ここ座ろ
「これ凄くない?」
「え! それってどうやってやるの?」
「手貫通マジック、超簡単だよ」
座って推理小説を開きながら、横目で流樺の方を見る。今は友達三人と談笑している。良い事だと思う一方でどこか心にしこりが残っている。推理小説を流しで見て望まない形で衝撃的な結末を迎えない様に、一度開いていたページをそっと閉じる。
「いやいや、それは甘えだって」
「じゃあやってみなよ」
「いいよ、行くよ……はぁっ!」
「おい! 俺の消しゴムをどっかに飛ばすな!」
「はは~」
流樺はいつでも笑顔だ。その笑顔にどんな意味が込められているのか、きっと賢い人はすぐに感じ取れるんだろう。例えば……
「なにしてんの?」
「あぁ、今マジックしてたらこいつが消しゴムどっかに飛ばしてさ」
「おいおい、あれはマジックだからな。ほら、ポケット見てみ」
「え? ……入ってないじゃねぇか!」
「あっはは、二人とも落ち着けよ。そこで揉めても流樺困るだろ」
「あぅ」
そう言って、流樺の肩に腕を回して守るような仕草をする。
俺は龍堂がどうにも好きになれない。決して嫌いじゃないんだ、でも好きになれない。何故だか龍堂と流樺が仲良さそうにしているとモヤモヤしてくるから。龍堂はそこそこ満遍なく皆と仲良くできていると思うし、俺とも表面上は仲が良さそうに見えていると思う。でも、なんか駄目なんだ。
「あぁすまんすまん。ところで次の授業分かる?」
「小黒板に書いてあるだろ時間割、化学だよ」
「首動かすのめんどくて」
あいつらに気を取られてないで、自分もさっさと支度して化学教室行かなきゃ。
「蒼佑っ!」
「ん?」
化学教室へ持っていく一式を揃えて顔を上げると、流樺の顔があった。
「行こうぜ蒼佑」
「ああ、分かった」
流樺の首に腕を回して、片方の手で自分に立ち上がるように指示する仕草を取る。邪険にするのは違うけれど、やっぱりなんだか好きになれない。
「まだ時間あるし歩いて行けるな」
「中学の頃までは走って移動教室行ってたのに」
「僕は中学の頃から余裕もって移動してたけどね~」
「俺等だけか」
「まぁ、未だに教室で寝てるよりはマシだろ」
「あぁ……」
高校になってから時間管理能力が高くなったのか、
なんだかんだで化学教室に着く。一部の問題児が前列で席固定されているけれど、基本的に自由席だからどこに座っても問題は無い。龍堂は流樺の頭をポンポンとして、俺等よりももっと仲が良いグループに滑らかに移転していった。
教室全体を見渡すと、後列は殆どが埋まっていて前列もまた問題児用固定席として実質埋まっている。部活仲間の
「ね」
「ん、なに?」
「ここ座ろ!」
「あ、うん」
てっきり、流樺はさっき話してた二人と授業受けると思ってた。というか、前回もそうだったから。でも、流樺は列の端の座席に座る。これじゃ自分しか隣に座れないけれどいいのかな。
「あいつらは?」
「ん~トイレかな?」
「あ~」
聞きたいことでは無かったけれど、いいや。
冷房の効いた部屋で心が温かくなる。
あぁ、自分でもつくづく単純だと思う。
授業が終わった。今日の授業は中々難しかった、というか先生が無駄話と称しながらテスト範囲の話をバンバンしてくるためにノート取るのが大変だったと言った方が正しい。流樺のノートは途中途中で書かれてないこともあったから、後で写真送ってあげようか。
「ごめん、ありがと~」
「全然、大丈夫だよ」
小学生みたいな『見せてあげな~い』なんて意地悪はしない、寧ろしたくない。
「ね、お昼休みだよ」
「お腹空いたね」
「早く食べよ~!」
知っている。自分は流樺に気がある。流樺は男なのに。
言ってしまえば自分は、バイセクシャルだ。
自分がバイセクシャルだからといって気持ち悪いとも何も思わない。誰に恋してしまうかなんて自分でどうにかできるものでもないから。でも、絶対に叶わない恋という事実だけは虚しいものがある。
「旅行の話さ、どこ行きたい~?」
「あ~そうだね。北海道まではいかないとも、北上して福島とかは?」
「いいね~! 福島行ったら桃は絶対食べたい!」
「丁度旬の季節だよ」
「えー! やった!」
旅行の話、まだ覚えていてくれてたんだ。口約束なんて大体は忘れられてしまうものだけれど、覚えていてくれたようで嬉しい。
「行ったら桃食べようね」
「もちろん~!」
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