黄色かな

「あれぇ……?」


 体育館の扉をドアノブを回したり指の背で叩いたりするけれど、黙りこくったようにびくともしない。学校でのスマートフォンの使用は禁止されているけれど、こっそりと取り出して部活の日程を確認する。


 今日じゃ、無い。明日だった。


「まじかよ……」


 万が一部活がある可能性にかけて則之に連絡してみる。即連絡が返って来るけれど、そこには『お疲れ様』の一言。どうやら希望は無いらしい。


 せっかく期末テストも終わって、夏休みという時間を連日満喫していたのに……幸せのジェンガの上の方を崩された気分だ。大丈夫、まだ根本は瓦解していない。


「帰ろ」


 うだうだしていても仕方が無いから帰路に着く。午後部活というのもあって太陽と地面から挟み撃ちされているような、じめじめと体に纏わりつく熱気が堪えがたい。早く電車に乗って冷房に当たりたいな。


「あ、蒼佑っ!」

「ん? あ、流樺」

「うい」

京谷きょうやも、帰るの?」

「そうそう。お前は?」

「部活の日を間違えた……」


 後ろから声がしたと思ったら、流樺と京谷だった。多分二人とも部活の帰りなんだろう。二人は硬式テニス部だからこの肌を突き刺すような日差しの中で頑張って練習してきたようで、かなりの汗をかいている。京谷に至ってはタオルを蛇の様に首に巻いている程だ。


「ふっ……えーそれはかわいそう!」

「おい。笑うな」

「あは、蒼佑何してんの~!」

「笑うなっての」


 二人の頭をコツンと小突く。後ろの二人に腕を伸ばしたせいで少しの段差でよろけて、それをまた少し笑われてしまう。なにしてるんだか。


「まぁそういう日もある。切り替えてこ」

「それ、京谷が今日監督に言われてたやつだよね」

「おいおい、言うなって」

「天罰だな」

随分ずいぶんと人為的だし前払い方式かよ」


 他愛も無い会話を続けていると京谷が急にスマートフォンを取り出して操作し始めた。会話の途中にスマートフォンを取り出したのは良いとして、歩きながら操作するとはいただけない奴だ。ところで、何を見てるんだろう?


「ちょい、これ見てくれよ」

「どしたの?」

「見せてみ」


 日光とブルーライトが混濁し見えにくい画面を凝視すると何かの文字が書いてある。これは……誰かとのメッセージのやり取りかな?


 ええと……


『来週の夏まつり楽しみだね!』

『もちろん! ところで来週って何の日か知ってる?』

『期待しててね』

『え、なになに~? 期待していいの?』

『もち。色々考えてます』


「これ、俺と彼女のメッセージなんだけどさ」

「うおい」

「そういえば、京谷って彼女さんいるんだよね。結構前にできたって言ってたよね」

「そそ、来週で一周年。んでさ、そのプレゼントを考えたくて。何か案をくれよ」


 そうだった。京谷は男子校という監獄に通っているのにも拘わらず彼女持ちという強すぎるステータスがあるんだった。男子校は男子しかいないから必然的にイケメンも多くなるわけだけど、それだけじゃ普通は彼女ができることは無い。決断力と行動力の伴う人だけがその称号を持つことができる。


 そう思うと京谷もかなり友好関係が広くて世渡り上手だけど、なんとなく龍堂みたいななんとなくの心に靄がかかることは無い。なんでなんだろうか、別に特段誰かに優しいとか厳しいとかの差は二人とも無い筈なのに。


「案って言われても。京谷みたく彼女いたことないし」

「そう言っちゃって、その顔で彼女いたことないはキツイって」

「なんか嬉しいな。嬉しいけど居ないもんは居ないから」

「ねね、僕はどう見える?」

「ん~なんか、どっちにも捉えられるかな」


 あーわかる。流樺はカッコいいというより、人形とか昔飼ってたチワワに抱いたような感情を抱く。平たく言えば可愛いに寄っている。だからこそ、女子ウケは良いような気もするし逆に女子からしたら恋愛感情が湧きにくいような感じもする。今も男子にしては長い睫毛が明眸に影を灯している。


 はぁ、何を真面目に考えてるんだか。


「なにそれ!」

「安心して、普通に褒めてるから」

「ん~? じゃあいっか?」

「おう。ところで話題を戻すけどさ、プレゼント何が良いかな」


 プレゼントか、自分にもし彼女さんが居たとして自分があげるもの。


 そうだな。無難にアクセサリーとか? うーん、でもセンスがいるし要らなかったらストレスだろうなぁ。何が良いかな、彼女さんが欲しいものを上げればいいと思うけれど。お菓子とか……絶対違うな。流石に自分でもサプライズでお菓子は無いってことくらいは分かる。


「お洋服とかは?」

「いいかも、確かに服いいなぁ。蒼佑はなんか案ある?」

「えぇ、そうだな。花とか?」


 自分で言ってこれは無いなと思った。だってデート中にかさってしまう事必至だし、なにより花を貰っても直ぐに枯れてしまう。貰った側も、枯れるまでの花の管理も面倒だろうし。


 と、思ったものの京谷からの反応は意外にも良い。


「すげぇ、ロマンチストじゃん。花も送ろ」

「え、いいの? あとロマンチストってなんだよ」

「いいだろ。良くないならなんで勧めたんだよ」

「すいません」


 ごもっともだ。でも口から出た後に気が付いたのだから仕様がないというものだろう、ただの言い訳に過ぎないけれど。ロマンチストの返答が無いことへの意識は既に頭の中から消え去っていた。


「とにかく、二人に勧められたのがどっちも意外と良かったからそれをプレゼントすることにするわ」

「お花って何にするの~? 薔薇とか?」

「良いねそれ」

「もう何でもいいじゃんか」

「そうでもない」


 京谷の彼女さんへのプレゼントを自分達が考えてどうするっていう話ではあるけれど、如何せんこういうのはちょっと好きだ。なんというか、ワクワク感がある。自分の方はどうにも出来ないからこそ、好きな人へのプレゼントに興味が沸いているのかもしれない。


 ……どうだろう。自分ではよく分からない。


「薔薇の花言葉知ってるか? 基本的な合言葉は『愛情』だ。自分がお世話になってたり、好きな人への愛の形として適した花とされてる。それに、色によっては恋愛だけじゃない。お前達にあげてもいい花もあるんだぞ?」

「はぇえ~そうなの?」

「凄い、良く知ってるね」


 何故その知識があるのかという疑問はさておいて、単純に知識として感心できる。そんな思いを汲み取ったのか、京谷は薔薇に関する質問を投げかけてきた。


「流樺と蒼佑、自分の頭の中で好きな人を思い浮かべて。あ、好きな人ってのは誰でも良いよって意味な。嫌なヤツでもオーケーだけどお勧めはしないかな」


 最初の一節を言われた段階で、既に頭の中には流樺が居た。今から取り消してもいいけれど、取り消す理由も見当たらない。別に良いだろう、少しくらい運試ししたって。


「そんじゃ、好きな色の薔薇を思い浮かべて」

「ふむ」

「う~ん……黄色かな! 黄色の薔薇が可愛いと思う!」

「了解。蒼佑は?」

「え、じゃあ青で」


 特に深い意味合いは無い。ただ、名前が蒼佑であおが入っているからという安直な理由だ。まあ別に深く悩まなくても良いだろう。


「じゃあ、本数を決めて」

「本数も決めるの?」

「え~じゃあラッキーセブンの七本!」

「うーん。五月生まれだから五本」

「オーケイ、ちょっと待っててね」


 素早い指の動きで画面を操作しているのが視界の端に映りこむ。こういうのはあまり見ない方が良い、中途半端に見てしまっても面白みが減ってしまうから。あとは歩きながらスマートフォンしている京谷の介護の役割も併せ持っている。


「どう?」

「整いました。んじゃあまずは流樺から」

「気になる~! 教えて教えて!」

「まず黄色い薔薇の花言葉は、『友情』『平和』『嫉妬』『愛の告白』その他諸々。多分ネガティブな意味は黄色が裏切りの色として根付いてるからかもしれないな?」

「え~! ネガティブな意味なら変えたいかも……」


 流樺がちょっと不貞腐れてしまったようだ。あまり表情には出していないけれど、自分には分かる。分かってしまう。しかし、心情は読み取れても頭の中までは流石に読み取れない。流樺は誰の事を思い浮かべただろう、ネガティブな意味を嫌っていたしきっと流樺の頭の中には大事な人が思い浮かばれているんだろう。


「それは安心して、思い浮かべてる人によって意味が変わるからね。流樺が嫌いじゃない人を思い浮かべたなら、他の意味だってあるから。そんで、七本の薔薇は『ひそかな愛』が一般的だ。友愛か恋愛かは人次第」

「そ、そっか。でもそれだと逆に恥ずかしいなぁ……」

「はは、おもろ」


 何が面白いんだ。朗らかで能天気に笑う京谷に完全に筋違いな怒りの矛先を向ける。恥ずかしいって言ってるって事は多分『愛の告白』とかそこら辺の意味を汲み取っているんだろう。つまり自分の抱いている想いは完全に打ち砕かれたという訳だ。


 だって万が一に流樺が自分を頭に浮かべていたとして、それなら『友情』の意味を取るに決まっているから。幸せのジェンガの根本なんて直ぐに崩される。


 まあ別に、今に始まったことでは、無い。そんなのは、絶対的に知っている事じゃないか。こんなこと一つで、腹を立てていても、仕方ないだろう……はぁ。


「んで蒼佑の方。まず青薔薇の花言葉は『不可能』」



 ……あぁ、そうか。やっぱり、流樺を思い浮かべない方が良かったかな。



 知ってたよ。知ってたけどさ。



「『奇跡』『夢が叶う』だな」

「……ん?」

「はぇ? なんで反対の意味があるの?」

「あーなんか。昔は青い薔薇って無かったらしいんだけど、近年になって青い薔薇を開発することが出来たらしいんだな。だから、『不可能』から意味が進化して『奇跡』とか『夢が叶う』になった訳。青い薔薇は努力の賜物だよ」

「え~すご! めちゃめちゃ物知りだね!」

「そうだろうそうだろう? もっと褒め給え」


 ……へぇ。そうなんだ。


「それと、五本の薔薇は『あなたに会えて本当に嬉しい』だ。うーん、ちょっと色の意味と本数の意味の相性が悪くて上手い組み合わせじゃないかもだけど。とにかくそれだ」

「……ありがとう」

「いいよ。偶にはこういうのも楽しいでしょ」


 ……うん。偶にはこういうのも良いと思う。


「お、駅までピッタリ。俺のセンス良いな! それじゃ俺は路線違うからこれで」

「またね~!」

「それじゃお疲れ」

「おう、蒼佑もある意味お疲れな!」

「はいはい」


 最後に軽い煽りを受けた気もするけれど、そんなこと今はどうにでも良くなっていた。占いとか相性診断とか、そう言うのは基本的に信じないけれど、どうにもこれだけは信じたくなってしまう。つくづく都合の良い話だって、自分でも思う。


「一緒の路線だからもっと話せるね~!」

「……うん!」


 でも、それでもいいじゃないか。


 自分の人生くらい自分の好きにしたら良い。


 人生は自分が主人公の物語なんて言葉はよく言ったものだと思う。


「あ、やば!」


 気が付けば電車の発車時刻が迫っていた。ホームにベルが鳴り響き、今にも行ってしまいそう。


「急ぐよっ!」

「うん、え、ちょっ!」


 気が付いたら自分の手の平を流樺にしっかりと握られて階段を二人で駆け下りている。手を握っても握らなくてもペースはきっと変わらないだろうに、二人で一緒に駆け下りている。


 自分達二人が扉の内側に入った瞬間、アナウンスが入ってゆっくりと扉が閉まった。少しくらいの余裕はあったみたいだ。


「セーフ!」

「良かった」

「やっぱ何事も大胆にいかないとね!」

「……確かにそうかもね」


 大胆にいかないとね。


 流樺、自分もそう思うよ。


 例えそれがいばらの道であったって。

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