あれ見て

 日照る空、やはり日本内ならどこでも気温は変わらない様だ。


 今日は待ちに待っていた流樺との旅行の日だ。あまりに楽し過ぎたものだから、翌日寝れずに行きの電車で眠ってしまった。偶然にも流樺も同じ状況だったようで寝過ごしそうになったこと以外はつつがなくことが運んでいる。


 今は旅行先に付いたら真っ先に食べたいと言っていた旬の桃の売り場に来ている。


「これ凄い美味しいねっ!」

「旬なだけあるね」


 カットされた白桃を爪楊枝で口に運ぶ。桃の甘味が口の中に広がって幸せな気分がする。自分の中で桃は果物の中でもかなり好きな方に入る。柔らかいし、食べやすいし、くどくない上にとっても甘い。それ故にちょっと値段が高いのはネックだけど。


 隣に居る流樺もそれは美味しそうに頬張っている。二人で考えた旅行プラン、流樺の笑顔を見るとこっちまで嬉しくなるのは道理だろう。ましてや片思いの人だ、きっとどうしても結ばれることが無いというのは良いとしてその人の笑顔を見て嬉しくならない方がおかしいと思う。


「ね、お土産買おうっ!」

「そうしよう」


 桃自体をお土産として持ち帰りたい気持ちは山々なのだけど、旅行中に腐っても良くないから桃ジュースにしておいた。これだって、熱い中放置していたら悪くなっちゃうから注意しておかないと。


「みてー!」

「ん、おぉ~! いいじゃん!」


 流樺が布でできた桃が縫い付けられたカチューシャの様なものを頭につけてこちらへやって来る。当の本人はちょっとおふざけでやっているんだろうけれど、自分から言わせれば似合っている。写真をパシャリと撮って見せてあげると、恥ずかしくなったみたいで商品棚に戻しに行った。思いがけずいい写真が撮れた。




 それから近くのお城に観光しに行った。いつでも昔に作られた大きな建造物を見ると不思議な気持ちが込み上げて来る。現代よりも土木技術も発展していないだろうに、今みても壮観な建物を創れるなんて。人類は大抵の事が不可能でないと再認識させられる瞬間と言っても良い。


「凄いよなぁ……」

「蒼佑、このお城住みたい?」

「住みたくはないけどさ。良いと思わない?」

「思うよ。大きくて安心感あるよね」

「大きいと安心感ある?」

「うん。安心する」


 そうなんだ。あんまり知らなかったな。大きいって言ったら、自分も身長が高いしその内に入るのかな……そういう事じゃないか。


「でも高い所に上るのは苦手なんだよね……」

「そうなんだ。自分は結構得意だなぁ」

「え、じゃあお城の上ではもうちょっとくっついて歩くからね?」

「うん。別にいいよ」

「やた」


 別にじゃない。寧ろ嬉しいし、流樺の事を守ってあげたいっていう気持ちも心のどこかにある。ただこんなことを思っていると流樺には知られたくはない。


 城を見上げていた位置から城内へ入って物静かな独特の雰囲気を楽しむ。時に風に乗って閑古鳥かんこどりの鳴き声が聞こえてくるのもまた一興だと思う。


 それに加えて、城内の静かな空間には当時活躍したであろう得物えものが展示品として飾られている上に、道中には歴史のパネルの様なものもあって色々と興味がそそられる。


「ここの雰囲気好き~」

「俺も好き。凄い落ち着く」

「ほんと?」

「うん。枯山水かれさんすいの近くでぼーっとしてた時の事思い出す」

「あ、もしかして中学の修学旅行の時~?」

「おぉ正解。なんで分かったの?」

「僕も似たようなことしてた~! 同じ班の皆にゆっくりしすぎってちょっぴり怒られちゃったけど……」


 確かにこことか物静かな観光場所は人を選ぶだろう。ノリノリで観光に来てる人からすると、この静かな時間はどこか焦燥を覚えるのかもしれない。あぁ、勿論のこと自分が今日の旅行にノリノリで来ていないという意味じゃない。ただ急いで予定を詰めすぎても一つ一つの時間が薄れるような気がしてあまり得意じゃないんだ。


「ちょっとお城上るの疲れたね」

「んね。普段学校まで上がっているよりも楽なはずなのに」

「涼しいのになんか疲れちゃう~!」


 どうにもメカニズムは分からないけれど、馴染なじみの急な坂道よりも初めての緩やかで長い高低差の方がなんとなく体力を消耗しょうもうするのは激しく同意できる部分だ。

 それはそうと、ようやく頂上部近くに着いたようだ。展望台があるみたいだから、せっかくだしそこへ行ってみる。


「ん~風が気持ち良い」

「やっ、そんなスタスタいかないで!」

「ごめん」


 すっかり城内と同じような気分で歩いていたものだから高い所が苦手だと言っていた流樺を一瞬置いていってしまう。なんか、流樺が何かに怯えてる姿って普段は見れないからかなり新鮮だ。ちょっと可愛い。


「これ、落ちたら怖いよね」

「落ちないって。安全に作られてるよ」

「でもさ、昔の建物だからさ」

「大丈夫だって」

「ひぁ」


 下を見る前はまだ耐えていた流樺だけど、展望台から壮観な街の景観を眺めた瞬間に生まれたての小鹿かと思う程に足が小刻みに震えている。喋る量もいつもの比べて少なくなっているから、きっと本当に高い所は苦手なんだろう。


「戻る?」

「あ、でも、しゃ、写真だけ撮ろ?」

「良いよ。ほら笑って」


 自撮り棒なんて洒落しゃれたものは持っていない為に、己の腕を棒にしてシャッターを切る。笑ってと言ったのにやはり怖いのか、スマートフォンをもって居ない方の腕にすがつかまって遠慮ガチにピースサインだけをしている。あまりに可愛らしいものだからなんだか嗜虐的しぎゃくてきな気持ちになって来る。キュートアグレッションっていうんだっけ。


「ね、か、帰ろ? ね?」

「いいよ。はい、よしよし。可愛いね」

「よしよししないでぇ……」


 いつの日かやられたことを丸まるお返ししながら、城内に戻り順路に従って下降していく。未だに広大な街観が目に焼き付いているのか足の震えは収まっていない。本人曰く武者震いらしいけれど、これから何と戦うというのか。


「いやぁ壮観だったね」

「うん……僕一人じゃ絶対来れなかったよ」

「いい経験だと思って。まだ怖いもんね~? よしよし」

「むぅ。えい」

「うわっ!? ホントにタンマ!」


 いつしか震えも収まっていた流樺は、こちらの喉仏目掛けて手の平を伸ばしてくる。首に弱点を抱えている自分はたまらず敗走。両手を上げて降参のポーズをとる。流樺が武者震いを感じていた戦う相手はまさかの自分だったらしい。


「あは、お互い様だからね?」

「すいませんでした」

「反省しなさい~!」

「ところで、夜ご飯どうする?」

「こら! 話をらすんじゃない!」

「ごめんね」


 素直に謝って夕ご飯のお店の場所を検索する。確かこの辺だった筈だけど……


 視界の端に必死に背伸びしている流樺が映っているけれど何しているんだろう……あぁ、多分さっきのお返しでこちらの頭を前見たくポンポンとしようとしている。残念、あれは席に座っていたから出来たことで、今は身長高いので頭に触る事は出来たとしてもポンポンと浮かす程の余力は無いんだ。


 流樺が健気に背伸びしているから、こちらも背伸びしてあげる。一人だけなんて可哀想だからね。流樺の視線がちょっと悲しそうだったのは気のせいだろうか。


 何時いつの日か、小学生みたく好きな子に意地悪なんてはしないと思っていた気がしてこれ以上はめて置いた。しっかり地に足付けて調べものに集中する。流樺はすかさずお返しとばかりにこちらの頭の上に手を置いてニコっとする。満足そうで何よりだ。


「お店、向かうよ」

「んふー」

「ほら、進んだ進んだ」

「わっちょっと! 体格いいからってズルい~!」


 あらかじめ予約を取っておいた店へ向かって動かない流樺を一時的に持ち上げて進む。流樺のわきが痛そうだったので直ぐに止めたけれど。なんだかんだ、多分今この他愛無いやり取りが今までの人生で一番楽しい時間だと思ったりする。




 美味しい夕ご飯も食べて、お腹がいっぱいになったところで宿へ向かう。気分は上々だけれどそれと同じくらいに疲労が溜まっていると感じるのは気のせいかな。宿に鎮座ちんざする布団に会えるときが待ち遠しい。


「ねぇ見てっ!」

「どした? うお、おぉ~!」


 宿への道を間違えないよう画面とにらみ合いをしてると、ふと流樺に呼び止められる。何かと思って首を指さす方へ首をかぶけば、そこには幻想的な世界が広がっていた。


「すごー!」

「綺麗だね」


 名前も知らない河川一面に、だいだいに薄く光る灯籠とうろうが流されて行っている。そっか、確かに今はお盆休みの最終日なんだっけ。明日も色々と回るからあんまりそのイメージが無かったけれど。


 流されてゆく美麗びれいとむらいのほむらをただ眺めながら橋のへりに腕を乗せる。流樺は身長的に腕を乗せるよりも首をのぞかせる方が見やすい様だ。見えにくいならちょっとくらい持ち上げても良いけれど、でもそれは流樺がちょっと嫌と思うかな。


「わっ、蒼佑っ! あれ見て!」


 流樺の声に嚮導きょうどうされて自分の眼が再び水をまとう蛍の様な光に向かう。


 そこには新たに大きく咲いた花火と火薬を感じる轟音が添加されていた。


「うわぁ~……綺麗だ」

「ひゃぁあ、凄い」


 二人して息を呑む。はるか地の先にしずみゆく日を背にしてトワイライトの空を更に明るく染め上げる光の大輪が余りに綺麗で。柔くシルエットだけが浮かび上がる古民家がなんだかノスタルジックな雰囲気ふんいきかもし出す。


「……ねぇ」

「どうしたの?」


 未だ終わらない花火を横顔に映して、君は言う。


「二人で見れて、良かったね」

「……そうだね」


 本当にそうだね。


 今自分さ、凄く嬉しいんだ。


「流樺と見れて良かった」

「僕も。ねぇ蒼佑、一緒に写真撮ろう?」

「いいよ」


 花火はフィナーレを迎える。灯籠も心なしか光が小さくなっている気がする。きっと遠くへ行ってしまうんだろう。その前に、二人で揃って、肩を並べて、無数の光を背にして、一瞬を焚きあげる。丁度特大の大玉が宵を照らし上げるように花開いた。


 この時撮った写真を、自分は一生大事にする。


 想像でも予想でも無く。それはただの確信だった。

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