく私に教えてくれたのは、45年前の立教大学(と中央大学)でした。
現在、特に年末に行われる全日本大学選手権などでは、試合に臨む両校、選手の後ろで応援できるのは、補欠選手数名とマネージャー2名まで、なんて制限があるようですが、当時は選手のすぐ後ろで、友人(彼女)知人何名でも応援していたのです。
この時の立教・中央両校とも、選手・部員の後ろに約20名くらいの応援(団)がひしめき、男も女も声を振り絞り、拳を振り上げていたのですが、その迫力たるや体育館の天井を突き破らんとするほどでした。
特に、天下分け目・剣ヶ峯(事が成るか成らぬかのぎりぎりの分れめ)となった中堅戦、立教サイドでは誰も座っていません。すでに試合を終えた先鋒・次鋒・三方、そして、これから試合に臨む三将・副将・大将までもが立ち上がり、友人知人を含めた30名全員が声を嗄らし・拳を振り上げているさまは、まるでロシア・トレチャコフ美術館蔵「演説するレーニンの後ろで数十人の同志が拳を振り上げ、ツァーリ・皇帝打倒を叫ぶ」という、大きな絵画を連想させます(共産主義は関係ありません)。
この中堅戦、2分30秒までは気力・体力・技術力すべてにわたり、両者全くの互角というせめぎ合いでした。互いに激しい攻防戦というか、両者ともに攻撃一色で前へ出るという激しい消耗戦です。
しかし、残り30秒、コート上で戦う選手に覆い被さるかのような30人の声援が、1本の拳に集約されたかのようにして、相手選手の顔面に突き刺さったのです。
まさに、
「Vox Populi, vox Dei 民の声は神の声なり。」
或いは
「天の時は地の利に如(し)かず、地の利は人の和に如かず」
天の定めた時勢でさえも場と間合いの利には及ばない。
しかし「場と間合いとタイミングの妙」さえも、人の和には圧倒されるということでしょうか。
立教も中央も、大学カラーとしては、ともにコンサーバティブ(保守的)というか理知的というか、穏健派(おだやか)であり、元気のいい早稲田や、元気どころか凶暴な日大とは違うのですが、この時の立教・中央の声援とは、かれらの真面目で素直なスピリット(魂)が、そのままストレートに選手に伝播した、という感じでした。
「伝統の一戦」なんて、色のついたというか・変にバイアスがかかった応援とは、当人たちには励みになるでしょうが、部外者からはどうしても距離を置いて見てしまう。
ところが、ただただ単純で純粋な気持ちから「頑張れ」と、選手の心を後押しするピュアな心の集積が、現実に選手の心と肉体に作用する姿とは、第三者の私でも心が奮えます。
「これで勝てば私たちが優勝」なんて気持ちは、その時の私にはまったくありません。「伝統の一戦」だとか「名誉をかけた戦い」なんていう余計なキャプションもない。
単に2つの学校が目の前で死闘を繰り広げている、というだけ。
しかも、その激しい戦いは試合コート上の選手ばかりではない。控えの選手もマネージャーもその友人知人も、両校数十名全員が「無私の精神」で一丸となって闘っているのです。ですから、そんな彼らの姿に、同じく「私心のない」私の魂もまた共鳴し打ち震えたのです。
中村たち10数名は試合コートのすぐ近くで観戦していたのですが、私はそこから更に数メートル離れたところで見ていたので、選手という先端と、応援(団)というバックアップ(後援)の関係を、より広い視野で見ることができた、ということもあるでしょう。
1年前の文藝春秋に塩野七生(「海の都の物語」著者)氏が、現在の日本人があまりにも(政治家や社会の)嘘によって、日本人本来の素の心、純粋で正直な心を忘れさせられていることに警鐘を鳴らしておられましたが、40年前の両校の声援とは、何の気取りも衒いも高慢もない、正直な素の心でした。
あれが、「伝統の早慶戦」なんてキャッチフレーズが入るような声援であったなら、どんなに熱烈な応援であろうとも、すぐにその記憶は消え去り、試合結果だけが「記録に残る」だけ、であったかもしれません。
しかし、彼ら立教と中央の、素の心・純粋で正直でストレートな「心を見る」ことができたからこそ、その思い出は40年以上経ったいま、より一層味わい深く、心の中にしっかりと残っているのではないでしょうか。
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