会いたかった少女
愛を語る呑んだくれ。
「君が言ってる愛ってやつはね、別れと同義なんだよ。分かるかい」
目を覚ました頃には、すでに時刻はシフトの五分前だった。顔を洗ってからうがいをし、着替えながら食パンを一枚食べ、アパートを出る。
雲が空を覆い始める。頭上の大きな雲が僕の頭を潰すみたいな痛みが肥大していく。
住宅地の、ハンバーガーチェーンの紙コップが捨てられた歩道を急ぎながら、昨日見た女の子を思い出す。どんな風だったろう。ただ、純朴そうな人だった。
バイト先のファミレスのロッカールームに着く。
「遅いじゃん」
休憩中であろう同僚に声をかけられる。
「うん、寝坊」
「まあ、客少ないから急がんでもいいけどね」
彼はそう言いながらロッカーを出、厨房へ戻った。
「食パン」
僕は小さく呟いた。もっと食べてくるのだった。
のろのろと着替えていると、いつまでも男か女か判断がつかない七三分けの店長が入ってくる。
「今日も遅れたのぉ?これで五回目じゃんか」
六回目だ。
「すみません。昨日の帰りにパンクしてしまって自転車が使えないんです」
「だったら、それを加味した時間管理をすればいいだけじゃないのぉ?」
こいつはとことん苛つく喋り方をする。
「次遅れたらクビだと思っといてぇ?悪いけどぉ」
こっちから辞めてやる。
昼のピークを終え、客はまた五組程度に減った。
店長に休憩すると告げたきり、僕は逃げ出した。またあの女の子に会おうと思った。どこへ行こうか。あの交差点か。
交差点までの道程は夢見心地だった。バイトを抜け出した興奮と、誰かも知らない一目惚れの人を探す、宝探しのような興奮が下を向いて歩く僕の頭にあった。
十分ほど歩き交差点に着くも、仕事に囚われ飯時を逃したサラリーマンくらいしか通らず、考えなしにここまで来た自分を恥じて立ち尽くす。
やがて、どこからか、香ばしいバターの匂いがする。パン屋が横断歩道の手前でこじんまりと営業していた。寝起きの食パンを消化し切った腹が鳴る。
あの女の子が働いているのではないかと、少女漫画みたいな期待もしながら店へ近づき、店先から、どのパンにしようか財布と相談する。
ふと右を見ると、目の前のパン屋と奥の美容室に窮屈そうに挟まれた古本屋があった。そういえば、あとに二冊で好きな作家の作品が全て揃うのだ。
どちらに入ろうか悩み、果たして、空腹に負けた僕はパン屋に決め、店のドアに手をかけようとしたところで、汗だくなサラリーマンの三人組がガヤガヤと割り込んでパン屋へ入っていく。なんだか食べる気もなくなり、僕は古本屋の古びたガラス戸を開けた。
店の中に冷房がなく、湿気た空気がモアっと僕を包む。古本屋の本棚は、左右の壁際とその中央に並行に狭い間隔で置かれていた。奥のカウンターの老人は、野球のラジオを流してじっとしている。
ハンカチで首周りの汗を拭きながら本を見る。パン屋側の棚に目当てはないので、カウンターの方から反対の壁の本棚を覗いた。あの子が居た。会いたかった少女が居た。
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