淡黄の七本薔薇

さっきーオズマ

可愛いね

 ポン


 と、目の前の小柄な肩に手を乗せる。


「おはよう流樺るか

「あ、蒼佑そうすけ。おはよ~」


 真夏の太陽に負けないくらい眩しく笑う君が振り向く。クーラーの行き渡った電車から降り、改札を出てからは正に地獄の空気をままに持ち込んだかのような熱気にさらされたが、それも流樺の姿を見つけてから気に留めることも無くなった。


「今日は比較的楽だよね~」

「え、うそ」

「あれ? そんなことないかな?」

「だって今日小テスト二個あるじゃん。数学と歴史」

「あっ……」


 流樺は焦った表情を一瞬浮かべると、先ほどの笑顔から一転し不安そうな表情でこちらを見て来る。なんだか申し訳ない気分になるものの、テストがある事実が変わることは無い。


 ただ自分も昨日の寝る直前に思い出したものだから、あまり他人様に偉ぶっていられない。素より流樺を相手に偉ぶるなんて事をする訳は無いのだけれど。


「蒼佑助けて~」

「俺は無理だよ。というか、俺もあんまり勉強できてないし」

「嘘だ、ほんとはできてて置いてくつもりでしょ」

「それはマラソンの『一緒にゴールしようね』だけでしょ」

「『自分勉強してないから』も追加で」

「あ~いるいる」


 他愛も無い会話をしつつ、時折現れる信号に足止めを食らいながら太陽による業火を肌に浴びる。最近だと日傘をす男性は割と多いらしく、駅から学校までの距離をかんがみると導入しようか検討しかける程だった。それに学校へ行くためにちょっとした坂道を登るのも、猛暑では体力面で厳しいものがある。


 まぁ俺よりも流樺のほうがすべきだと思うけれど、本人が気にしていないなら俺が言う権利がどこにあるというのか。


「夏やだよね~」

「分かる。冬のほうが好きなんだよね」

「え! 一緒~!」


 そうなんだ。他人の好きな季節とか、案外知らないものだ。


 夏が好きな人はあんまり居ないけれど、冬が好きな人もそう居ない。大体の人が秋とか春とかって答えるんだ。ただ、花粉症の自分にはどちらも夏と同じくらいには厳しい季節である。花粉症も年によって程度の差はあるけれど。


「ほんと?」

「うん。僕が前皆に聞いた時、春とか秋とかばっかりだったんだけど蒼佑は冬が好きなんだね~!」

「そうそう。冬の方が良い、雪とか好き」

「ね! こっちだと全然雪降らないもんね~」

「実家もここからそう遠くないから」

「分かる!」


 季節について軽く話していると、何時の間にか坂道を登りきっていた。校舎はもう見える距離だ。風光明媚な周囲に囲まれてた近代的な校舎はどこかディストーションを感じる。あぁ、勿論本当に歪んでいる訳では無い。


 坂道を登り切った其の足で憩いの場であろう教室へ二人して直行する。片引きタイプの扉を開けると、人工的な気持ちの良い冷気が身体を急速に冷やしてくれる。


「ふぅ~」

「疲れたね~」

「これ、まだ学校始まってません」

「なっ!」


 流樺は態々わざわざリアクションを取ってくれる。健気で何だかいじらしいような気持ちさえ浮かんでくる。きっと、同級生にそんなことを思うべきでは無いのだろうけれど。


 教室に入って一頻り休息を取ったあとで、学校用のジャージへ着替え始める。自前のものでは無く、学校がデザインしたものだから皆が同じジャージを着ている。偶にこのジャージがサイズアウトか何かで足りなくなって、洗濯が追い付いていないのかゆったりした私服の人もいるけれど。殆どの生徒がこのジャージを着ている。


 こんな無駄な事を考えている間に着替えが済む。


「蒼佑、小テストの範囲教えて~」

「あぁ。勿論良いよ」


 既に着替えを済ませていたであろう流樺が、俺の席に教科書を持って来る。


 範囲を教えた上で、同じ範囲をサラッと見ているとパタンと教科書を閉じる音が聞こえた。もう復習が完了したらしい。


「マラソン置いてかれた」

「一緒に走るなんて言って無いよ?」

「まじかよ」


 あは! と快活に笑って、俺の見ている所をのぞいてくる。顔を見ると、先程の快活な笑いは何処どこへ行ったのかニヤニヤしていた。おい。


「分かんないなら教えてあげようか~?」

「自分で出来ます~」

「ふふ、可愛いね」


 まるで子供をあやす様にポンポンと手の平で頭を軽く叩きながら、なんでも無いように言ってくる流樺に動揺して顔をあげる。流樺はそのまま自分の席へ戻って行ってしまった。


「ちょっ!」


 流石にそれは、恥ずかしい。


 急いで教科書へ目を落とす。動揺を隠すために取った行動だったけれど、かえって今起きた情景が頭の中で思い出されて余計に恥ずかしくなった。


 教科書を閉じる。今はそんな気分じゃない。校庭周りでも散歩しよう。


「ん、終わったの~?」

「え? あぁ、まだだよ」

「へ~」


 廊下に面した席に座る流樺は俺の瞳を見つめてきた。両者何も語ることは無い。


 しかし、まるで『終わってないのに、散歩行くんだ~?』って言ってるかのような。そんな挑発的な微笑ほほえみを浮かべて、やはりじっと顔を見つめてくる。


「…………やります」

「よろしい!」




 俺の心内はよろしくない。



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