落ち着く

 ガタン


「起立! 気を付け。はい、ありがとう」


 憎たらしい小テストを決行した歴史の先生はさっと扉を開けて職員室へ向かっていった。授業は面白いけれど、往々にして小テストを挟むのはめて欲しい。


「蒼佑~! ご飯食べよー!」

「やっとお昼の時間だ」

「今日重かったね~」


 流樺は弁当包みを持って誘ってくれる。四限目の歴史の授業も終わって気分は爽快、小テストもそれ程ミスしていないはずだ。朝に雑念が頭に遍満しては頭から追い出すのを繰り返す内に小テストが本当にマズいことを認知して、一心不乱に教科書の文字だけに集中できたのは良かった。


 弁当包みを持ち、どこか食事のできる場所を探す。この学校には喜ばしいことに食事する場所の指定が無い。だから、半分ほどの生徒が友人達と共に屋外で食事をする。自分達も同じで大体の定位置は決まっているものの、本の偶に先客が居ることがある。その際にはまた同じように他にある定位置へ向かうだけなのだが。


「テストどうだった?」

「ん~? 結構簡単だった!」

「ね、意外としっかりやればいけた」

「蒼佑、朝散歩行こうとしてたでしょ」

「うん。流樺に止められた」

「あは、伝わってたんだ~」


 ニコリと笑って見せる流樺。幸せのグラスが満たされて煌めくような感覚を覚える。流樺の笑顔だけで気持ちが満たされるなんて、何ともコストパフォーマンスの良いものだと自身でも思う。


「ここで食べよ」

「いいよ。丁度日差しと影の境界線だ」

「影の方座ろ~」

「もちろん」


 日差しの当たるところもぽかぽかして気持ちが良いけれど、やがて肌が灼けてしまう。自分は肌が弱いから、日焼け止めを塗ってはいるものの昼ご飯の様にゆったりと長い時間を過ごす時に日に当たるのは流石に無謀だ。対効果も少ないし。


「日差し当たればビタミンD生成されるよ」

「登校で充分だよ」

「確かに!」


 サラッと心内を読み抜いてきたことに一抹の恐怖を覚えながらも、階段に腰かけて弁当を広げる。いつもの様に少し作るのが大変そうな品々を数個入れておいてくれている母親には感謝してもしきれない。


「わ、美味しそ~」

「食べる?」

「いいの?」

「ちょっとなら」


 流樺が物欲しそうにしているために、まだ手を付けていない箸で一寸ちょっとだけ取り分けてやる。取り分けている間、流樺は終始嬉しそうな顔をしている。そのせいか、自分も嬉しくなって取り分ける量もつい多めになってしまう。


 まぁ良い。弁当の量が少しくらい減っても、心は満たされっぱなしだ。そもそも、そこまで食べる方じゃないから取り分けた後でも全然足りる。


「なんで蒼佑ってあんまり食べないのに僕より大きいの?」

「えぇ? うーんそうだなぁ。早寝早起き朝ごはんしてるからかなぁ」

「僕だってしてるのに」

「可哀想に」

「もう~!」


 小柄な体躯で精一杯に動物のディスプレーのような動きをとってくるが、それは一旦スルーし弁当を食す。うん、美味しい。大学生になったらきっと休めのコンビニ弁当を買って一人寂しく食べているんだと思うと悲しくなる。


 漸く小動物の様なディスプレーをめた流樺も弁当を食べ始める。口は決して大きくないのに、食べる速度が自分よりも少し早い。噛んでいないのかというとそうでもなさそうだ。一体どうやって呑み込んでいるのか。


「ところで、蒼佑は夏休みやりたいことある?」

「え~そうだなぁ。うーん、うん。特に無い」

「えー! そこまで溜めておいて!?」

「まぁ、やりたいことかは分かんないけど友達と遊びに行きたいな」

「あ、僕もそれ思った!」


 馬が合ったようだ。そこまで低い確率でもないけれど、少しでも共感をして貰えると嬉しく思ってしまうのが人のさがである。


「一緒に遊びに行こうよ」

「もちろん! やった~!」


 照れ臭くて隠しているけれど、きっと自分は流樺よりも喜んでいる。旅行に行けるという事もそうだけれど、多分に流樺が喜んでくれたことが一番に嬉しい。


「旅行とかしたいね~!」

「確かに。どこ行きたい?」

「え~? 北海道とか!」

「北海道かぁ、かなり遠いね」

「そうだよね~」


 自分も北海道へ行きたい思いはある。最近日本で一番幸福度が高い都道府県ということで有名だ。新鮮な海鮮を使った丼とか、大量の雪を使った雪祭りとか、雄大な自然も、美味しいラーメンも、何でもあると、そう噂には聞く。


「大人になったらいつか行こ!」

「……うん」


 大人になったら、疎遠になる。


 幸いなことに大人の知り合いが沢山いるのだけれど、その殆どが口を揃えて高校の奴とは疎遠になったと言う。誰もが程度の差はあれ楽しい時間を共に過ごしているのに、大人になったら関係性は直ぐに薄れてしまうんだ。家庭を持たなければ、友人との縁だけではなく人間関係自体が希薄になる。そんな話を腐る程聞いてきた。


 中学生まではそれでよかった。そういうものなんだと未熟ながらも受け入れることができた。でも何故なぜだろうか。中学時代の面子がそのまま進級して高校に上がったというのに、中学では感じなかった『恐怖』とか『焦り』が心の中を蠢き始めた。


「旅行先は今度決めよーね!」

「……そうだね。そうしよう」


 先送りにしたことが後悔を生まなければ良いけれど。今までにこのパターンで失敗したことは沢山あった。全て、自分のせいだったのに。自分で落胆をしていた。今になって思い返すとあまり滑稽こっけいだ。


 ……少しネガティブになりすぎているな。


「ごちそうさま!」

「あぁ俺も。ご馳走様ちそうさま


 ぼうっと生産性の無い思考をしながら、弁当を食べていると何時いつの間にか食べ終わっていた。自分より弁当の量が多いはずの流樺も自分と同じタイミングで食べ終わったらしい。なんだか、家で飼っている犬と同じようなものを流樺に覚える。


「ふぅ。ちょっと休憩」

「……はえぇ?」

「いい?」

「あぁ、うん。いいよ」


 弁当箱を包みに入れ戻していると突然に、流樺が抱き着いてきた。そこそこ強めに抱き着かれているものだから下手な身動きが取れなくなってしまう。未だ包み終わっていない弁当を一度手放し、流樺に身を委ねる。


「ん、蒼佑の近くいると落ち着く~」

「そ、そっか」


 自分はこの状況、全く持って落ち着かない。


 く心拍を悟られないよう、只管ひたすらに祈っている。


 日差しより心地よい温かさで包み込まれている。


 優しい白南風しろはえが通り過ぎてく。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る